第17話 夢魅る少女 1

          ◇◇


 私のパパはとてもとても優しくて寛大な人。そして愛を惜しみなく与えてくれる最高の男性。

 

 私にも母にも犬にも祖父母にも友達にも赤の他人にも皆平等に温もりを与えてくれる。おまけに歳を感じさせないほどの眉目秀麗。そんなかっこいいパパが近くにいるとね、霞んじゃうのパパ以外の雄が。


 どんなに学校中が持て囃すもてはやす男子が私に言い寄ってこようと、何の感情も私には湧いてこなかった。


 いえ、むしろ嫌悪すら感じたわ。悪い癖ねパパと比べてしまうのは、超える人なんているわけないのに……、幾人かの男子を振った頃、私は学校帰りパパの自前の高級車で買い物に行く事が日々の楽しみでもあった、腕を組みスーパーに行ったり、繁華街を歩いたり映画を観たりパパとのデートはとってもとっても楽しかった——だけど、ある日私とパパが街を歩いていた時、私が振った男子と偶然会った、その男子はまるで妬心に満ちた表情で私達を睨みつけ踵を返し立ち去っていった。男の嫉妬ほど哀れなものはないわね、その程度にしか考えが及ばなかったが、次の日学校では私に対してあらぬ噂が蔓延っていた。


 「姫璐は援交している」「清純派をきどった雌豚」「パパ活で稼いでる」「ファザコンビッチ」どれをとってもとるにたらない稚拙な悪口……私にとって同級生なんて学校生活の装飾品程度でしかなく吹けば飛ぶような存在。しかし日に日に陰口はエスカレートし次第に直接的に私を嬲るようになった、イジメは始まれば際限が無く私を苦しめる。小学生の頃も私はいじめられていた、あの時は理由なんてなく、ただただ脆弱な私をいじめて楽しむ純粋なイジメだった…………むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく


 本当にむかつく。


 殺してやりたいほど憎い。どいつもこいつも幸福が満たされないから私に嫉妬しているんだ。


 いじめの恐ろしいところは楽しみだし退屈と思った時、奴らは際限のない欲望と好奇心で私を屈服させようとしてくる。幾人かの男女が私を体育倉庫に呼び出し私を羽交い締めにしてきた時がある、私もこの時は恐怖で身を捩り暴れ回り必死の抵抗を見せた、だが一人の男子が私の抵抗に嫌気がさし手に持っていた金属バットで私の腕を殴打した。


 周りの取り巻きは流石にこの男子の横暴に恐怖を感じ逃げ出していった。取り残された男子は私の髪を掴み上げ、人とは思えない獣の笑みを浮かべ私をマットに投げ飛ばしスカートを捲し上げ下着の中に乱暴に手を滑り込ませた——いや、いやいやいやいやいや「いやーーーーーー!!!!!!」私は男子が持っていたバットを拾い上げ殴りつけた、下からの殴打では大した威力にはならなかったが男子は狼狽、倒れ込んだ。私はその隙に逃げ出した、走って走って走って走って走って走って走って、気づけば学校を抜け出し、自宅の自室で蹲っていた。怖くて怖くてたまらない、パパ以外の男に触れられた恐怖……「汚い……洗わなきゃ……」


 私は小学生の頃をふと思い出し、気づいた、そうだ、お友達に相談しよう。私の部屋には床下収納があり、そこから薄汚れたクッキー缶を取り出した、これは小学生の時私が大好きだったクッキーの缶中身はもちろん別の物が入っている。おもむろに缶の蓋を開ける。中には乳白色の大小様々な物体が入っている、長細く先端が丸みを帯びている物、先端に行くにつれて尖っている物、小粒のように小さな三角形の物——私の一番の友達、あの時あの公園で私が殺した子犬の骨、それを一つ取り上げる。尺骨のあたりだろうかザラザラとした触り心地、その両端を持ちぱきりとへし折った。


 「ねぇなんで私はいつまでも不幸でいないといけないの?」


 パキッ


 「私はパパを愛しているだけなのに」


 パキッ


 「なんで? どうして邪魔するの?」


 パキッ


 「……いらない、いらないそんな奴ら皆んな皆んな、学校のやつなんてみんな死ねばいい」


 パキンッ


 気づけば骨は粉のように砕けていた。

  

 その夜パパに腕の怪我の理由を問い詰められたけど、言えなかったパパとデートしていたところを見られていじめられているなど……学校の階段から落ちたと嘘をついた、でも事実は嘘でも痛みは本当——痛くて痛くて涙が止まらなかった、だから今はいいよねパパの胸でたくさん泣いても? パパは優しく私を抱き寄せてくれた、ああ暖かいパパの優しさ寵愛が伝わってくる。この温もりがあるなら怪我をしても良かった。


