第24話 思い煩い
夕日は、和室のカーテンを開け放ち月明かりでできた自身の影を操り、亡骸である狼犬を自身の影の中に取り込んだ。
夕日は部屋を出て、狼犬と一番最初に接触した、部屋に戻り破壊された扉を開けた。
そこは、どこの部屋よりも質素で必要最低限の物しか置いていないようだったが、争った痕跡があり、机は横転し、カーテンは裂け壁には無数の引っ掻き傷があり至る所に血が付着していた。
誰の血液だと言われれば、その血液を撒き散らした張本人は、ベットに横たわっていた、仰向けに、首から大量の血を流し、服は破り裂かれ肢体をあらわに乱暴された後のようだった。
夕日はベット脇に転がっていたクッキー缶に目を遣る、けして夕日がお菓子好きだからと言ってすぐに目を向けたわけではなく、異様だったのだ。夕日には一目で分かった、それが何らかの骨であることが、白骨化したそれは殆ど細かく砕かれていたが、原型があるところの部分がなんなのかすぐ分かった。半分ほど割れていたが、間違いなく犬の頭蓋骨だと分かった。
それを拾いあげる。
「……これが、犬神の正体……だから、殺したと——いや、これは殺意の半分か」
ゴホッゴボ!
ベットから生めかしく咳き込む音がした。
夕日はベットを見る。
「よう、
県犬養姫璐は生きているのが不思議なほど出血している、だが夕日の気配を感じ取り一縷の望みをかけ覚醒したようだ。
「ヒューヒュー、し、じにたぐない」
喉元を噛みつかれたのか、細く弱々しい声だった。そこから血液がどくどくと流れ落ち、ベットのシーツを赤黒く染めていた。
「……残念だが、お前は死ぬ。あたしじゃどうにもできない。悪いな」
県犬養姫璐の瞳は生気と呼べるものが消え去りがらんとした黒瞳を夕日に向けるしかできないでいたが、自分が助からないと言う一言だけは聞き取ったようで、
「いや、いや、パパは? どご? パパに会いたい、パパ、パパ、パパ! パパ! パパ!! ゴホッゴボッゴホッ」
夕日は憂も、同情も出さない。言葉には刺々しさが滲んでいた。
「おめぇの親父はこねぇよ。最後の最後も縋るのは偽パパかよ——幻想ばっかおいかけてっからこんな死に様なんだよ。くだらねー、本当にくだんねーよ……一体お前は何が欲しかったんだ?」
県犬養姫璐は思う、なけなしの生命力を思考にさいて考える——何が欲しかった? どうしたら満たされたのか? どうしたら良かったのか? 私を虐げた奴に懇願すれば良かったのか? どうすれば悲しみに暮れたあの日々を取り戻せたのか? ——どれも間違いだったの? たった一人の理解者を見つけたのに、それすら手に入らなかった…………あれ? でもパパはママの婚約者でパパはママのものなのに……あぁそうか、奪ってやりたかったんだ私。幼い私を蔑ろにしたママが許せなかった、だってね本当は、本当はね、噛み締めて欲しかった、私と言う娘がいる幸せを……。
血で染め上がった顔を涙が伝う。ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れる涙に幾つの想いが流れているかは、夕日には、わからない。わかるのは県犬養姫璐の命はもう僅かであることだけ。
県犬養姫璐は夕日を見る。その顔はなにか毒気が抜けたようにあどけない表情であった。
「……ユウヒ、さん、私と……友達に、なって、くれる?」
夕日は屈託なく笑う、それは親しみ合った誰かに向ける敬愛に満ちた笑顔だ。
「……もう、友達だろ」
命の雫が、最後の涙となって頬を伝う……「嬉しい……」県犬養姫璐、享年十七歳。
最初で最後に県犬養姫璐は、友と呼べる初めての存在を手に入れた。そして偽りのない親愛を抱いたまま友に看取られ逝った。それを幸福と捉えるか不幸と捉えるかは、人によりけるだろうが、県犬養姫璐の後顧の憂いが晴れた微笑みはどう捉えれば良いだろうか。
しかし仮に充足に満ち、友に看取られ逝くことが幸せならば友を看取った者は幸せなのだろうか? 夕日もまた人生で同性の友がいた経験がない。「もう、友達だろ」にどれほどの真意があったかはわからないが、夕日の表情はやるせ無いままでいることは真意である。
友人関係に必要なのは距離感、これは県犬養姫璐がクッキー缶に仕舞い込んだ『友人』に述べていたことだが、本当にそうだろうか、距離感も誤ればひらきすぎてしまうもので、距離を持って接する事は相手への配慮を見誤る。ましてや現代社会においてコミュニケーション不足は深刻であり、多感な若人が距離感などと言っているのは間違いでしかない。多感に富んだ時期は、重要な人間の感情形成に重大な影響与える。ならば多感を振り翳し、色々な人間と衝突し、自分の中の感情を取捨選択し、重要度の高い物を育み研磨し輝かせるものではなかろうか。
説法じみたことを言ってもこれは県犬養姫璐にはもう届かない……願わくば残された夕日は輝く何かを見つけて欲しいものである。
これにて『県犬養姫璐の迷子犬』は終幕。
後日談に続く。
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