7節:対人類最害
「す、皇さん…なんで……なんでここにいるのさ!?」
「ごめんなさい、話はあとです!」
彼女は全速力でこちらまで走ってくる。
喉元を見てみると、深々と刺されている白い骨は無く、あるのは傷跡から出ていたであろう血の乾いた跡と無理やりつながっている皮膚。
皇さんはさっきまでの恐怖など気にしていない様子だった。
「……ガキィ!!どういう事だぁ!?」
出し抜かれた男の咆哮がこだまする。
この場において状況を理解できていないのは男も同じ。
驚きに気を取られている私の手を取り、唯一この場を支配している皇さんが、男の反対側まで私を連れていった。
冷たいナイフは地に落ち、吹き飛ばされた男が、不快感を露わにした顔で立ち上がる。
「僕は律儀に約束を守ったよな……なんでお前は動けてるんだ?」
男は右手を手繰った。
「無駄ですよ。私は既にあなたの支配から解き放たれてます」
皇さんは私の前に立ち、男に向かって臨戦態勢をとる。
眼を凝らすと、体内で魔力を激流させているのが分かった。
「お前達の分の骨は外れないように打ち付けたつもりだったんだけどな。まさか、首でももげたのか?」
「違いますよ」
私を助けに来た彼女は、一瞬だけ表情を曇らせる。
「もげてしまったのは……橘さんの腕です」
橘さんの腕が……もげた?
「ねぇ皇さん、それってどういうこと?!」
「……何度もあの人が差し込んだからです。私達が地上への階段をぞろぞろと登っている最中、右腕の関節付近からずるっと……」
その光景を想像して、彼女は一瞬だけ口元を抑えた。
「支配から逃れた橘さんに私だけでも助けてもらって、私の首から骨を抜いてもらいました。その時に傷を治してもらい、死にそうな夏咲さんの為に急いでここに来たんです」
「他の皆は?」
「今橘さんが対応中です。右腕のこともあるので時間はかかると思いますが、直に何とかなると思います」
「……そっか」
右腕が深刻な状態になってしまったことを除けば、不幸中の幸いというやつだ。
運は私達に味方している。
私は、まだ死ななくてもいいみたいだ。
「橘さんの右腕は裂けてしまったんですよ、あなたの醜悪な攻撃によって」
皇さんは怒りに身を震わせている。
「彼女が、夏咲さんが……みんながどれだけ苦しんだか」
怒りのまま皇さんは人差し指を男に向ける。
その指には、魔力を収束させた光弾が生まれていた。
つまり、魔弾。
放てば間違いなく人体を貫けるほどの純粋な暴力の放出。
「いくら謝っても、絶対に許しませんから」
それを彼女は、自身の体をのけぞらせるほどの反動と共に放った。
「ぐぅっっ────!!?」
瞬時に十数メートルの距離を飛ぶ、その弾丸を男は避けなかった。
いや、たとえそれがまともに喰らえばただじゃすまないほど、それこそ橘さんのストレートを喰らっても平気だった男の体がはじけ飛ぶようなものだとしても。
男には避けることができなかった。
「……痛いですか? いや、その程度の怪我で弱音なんて吐きませんよね?」
風塵が舞い、少しの間だけ男の姿が隠れる。
皇さんは瞬時に次の弾を装填、今度は三発分の魔弾の照準を合わせる。
次に男の姿が見えた瞬間に、さらなる追撃を皇さんはするつもりだろう。
そんな彼女の表情に陰りが見えた。
「────やっぱり、貴重な原石を逃したのは痛かったかな……ハッ、少々お痛が過ぎるなぁ? あそこのお嬢様ってのはどいつもこいつも血気盛んかよ」
風塵が止む。
露わになった男の体には、傷一つ無かった。
魔弾の影響などこれっぽちも無い、そんな顔で私達を
「ハッハッハッハッ!!!僕ともう一度殺り合うんなら、せめてあいつらも連れてこないと話にならないよなぁ!?」
間違いなく直撃したはずだ。
なのに、男は平気で立っている。それどころか、両腕の前腕から刃らしきものを出し、臨戦態勢を取っている。
「……夏咲さん、私が時間を稼ぎますので、そのうちに逃げてください」
いつも私と話しているときの調子で、私に自分を犠牲にすることを持ちかけてくる。
そんな皇さんに、何も思わないわけが無い。
「何言ってんの!? それじゃあ、皇さんが無駄死にだよ…」
私の言葉をよそに3発同時に、一直線に男へと魔弾が放たれる。
男はそれを全て、振り落とした。
三度、四の方向に刹那で振るわれる、亜音速にも迫る高速の斬撃。
不条理な力の差が、十数メートル先に顕現した。
「あの通り、あの人の方には真正面からの肉弾戦で私達を殺せる力があります」
