第19話 さぁいざゆかん 1

 一体今週に入って僕は何回気絶すれば気がすむのだろうか、いや気がすむとかそういうのじゃない、全くもって僕のせいではないし、言わずもが僕は真っ当な被害者でしかないのだけどね……しかしだ主人公配置のくせに活躍もなければほぼ気絶してるだけで物事が進んでいくというのは全くもって遺憾である……つーかっいかーーん!! このままじゃ流れのままに終盤戦も終えてしまうじゃないか!! 遺憾だしいかん! ならば県犬養家の護衛には是非にも活躍したいところである。不思議と朝日からもらったポーション(仮)のおかげで見た目ほど痛みもなければむしろハイだ。さすがだ妹よ次合う時はハグ付きのお姫様抱っこのおんぶに抱っこをしてあげよう……? 何言ってるかわからん!


 「命、浮き足立っているときに悪いのだが県犬養家へは『落陽』独りで行ってもらう」


 「なんですと……?」


 そう言うのは我らが絶対上司のイリス•アルケミスティ•イグノランティ通称イリスの姉さんだ! 薄暗い室内でタバコをふかす姿はいつにも増して妖艶でふつくしいです。


 「何故ですかイリスさん!? 僕はこんなにもいきり立っているのに! 痛みだってほら全くないんですよ? 今からスパルタンレースだってできますよ!」


  タバコの煙を吐き言う。


 「いきり立っているのは薬のせいだ、それにレースに出る前に君は私のスパルタ教育を受けた方がいいだろうね。しかし『朝陽』の薬もまだまだ改良の余地がありそうだな、いいデータが取れた、助かるよ命」


 何と朝日の薬は実験だったみたいだ。何とも遺憾である。もはや言いたいだけの遺憾であるでもさ生きていれば理不尽に苛まれる事なんていくらでもあるよね、それが人体実験のマウスでもさ! 

 

 「とかく何で僕はお留守番なんですかぁ?」


 「端的にありていに言えば君は怪我人だからだ。ニュースになるならば殴る蹴るなどの暴行を受け被害者は重体というわけだ」

 

 「重体って半分くらい死んでるやつじゃないですか」


 こわっ僕って今半分は屍なの? いやしかしここから僕のヒロイックが火を吹く重要な局面なんだ、そう簡単に折れてあげられない……かくなる上は——


 「いやだいやだ! 僕は県犬養家に行って可愛いJK救ってちやほやほにゃほにゃされたいんだーーー! うぁーーーん!」


 地団駄を踏みこれ見よがしに駄々を爆発させる。


 パンッ!


 イリスさんに右頬をビンタされた。


 「いたぁ……」


 「左頬も差し出すかい?」


 「すいませんでした!!」


 鶴の一声ならぬ鶴のビンタで目が覚めた。薬の副作用でハイになったテンションも一瞬にして冷めた……いやだ恥ずかしい! こんなところ夕日や朝日に見られたら何て言われるか……


 「キッショ……」


 あちゃあ、いたよ居たんですか? どら焼きを左手に右手には牛乳を持っている……幼児なの? いつものアンティーク調のソファーに浅く座りもぐもぐばくばくごくごくと飲食している。


 「いたんですか夕日さん」


 「あたりめーだろ、誰がお前の事運んだと思ってんだよ。ったく」

 

 ですよね。冗談はさておき……さておかれるかは相手次第ではあるけど、


 「冗談はさておき、本当に一人で行くのか?」


 「ああ、足手まといにも程があるレベルだからなカブトムシのがましなくらいに」


 良かった冗談にしてくれたみたいだ……てかなにその揶揄? さっきから、小学生なの? と言うよりカブトムシ以下なの僕?

