第25話 犬も歩けば…… 【終幕】
九月七日 午後二十三時四十二分
夕日は県犬養家での戦闘を終え、イリスに連絡を入れようと、スカートのポケットを弄る。携帯端末を取り出し、画面を見ると無惨にも画面にはヒビが入り、ブラックアウトした状態だった、何度も電源ボタンを押せど起動しない。
「はぁーーーーー、もうっ」
夕日は大きく溜息をつく、携帯端末が壊れたせいなのか、数少ない連絡先に入っていた、友人の連絡先を失ってしまったことへの落胆なのか、そのどちらともか。
携帯端末をしまい。県犬養家の外構に建てられた門塀をぬける。
「魂が抜けそうな勢いだな」
夕日は声の方に目をやる。
「はん? きたのかよ」
そこには相棒、腐れ縁、同僚を煮詰めたような男、右腕はもちろん頭にも包帯が増えた佐野命が塀にもたれかかり、ノスタルジックな雰囲気を醸し出し夕日を待っていたようだ。
「……似合わねーよそのムード」
「ムードもムーブも素敵だろ? 怪我してるのに、わざわざ向かいに来てやったんだ、感謝しろよ」
命は、タオルを手渡す。
怪我してるなら来るなよと、思いつつも夕日は命の善意に少しばかり感嘆していた。
「まぁ、うん、ありがと」
「やけに素直だな……きみ悪いぞ——思うところでもあったのか?」
夕日は、一瞬、思案を巡らせるように、視線が上をむく。
「ねぇーよ、いつも通り、何も変わり映えしなかった」
しなかったに含みを感じた命は訊くか訊くまいか悩むが、受け流すことにしたようだ。
「ふーん、そうか」
「ああ」
夕日はタオルを受け取り、二人は歩き出す。夕日は命を、見やり何か言いたげだ。それに気づく命。
「どうした? 腹減ったのか?」
「違わないけど、違う…………あたしはさ」
夕日は少し口ごもりながら喋る。照れているようにも見える。
「?」
「み……お前の何?」
この質問の意図がわからないと言った表情だが、どうやら今回の事件で思う所の一端であると考えた命は、思案する。だが彼は彼で夕日と言う人間の立ち位置をあまり意識していなかった為、ここでの発言は、彼女の立ち位置、関係性をはっきりさせるものになる。
「夕日との関係性ってこと? 難しいこと訊くなぁ。でも、友達ではないような——」
夕日は友達ではない、という言葉にすでに、むっとした表情で、もういい、と言い出しそうであったが、続けて命は喋る。
「んーていうより、何かに喩えれるほど僕は夕日のこと軽んじてはいないというか……」
「……何だよ、喩えられねーと、わかんないじゃん」
命はここで、そっぽを向き表情を隠した。
「あぁ、まぁ、んー強いて言えば……大切な、人……かな」
そこで命は、気持ち悪いこと言ってしまったと思い、訂正しようと夕日の方に振り向く。夕日は顔を向けたまま視線は足下に落とし、口をもごつかせているが、少し口角は上がっているようだ。
「ふ、ふーん、へー、ほーー、そうかそうか、命君は私のことが、へー……」
夕日は一歩二歩と、小走りで街灯の下まで行きスカートを翻し、くるりと命に反転する、滑らかなスケートリンクを滑るように。そしてあどけない少女のように無邪気に屈託なく微笑み、
「ばーかっ」
少し蠱惑的に、舌を出し、また夕日はくるりと回り歩き出して行った。両手を後ろに組み、足取りはどこか軽やかでリズミカルであった。
「ふっ、なんだよそれ」
命は思う。夕日は僕のこと何だと思ってんだろ? けどそれはまた今度、ゆっくり訊くとしよう、今はこの笑顔がとても尊いから——……。
夕日と命は、短い期間で互いに、愛という複雑で漠然としたものにふれることとなった。狼少女の兄への敬愛、娘の父への偏愛。そのどちらも形容しがたいものだが、人の心を満たす行為であり好意であるのは間違いない。余談だが、愛を知り、守る者ができた人間は強いが守るべき人間が時として弱点になりうることもある、それならば逆説的に愛を知らない、守るべき者がいない人間は強いのか? 答えはNOだ。何もない人間は、何もないが故に何も得られるない、他者への没頭は依存への一歩だが、他者は自分を映す鏡であり、他者からのフィードバックをもとに自身と向き合い、研鑽された心へと成長するもので、それが無い人間は脆く弱い故に責任転嫁に逃げる傾向がある。県犬養姫璐は他者との交流を極端に避けることで一辺倒な偏愛のまま死に、狼少女はまさにこれから他人との向き合い方を熟考する時期に死んだ。残された二人もまだ若く、これから様々な出会いを通して成長していくことを切に願うばかりである——。
これにて第一奇譚 犬も歩けば……
終幕
パラノーマル•ドミネーション 駆動綾介 @kokusitu
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