第23話 思い煩い

 深々と刺さったナイフは狼犬の頸椎から喉頭まで貫通し即死でもおかしくはない重傷を負った——狼犬から生えた四本の腕は力無く花々が萎れるように倒れた。


 夕日は頭など顔に切り傷があり血に濡れた顔を袖で拭う。苦戦——この程度の相手であれば異能を使えば瞬殺とまではいかないまでも、ここまで向こう傷を負うことは無かったはずである、しかし夕日の弱点である闇の中では異能を使うことができないということ、この家は光を介した影がなかった、ほぼ暗闇という悪条件の中の戦いであったのは狼犬にとって好条件であり人より鼻のきく犬であれば尚更である。狼犬の失態は、息を潜めて待つべきだったのだ、籠城し息を潜め、侵入者に悟られる前に狩とるべきだった事は間違いない。


 言うは易し、狼犬にそこまでの策略を巡らせることができたとしても結果が変わったかどうかはわからないし、夕日に待ち伏せという行為が有効かどうかもやってみなければわからない。しかし結果、狼犬はに夢中になり夕日の侵入をギリギリのところまで気付くことができなかった。


 狼犬を憐れみを含んだ瞳で、視る。絶命——そう思った瞬間、びくりと痩せぎすの腕が動いた——夕日はナイフを構える、まだ動けるとか勘弁しろよと思ったが、杞憂、狼犬は何度も立ちあがろうとしていたが、足元の血溜まりに、足を取られ転びそうになっていた。もはや歩行もままならない状態のようだが、足を振るわせ立ち上がった。身構える夕日しかし、


 狼犬は背後の夕日には目もくれずよたよたと歩き始めた。四本の腕は力無く垂れ下がるだけで引き摺りながらの歩行だ。

 

 ずる、ずる、ずる、ずる


 最初に調べた方向の廊下に歩いていく。一番奥の引き戸の前に立ち、痩せぎすの腕が引き手に手を伸ばし、部屋に入っていった……開け放たれた引き戸に夕日も二歩程遅れて入ったそこには、


 十畳くらいの空間、どうやら和室のようだ。狼犬を視線で追う、狼犬は蒔絵まきえと金装飾が映える豪華で華やかな仏壇の前で伏せをする状態で息も絶え絶えのようだ。


 二本の腕が仏壇の扉を開ける。写真立ての中には県犬養桔梗の写真がこちらに微笑みかけていた。写真立ての横には光り物があるようだが、それは指輪のようだ……その指輪は富豪が持つにはやや見劣りする0.3ctほどのダイヤがあしらわれていた。


 痩せぎすの腕はその指輪を手に取る、震える手は今にも指輪が溢れ落ちそうだ——案の定、指輪は手から落ち、それは夕日の足元まで転がっていった。


 夕日はそれを拾い上げ、カーテンの隙間から差し込む月の光にかざす。


 「……綺麗」


 ダイヤなどに縁がない夕日は本気でそう思ったし、えも言えない感情になった。ダイヤの指輪は結婚の象徴のような物、そんな程度には夕日にも認識があった……狼犬は力無い目線で懇願していた、返してほしいと、


 夕日は狼犬に近づき、膝をつく。持っていたナイフを畳に突き立て、狼犬の痩せぎすな手を取る……まるで婚約者に指輪をはめるように、左手の薬指に指輪をはめた。


 本体である狼犬はすでに息を引き取ったようで、夕日の膝に崩れ落ちた。痩せぎすの腕は指輪をつけた手を愛おしそうに右手でなで、手の甲、手のひらと順に翻しながら指輪を見ているようだった——でも、もう時間のようだ。


 狼犬の肩甲骨あたりから生えた痩せぎすの腕はその根本からボロボロと灰になっていく。これは【霊奇】の消失反応。どうやら消滅が始まったようだ。痩せぎすの腕は最後の最後まで指輪を付けた左手を残った三本の手で優しく包み込んでいた、それも消失反応により灰になり、包み込んでいた手は崩れ落ち、その中から指輪だけが、空虚な部屋に落ちていった……


 夕日は、膝の上でまるで眠っているような狼犬を優しく慈愛に満ちた眼差しで見つめ撫でるのであった——


 でもまだ終わっていない。県犬養姫璐の安否を確認しなくては。

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