第3話

ひな、なんだか嬉しそうだな」

「え? そんなことないですよ」


 今日は、華ちゃんと一緒にお話しできるんだ。


 何話そうかな。

 可愛いから見ているだけでも嬉しいのに。


「昨日、あっちの店の偵察をしてきて、何かわかったのか?」

「はいわかりました。看板娘の華ちゃん、とっても可愛いです」


 おやっさんは、やれやれとした。

 けど、昨日の嫌そうな表情は消えていた。



 ◇


 今日は、いつもよりもお客さんが来なくて。

 店の中でおやっさんと、長々お話ができるくらい。


「そうだおやっさん。私、ちょっと今日用事で途中抜けます!」

「いいよ。お客さん全然いないし」


 ふふ。やった。

 華ちゃんと会える!



「お団子一つー」

 店の外からお客さんの声が聞こえてきた。


「はいよー!」

 返事をしながら外へ出てみると、なんだかお客さんがうちの店に列を作り始めていた。


 ……あれ、今日は大繁盛?



 注文してくれたお客さんが教えてくれた。

「あっちのお店の娘さん、今日は休みらしくてね。たまにはこっちに来ようと」


 ……あ、そうか。

 あっち団子屋さんは『華ちゃん』が目当てだもんね。

 その子がいないってなると、元通りこっちにお客さんが来るよね。


 華ちゃんと遊ぼうとすると、こっちが混んで……。


 あああ! なんか矛盾してる!

 お店が盛況なのは嬉しいことだけど、なんでよ!



「お次の方、注文どうぞ」


 これじゃあデートに間に合わないじゃない……。

 まだまだ行列が長くなってる……。


「ああああーーダメだ! おやっさん、お店任せていいですか!」


「ダメだろ。願ってた通りお客さん一杯だ! 今日は稼ぐぞ!」



 ◇


 お店が落ち着いたのは、待ち合わせの時間からずっと後のことだった。

 おやっさんに断って店を出てきた。



 ……はぁ。もうこんな時間か。


 段々と日も暮れかかってきてて。

 空が夕焼けに染まっている。


 こんな時間じゃ待ってるわけないよね。



 そう思いながらも瓦版かわらばんのところへ行くと、華ちゃんは立っていた。

 瓦版かわらばんをじーっと見て。


 せっかくいてくれたことに嬉しくなりながら。

 けど、何を言われるか覚悟しながら、ゆっくりと近づいて声をかける。


「こんにちは」


 華ちゃんはこちらに気づいて、笑顔を見せてくれた。

「こんにちは」


 怒っているとかそういう感情は無くて。

 ‌ただただ純粋な笑顔で。


「待たせてしまってごめんなさい」

「良いですよ。団子屋さんって夕暮れ迄忙しいものですものね」


 華ちゃんは笑って許してくれた。

 そして、目線を瓦版かわらばんへと戻していた。


瓦版かわらばんに載っていた問題。これが分からなくって考えておりました」


 綺麗な所作で、あごに手をやる。

 考えている姿が様になる。

 私は、そんな姿に見とれてしまう。


 瓦版かわらばんか。ああ、これは私も以前見たことがある。

 扇の中に何個か円が書かれているような面積を求める問題。


「この長さが肝なんです。この扇形の面積を先に求めて……」


 私が問題の解き方を教えてあげると、華ちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


 すごく可愛い。

 今日はこの娘とデートなんだ。

 そう思うとなんだかドキドキしてきた。



「雛さん。私の無理を言って会いに来てくださって、ありがとうございます」

「いえ、無理なんかじゃなくて。あの、私も会いたいなって思ってて……」


 互いに互いの鼻緒を眺める形になってしまった。

 暗くなってきていて、お互いの顔は見えづらいけど多分真っ赤だ。


「……いきましょうか」

「……はい」



「――火事だぞー!!」


 二人で街中へ進もうとしたときにそんな声が飛んできた。


 声がした方角。

 私のお店の方だ。


 火消が屋根の上で騒いでいる。


 長屋の人たちが外に出て来てる。


「いきなり燃え広がったからな」

「あそこのおやっさん、気づいてなかったようだけど大丈夫か?」



 私と華ちゃんと急いで、店方へと走った。



 続く。

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