 

 「足手まといではあるのだが、少々きな臭くなってきたからね『落葉』一人の方が都合がいいんだよ、それに——」


 今の君が行けば間違いなく不審者だからねと、イリスさんはタバコで僕をさす。それに続いて自分の体を見ると服はズタズタで臍も丸出しのギャルファッションになっていた……おまけにお気に入りのジーンズもロックにダメージし至る所に血が乾いた跡がある。何だこの不審者? 改めてよく生きてたな。しかし確かにこれじゃあいっぱしの不審者だ……臍を噛む思いだ……。


 「く、悔しいです」


 「やる気なのはいい事だ。感心しよう」


 感心された所で重要なことを聞かねばなるまい。なったとはなんなのかを、


 「イリスさん、きな臭いってのは何なんです? やっぱりことの発端は県犬養姫璐にあるって事ですか?」

 

 これはつい先ほどまで考察した結果だけど、やはり県犬養姫璐は飼い犬を霊奇に変えた張本人なのではないだろうか? そして僕たちに処分を肩代わりさせようとした……あくまで僕の妄想という域を超えないけれど、なかなかいい線いっていそうだけれども……腑に落ちない点も幾つかある、と言うかそもそも犬を殺す為にわざわざそんなまわりくどい事をするか? 殺したいなら自分で殺せばいいのだ。それをなぜ…………いや殺せなかったのか、言い換えれば殺し損ねたが正解か?


 「結論から言えばそうだ。県犬養姫璐はあの変異体の原因の一つで相違ない、だが事の深度はもっと深い——君達が去った後、とある来客があった」


 誰だと思う? とイリスさんは僕に目線を送る。誰だと思う、か、暗に県犬養姫璐と関係があるような言い方をする……となると、


 「父親か他の血縁者か……」


 「流石だ。県犬養一連、父親が依頼しに来た」


 ! 当たらずも遠からず、と思ったけどドンピシャか……県犬養姫璐は犬を探すための依頼。県犬養一連は何の依頼を……、


 「一体何の依頼だったんですか?」


 「娘を殺してほしいそうだ」


 「はい? 娘をって……」


 娘を殺してほしい? どう言う……てっきり犬探しの延長かと、何故そんな酷い依頼を? 一体県犬養家はどんな闇を隠しているんだ? 


 「犬神信仰の末裔と言うのは聞き及んでいるだろう?」

 

 「ええ、夕日に聞きました。でもそれは四国にいるまでで、今は何の関係もないと県犬養姫璐本人も言ってましたし現に夕日は直接対面した時になにも感じ取っていないはずです」


 何本目かわからない数のタバコを灰皿に擦り付ける。そしてまたもう一本口に加え、そのまま喋る。


 「ああ概ねそうだろう——だが県犬養一連には犬神の残穢が犇とひしと残っていた」


 犬神——平安時代にはすでにその呪術に対して禁止令が出されるほどの危険を孕んだ蠱術。犬神を使役する術者は富み栄え願いを叶えるとされている、一方で犬神は飼い主に噛み付く忌諱きいの対象でもあったとされている。


 「馬鹿な……でもあの犬、僕を襲った犬はどうなるんです!? あれは霊奇で間違いないって」


 「あれは霊奇で間違いない。そこは揺るがない、あれは後天的に発生した物だ、私が言っているのは先天的……県犬養家に巣食っている獣のほうだ——ただ私にも明確な発生時期は不明だが、県犬養姫璐の身辺調査を行った結果、不可解な時期があった。当時十六歳だった彼女の通う高校で原因不明の自殺者が二名に事故者三名それが一ヶ月以内に突発的に起こっている。際立って異質だったのが一人目の男子『川佐渡学士かわさわたりがくし』十六歳の遺体は損傷が酷く自ら気管が剥き出しになるまで喉を掻きむしり絶命していたそうだ。そして全員が県犬養姫璐のクラスメイト……」


 喉を掻きむしるって……想像絶する行為だ、まず正気ではそんな事できるはずがない。そして示し合わせたように連続した不幸……県犬養姫璐、とんでもない爆弾を抱えているのは間違いなさそうだ。県犬養姫璐が異様であることはわかっただけど……、


 「でもそれが何故、娘を殺す依頼になるんですか?」


 そう、県犬養一連は何故娘を殺してほしいと願うのか、犬神に祟られた身は何を思っているのか? イリスさんは加えたままのタバコを手に取る。


 「……県犬養姫璐は実の母親を殺しているからだ」


 





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