第18話 夢魅る少女 2

 因縁より強く結ばれた血縁、抗うことのできない宿命。私の知らないところで結ばれて、知らないパパをきっとたくさん知ってる——これは嫉妬、パパは私を愛してくれるけど、母のことも愛してる。


 パパはもともと独身貴族だったけど、一体どんな魔法を使ってパパを沼に落としたのか、そればかりは知る術がない、と言うより聞きたくないわ。女を安売りしていた妙齢の女がどうセールスしたのかは気になるところではあるけどね、参考にもしないし貴女のような人生なんてまっぴらごめん。


 ただパパという最大の幸福を手に入れた運には賞賛しかないわ、それがなければ私はパパに出会えなかった……それだけは感謝しているのよ、ありがとうママ——だけどそれだけ、貴女はそれだけ、私の中の貴女はあの頃からなんの評価も上がっていないの。残念……本当に残念女として最高の人生を手に入れても母としての義務は最底辺、私は貴女に何一つとして貰っていない。何がそうさせたと言われても何も無いの何一つ、貴女と家族であった時期、仮初を貼り付けた虚像である六畳一間の部屋が広く感じるほどに心は離れていた。私がいじめられている事知ってたよね? 私が一人で公園で一人ぼっちで遊んでた事、知ってたよね? ……勝手に私を生んで勝手に離婚して……私はね幸せに憧れてるの渇望と言ってもいい、私はもう我慢しないって決めたの、いっぱい我慢したから、だからねパパを私にちょうだい?

 


 それに——何か間違いが起きて、子供なんてできてしまったら私への寵愛が薄れてしまう。母という最大の宿敵をどうにかしなければならない。


 しかし母も変わっている、私とパパの関係を黙認するなんて、余裕綽々なのね。


 ああどうしたものか、犬みたいに簡単に逝ってくれたら、苦労はしないのだけれど、人間となるとそうはいかない。だからこそ自然に、あたかも当然の様に消えてもらわないと。言うは易し、私はなかなか実行に移す事ができなかった。


 一因としては、母が黙認するだけでなく、ごく当たり前にいつもの生活を送っている事だ。おかしな人、実の娘との三角関係を良しとするなんて本当にどうかしてる。私はあなたに消えてもらうたいのに、あなたは仮初の家族を演じていたいなんて、哀れで惨めな女。私が終わらせてあげる。あなたとパパの、恋物語はこれにて終幕する——


 私は母と久しぶりに買い物に行きたいとせがみ、繁華街に出向いた。私は母と最後の晩餐にフレンチレストランでランチをした。あの頃にこれくらい裕福であれば何か変わっていたのか、と思う……思うだけで、それ以上の感情も感傷も湧いてこない、あったかもしれない未来なんて考えただけで気色悪い。



 だが最後に確認したい事がある。


 「母さん、なんで何も言わないの」

 

 何の脈略もなく言った言葉は捉え方によって何の事を言っているかわからなくなるような問いだったけど、言いたい事、わかるよね?


 「……私は今でも幸せだからよ——たとえ仮初でもこの幸福は手放さない」


 「仮初の幸福なんてない」


 「ええ、そうでしょうね。だけど貴女も仮初に縋っているでしょ」


 私と貴女は似ているから、と


 「……私は、違う」


 

 瞳の奥がドブ川と一緒の色をしてる。淀み穢れた薄汚い大人の目だ。おべんちゃらな回答……私が仮初に縋ってる? おかしな人……縋っているのはお前だけだ! 昔も今も!! ……でも、そんなこと、どうでもいいわ……クフフ


 【県犬養桔梗】桔梗の花は誠実、清楚、変わらぬ愛を表す。そしてもう一つ、その昔、桔梗という娘が一生涯、行方しれずの恋人を待ち続けたと言うお話がある。んふふ、そんなに待つのが好きだったら、先に冥土にいってパパを待つ事になっても文句言わないよね? お母さん。


 私と母は繁華街にある交通量の多い交差点に差し掛かる。この日の為に近辺の監視カメラの位置を全て把握している、私達がいるところは丁度カメラの死角。数十メートル先から大型トラックが走ってくる。


 この日のために何度も何度も頭の中でシュミレーションしたんだよ。そして何てタイミングがいいんだろう。殺傷能力の高そうなトラックが来た。ああ神様ありがとう私の意思を汲んでくれたのね、感謝致します——


 ————「じゃあね、クソババァ」


 優しく憎しみを込めて背中を押してあげた。


 キッキィーーーーーーーーーー!!


 ゴシャッッ!!!!パキッ!

