第2話

「おやっさん! 私の変装どうですか?」


 我ながら、とっても良いかもしれない。


 おひげを付けて。

 手拭いをてっかにかぶって、顔と髪を隠して。


 男性の着物を着て。

 胸を隠すために、ちょっと恰幅の良い感じにして。


 我ながら良い変身だよ!


 ふふふ。

 これで敵の視察をしてこよう。


 おやっさんは、あまり良い顔をしていなかった。

「人をおとしめるようなことはしない方が良い」


 私が店を出るまでずっとそう言っていた。

 そうはいっても、このお店がつぶれちゃっては綺麗ごとも言えない。


 慣れない下駄と、お腹に巻いた複数の帯。

 これは、中々歩きにくい。


 けれども、我慢我慢!


 潜入開始です。



 ◇



 向こうのお店は、今日も沢山並んでるのね。

 この暑い季節に。


 私は列の一番後ろへと並んだ。



 前に並んでいるのは、見たことあるぞ。

 前までうちの団子屋さんに常連で来てくれていた町娘達だ。


 少し意見を聞いてみよう。


「えーっと、君たちは、ここの娘さん目当てで来ているのか?」


 少し低めの声を出してみた。



 町娘たちには、怪訝な顔をされてしまった。


 いきなり話しかけるのはマズかったか。

 慌てて取り繕う。

「いや、なに、噂を聞きつけて来てみたんだ。せっかく来たのでこのお店の良いところを聞いておこうと」


 私の態度に怪しんでいたが、町娘は答えてくれた。

「おじさん、初めての人? ここの看板娘のはなちゃん。すっごい可愛いから。声なんか特に」


 なるほど、声の評価が高いということか。

 ……華ちゃん。可愛い名前。



「あと、近くで見たらわかるけど、とっても別嬪べっぴんさんだよ。私が見た中で一番!」


 うーん。それは確かに思ったけど。

 けど、私だってそれ言われたことあるもん。


 この子達にとって私の評価ってどうなんだろう?

 ちょっと聞いてみよう。

「あっちの団子屋さんの娘も綺麗と聞いてのう。あっちの娘と比べてどうじゃ?」


 二人で顔を見合わせて、悩んでいるようだった。


「なんかあっちは、愛嬌だけは感じ良いよね。それだけっていうか。こっちの子は何度も見たくなるくらい可愛いの!」


 いつも来てくれている町娘ちゃん達。

 そんなことを思っていたのね。

 私って魅力、無いのかな……。


 店内から華ちゃんが出てきた。

 やっぱり近くから見ると、とても可愛い。。


「お待たせ。どうぞ」


 初めてちゃんと声が聞こえた。透き通るような声。

 なにこれ。思わず素の声が漏れ出てしまった。


「……あああ、可愛い」


 町娘に聞かれてしまった。

「……ん? おじさん、はぁはぁし過ぎじゃない?」



 あー、まずいまずい。

 声色を低くして。


「ああ、すまん。初めて声が聞こえたものでな」

「そうですよね、可愛いですよね。わかりましたか?」


「あ、ああ。けど、あっちの店の子にも負けず劣らずじゃ」

「まぁ、あっちも良いですけども」


 うんうん。小さいところからアピールしておこう。

 この町娘達も、またうちのお店に戻ってきて欲しいな。


 そうしているうちに、町娘たちの番になった。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


 間近で聞くと、ものすっごい可愛い声。


「二名でーす! 団子、二つお願いしまーす!」


 淡々と注文を受けてるだけなのに、惹きつけられてしまう。


「はい。かしこまりました。では、お次の方」


 可愛い声。聞き惚れてしまう……。



「あなたです」


 町娘の前から、私の方に一歩近づいて目の前まで来ていた。


 目線が合う。

 私は下駄を履いて少し身長を上げているのに、目線が同じだ。

 この子背が高い。


 真正面から見つめられると、瞳に吸い込まれそう。


 いかんいかん。

 これは、視察なんだよ! 私!


「わ、わしの注文か。団子一つをお願いする」


 注文を取ると、すっと振り返って店の中へと戻っていった。


「おじさん、緊張しているの? まずは座って落ち着きなよ」


 前のお客さんがいなくなっていたので、長椅子にスペースができていた。

 町娘が優しく誘導してくれる。



 いかんいかん。ミイラ取りがミイラになってしまっている。

 とりあえず座って落ち着こう。


 また、娘さんは出て来て、先にお茶を持ってきてくれた。

 町娘さんが、私の分も受け取ってくれた。


「ほら、お茶がサービスでついてくるんだよ? 飲みなよ」


 受け取ろうとすると、手が滑ってしまった。

 膝の上にこぼしてしまった。



「あっつーーーっ!」


 思わず高い声が出てしまった。

 町娘たちは、びっくりした顔で見てきた。


 まずいまずい。バレちゃう。


 私の声に、慌てて華ちゃんが店内から出てきた。

 それで、手に持っていた布巾ふきんで私を拭き始めた。


「大丈夫ですか?」


 膝を優しく拭いてくれる。


 優しいな……。


 ふんわりと、華ちゃんの良い匂いが香ってくる。


 非の付け所が無いよ……。



 ダメだ私。この子の虜になってる。

 けど、目的を忘れちゃダメ、私。


 せめて、何か一つだけでも成果を持って帰らないとうちの店が……。


「えーっと。時に華ちゃんさん。あちらの団子屋の事はどう思う?」


 華ちゃんは、拭いてる手を動かしながら答えてくれる。

「あちらのお店のお団子、とてもおいしい」


 おお。団子は良い。

「ちなみに、お店の子とかはどう思う」


 拭いてる膝から目を離して、こちらを向いてきた。

 予想外の質問だったのか、ちょっと狼狽うろたえるように目が泳いだ。

 答えを少し考える間に、華ちゃんの頬が少し赤く染まるのが分かった。


「可愛いなーって思います。純粋そうで」


 そんな風に思ってくれてたんだ……。


「今度一緒にお団子でも食べたいなって。たまに見ちゃうんですよ」

「な、なんかよく喋るようになったな……」


「あ、ごめんなさい。好きなことだとついつい」


 好きなこと……。




 ……いや、私。なにぼーっとしちゃってるんだよ。


 華ちゃんの事、もうちょっと知りたいかも……。

 私の事、あっちの団子屋の娘だってバレてないなら、ちょっと誘ってみようかな。

 どんな反応をするのかな。


「あっちの娘を、お茶にでも誘ってみてはどうじゃ?」

「そうしたい気持ちはありますけど、きっと断られちゃいますよ……」


 ……え、脈あり。じゃんこれ。


「……だ、大丈夫じゃ。わしから言っておこう」


 華ちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。

 綺麗な容姿だったけど、笑顔は今まで見せてなくて。

 真正面で、綺麗な笑顔の花を咲かせた。


「明日、私お休みの日なので、瓦版かわらばんの前で。そう伝えてください!」

「う、うむ」


 そう言うと、華ちゃんはうきうきした顔をして、小走りで店の中へと入っていった。




 ……ああ。ドキドキした。

 私たちの話を聞いていた町娘たちも、なんだかウキウキしてた。


「あっちの看板娘ちゃん、羨ましー」

「私も瓦版かわらばんのところ覗いてみようかな?」


 ……明日か。

 今からドキドキする。



 続く。

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