 私は怪我を理由に学校を一週間ほど休み、後にギブスをつけて登校した。


 一週間ぶりの登校は鬱鬱としたが、登校してみれば晴れやかになる朗報が舞い込んできた。私を羽交い締めにした主犯の男子生徒が自殺したというのだ——自殺現場は凄惨なもので気管が露出するほど喉を掻きむしり半狂乱に暴れ回った後息を引き取ったらしい。


 なんて——清々しい気持ちだろうか、忌々しいあの下賤な陰獣が死んだ……嬉しくて踊り出しそうなほどだ。するとこれを皮切りに不思議な事が連続した私をいじめていた生徒達が次々と病気や事故などで生死を彷徨う事となった。そして、その生徒達は口々に言うのだ「夢の中で狼に襲われた」と。


 次第に私に危害を加えると呪われると言う風潮が出回り自然といじめは鎮火していった。その代わりに生徒も先生も誰一人として私に近づこうとはしなかった。期せずして私のスクールライフは安寧を迎えこれで心置きなくパパを独り占めできる。


 だけどパパは私だけを見てくれることはなかった。パパは誰にでも優しく接する、それこそ老若男女に分け隔てなく……。

 

 だけど私は素晴らしいパパの娘なのに博愛を持ち合わせてなどいなかった。私にあるのは偏愛、偏見、嫉妬、独占、でもみんなそうでしょ? 誰かの一番になりたい、特別になりたいなんて至極ありふれた感情だし、嫉妬に溺れる自分に陶酔したいのが女、まさか下賤な人達が私に抱いていた感情が私にもあるなんてね。

 

 偏見何てお手のもの、自分の価値観で塗り固めた独善に身を委ねるのはとても気分がいいの、それが正しさの裏返しでも。


 人間なんてみんな自己欺瞞して生きてるんだからそこに正しさ何ていらないし、満たされるのであればそれが紛い物でも人は縋る。


 みんな自分の正しさの奴隷だからこじつけるし強要したがる、自分は正しいと認めて欲しいから。でも私は違う、自己認識もできていない人間とは違うし、自分の価値観に優劣をつけて欲しいんじゃない——ただ貴方に受け止めて欲しい。


 自分でも驚いてる、こんなにも血生臭い人間味が私にある事が、でもね変に理屈をごねた抑制は嫌い。だから私は抑えない、あるがままで後悔のない人生にしたい。そして私の腑より暖かい欲望を受け取って欲しい。それはパパへの愛、受け取ってくれないと厭。


 だからね、パパ以外は邪魔だし特にこの家の悪き風習である、犬を絶やすべからずとか犬神持ちだったとか本当に嫌い。私はねパパの物だけど犬は大嫌い、と言うより動物全般が大っ嫌い。どんなにパパがお金を持っていて、庭付きの豪邸に住んでいても、獣臭さと染みついたドッグフードの臭い、ソファーについた体毛どれもこれも煩わしくて穢らわしい、私の友達になりたいなら骨になってからにしてほしいものね。


 この感情は物心が付いてから今に至るまでどんどん膨れ上がっている。でもパパは掟を快く重んじている。私は思案する、どうすればパパからの愛を独占できるか? 獣風情が可愛がられているのは見るに耐えない、今までは我慢してきたけどそろそろ限界。私としては憂さも晴れるとならば殺処分が理想、だとすれば毒殺——二代目の犬を殺した、簡単だった餌に与えてはいけない人の食べ物を混入させ続けた。くふっ滑稽だった衰弱していく様があまりにもお似合いで。歳の頃は十を過ぎた犬だった為パパも母も老衰だと思ったようだ。


 パパは最初こそ困惑してた。愛犬の死に、しかも運って言うのは巡ってくる物なのね、この時会社では経理担当者による億単位での横領事件がおきていた。不幸なパパ、信頼していた経理担当者とはパパの友人だったの。


 最愛の死、友の裏切り、あの時の顔は忘れられない……はぁ可哀想で哀れでとても可愛かった。だから私が寄り添った。弱りきった心に実りきらない甘酸っぱい全身を使ってパパを精一杯ご奉仕した。軋む音、吐息、肌の温もり——


 ああこれが愛されるって事なのね、パパ大好き大好き大好き大好き大好き。私の体温をあげる、だから冷めない様に寄り添っていて。


 この時からパパは犬を飼うのをやめた。犬への鍾愛、娘への慈愛、愛人への爛れた愛情。私は三つの愛を手に入れた——……悲喜交々。


 しかし何か違う、求めた愛はこれだったのか? 私の欲望は貴方の最高の拠り所になってこそ完結すのに…………わかってるよ、最後の障害が何なのか、そう私を産んだ歩く臓物。母——

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