 

 甲高いブレーキ音と、共に耳を覆いたくなるような重く鈍い音がした、同時に母は私の視界から一瞬にして消えた。地面には夥しい量の血が飛び散り、母は両手、両足の関節が全て逆方向に折れ、砕けた骨が飛び出している、首は皮膚を裂き肉が千切れて、首の皮一枚で繋がっている状態で死んでいる。横たわる母の四肢から流れ出る血液がまるで桔梗の花を思わせる端正な五角形を作り上げている。


 「阿婆擦れが作る花にしてはとっても綺麗で、嫉妬しちゃう」


 母も死んだ、犬も死んだ。さあパパ、残されてしまった私達はとってもとっても不幸。だから二人で乗り越えようね、私達ならできるよ、だってパパの為なら、私、何だってできちゃうんだから。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと一緒だよ、死が二人をわかつまで——。


 だが、予想していた結末は違った。


 母が死にお葬式も終わり落ち着いた後。私はパパに行為をせがんだ。しかし私に対して強い否定を口にしてきた。「……もうこんな事はやめよう」


 え? は? は? は? は? は? は? どうして? どうしてそんなこと言うの? パパが、おかしくなってしまった。しかもある日突然、あろう事かパパはまたしても犬を買ってきた。


 「え? パパどうしてまた犬を買ってきたの?」


 「桔梗は犬が好きだからね、いつ帰ってきてもいいように暖かい家庭を作っておかないと」


 これは奴の呪いだ——くそっくそっ!! あのメスカマキリ、なんて執念。しかし死んだ者に対抗する事は難しい、だとしたら私がやってあげられる事は一つ。

 

 目を覚ましてパパ。貴方の最愛は私だけなんだから——そしてあの日、犬を散歩に連れて行くふりをして、人目のつかない公園で犬の左目に果物ナイフを突き刺した。毒殺でも良かったんだけど、あの時はすごくムカついてたの、私だって物に当たりたい時くらいある。誰かの大事な物を壊した時って罪悪感はあるけど背徳感もついてくるから癖になりそうで困っちゃうんだよなぁ。


 でも、本当に困った事になった、刺したナイフが致命傷にならなくて、まさか逃げ出すなんてせっかく従順になるように丁寧に躾までしたのに、触りたくもない獣を触って我慢して我慢して教育したのに恩を仇で返すなんていけない子。


 でもあの男が言ってた通りになったわ。私に入れ知恵してくれた。全身黒づくめで長髪の妖しげな男、そいつは私が犬を逃してしまった時に現れた。私は焦った、右手は血に染まっていて犬を殺害しようとした事を通報されるのではないかと、でもそれは杞憂だった。その男から【霊奇】の事、それを滅する事を生業とした者達の存在を私に教えてくれた。


 「アレは時期、裂傷から【霊奇】の温床となり畏怖をもたらす。依頼をすれば自らの手を汚さずとも滅業の者が穢れ物を消してくれる。だがその者達を、出し抜くなどと考えぬ事だ」


 そう言い残すと黒づくめの男は去っていった。『霊奇』については噂程度には知っていたけど、まさか本当に化け物なんているのね、できれは母も蘇って私の手でもう一度殺してあげたいところだけど、無理な話ね。でも自らの手を汚さない点では及第点の方法、しかし犬の化け物を殺してくださいでは、何故? 原因は? を問われてしまうとまずい、なるべく懐を探らては困る。だから出し抜くなどと言っていたが、あの夕日って女の子、まんまとお金に釣られて承諾してくれて助かったわ。そのまま金持ちの道楽だと思われてるくらいがちょうどいい。


 後はあの子の活躍に期待しましょう。


 ピンポーン


 ?


 「誰かしら?」


 午後二十二時インターホンから呼び出し音が鳴り響く。人が尋ねるには少し遅い時間ではある。インターホンの液晶で外の様子を見る。しかしそこには誰もいない。


 ピンポーン


 おかしいドアの向こうには誰もいないはずなのに、インターホンが、鳴り続けてる。故障? 


 ピンポーン


 ピンポーン


 止まないインターホン。玄関に行くが人の気配がしない。私はドアガードが掛かっていることを確認して、ゆっくりとドアノブを回す。10センチ程開いた隙間から私は誰かいるのか尋ねる。


 「どなたかいらっしゃるんですか?」


 返事はない。ドアガードを外して確認しようかと考えるが、恐怖を感じ、改めて鍵を閉め、部屋に戻ろうと、後ろを振り返る。


 「え? どうして——……」

 


         ◇◇

 

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