「で、でも」
再三の魔弾が放たれる。
今度は4発。
「学生寮に居た全生徒であの人を迎撃して……全員纏めて負けたからこそ、私達はあの骨を埋め込まれたんです」
「そ……それじゃあ」
刃が弾を粉砕する高音が、衝撃波が耳をつんざく。
前を向けばやはり、魔弾は三度はじかれていた。
男は文字通り塵を払うように刃を振るっただけだった。
「そのお嬢様の言うとおりだガキ。殺し合いってのは小細工弄じた魔術式の争いよりも────ゴリ押しのが効くんだよ」
殺意が────私達を捉えた。
「夏咲さんっ!!!」
皇さんが私に覆いかぶさるように倒れ、
彼方から一閃、高速で飛来する斬撃が、空気を切り裂きながら私達の頭上をかすめた。
紅藤色の髪が束から繊維になり、ふわりふわりと空中を漂う。
男は、さっきとは反対側の位置に滑り込んだ。
「チッ、外したか」
何が起こったのか。
今巻き起こったことを理解するのに、私は数秒の時間を必要とした。
まず、男が体を捻り、そして飛ばし、腕の二刀の刃を回転して繰り出された斬撃が私達を襲った。
それは例えるなら手裏剣。しかも人間サイズほどの巨大な凶器。
飛来した斬撃を皇さんのおかげで、すんでのところで躱した。
犠牲は彼女の髪の一部だけ。
間違いなく、次同じ攻撃を繰り出されたら死ぬ。今の回避は幸運であり長くは続かない。
「次は外さないからな」
男の言葉と共に再度殺意が私達に牙を剥く。
皇さんも死を予感したのか、私に眼で訴えた。
『逃げてください』
魔弾の照準が敵に向けて合わせられる。
数は5。すぐに直面することになる死に対しても即座に最大火力が装填される。
間違いない。彼女は、次の攻撃を自分の命を犠牲にする覚悟で迎え撃つつもりだ。
私なんかの為に、自分なんか死んでいいと思ってる。
それじゃ、駄目だ。
絶対に嫌だ。
1度ならず2度。
何度私は他人に助けてもらえればいいんだ。何度死に損なえばいいんだ。何度見送ればいいんだ。
私が弱いから。私はおねえちゃんと違って何もできないからこんな時に何もできずに終わる。
『私がおねえちゃんのやりたいこと、全部叶えるよ』
いつしか馬鹿な子供が、弱いくせにそんなことを言ったっけ。
だとしたら本当に、くだらなくて考えなしだ。
そんな大それたことが言えるほど有能じゃない。
それどころかせっかく受け継いだ、貰った人生でまだ何も叶えられてない。
なのに、
なのに、
これからどれだけの人生を────こんな、弱いせいで、周りの人が死んでいく中で……独りで生きなきゃいけないんだ。
そんなのもう沢山だ。
残されたくない。
引き継げるほどの器じゃないのに、もう嫌だ。
残されるばっかりで息苦しい。叶う事なら誰かに全部投げ出したい。
「────いやだ」
でも、残すのだっていやだ。
私の為に命を張ってくれた皇さんみたいな良い子に、そんな辛いことを押し付けるのなんてもっと嫌だ。
こんな苦しみを知っているのは私だけで良い。
だから、
────どうせ懸けるなら私の命を懸けてやる。
「……夏咲、さん?」
逆転するにはそんな、自分を犠牲にするようなことなんて駄目だ。
私だけが弱いなら、強くならないといけない。
師匠から貰ったナイフを構える。
「おいおい……
「……それの何が悪いんですか?」
「ハッ、開き直りかよ……まじで出てくるつもりか?」
もちろん、私の中にいる貴女には頼らない。
ここからの私の行動、白状すれば強がりだ。理屈で動き切れているわけじゃ無い。
でも、それだけじゃない。ちゃんと勝算はある。それも、決まれば確実にあの男にとって弱点になる。
貴女には使えない私だけの武器が、今この手にある。
そりゃあ、本当に何も無かったら恥も外聞もかなぐり捨てて他人に頼った。でも、今だけは私ががんばらなくちゃいけない。
皇さんを助けるためにも。あの時私の犠牲になってくれたおねえちゃんに報いるためにも。
ここは私が命を懸ける。
「ナイフも無い状態で僕に勝てるのかい?」
「試してみますか? へっ、せっかくエモノが2つもあるのにあの程度の斬撃。そんな実力で私に勝てるとお思いで?」
「……それもそう、かもなぁ?」
ハッタリをかます。事情は知らないけど、あの男は妙に私の中にいるこの子を恐れている。
だから、こうしていっちょ前に踏ん反り返っていればきっと相手は止まる。
圧を掛けながら、少しずつ前に近づく。師匠のナイフを手に持つ。
このナイフが届く位置にさえ入れれば、私の勝ちだ。
「あなた如きで私に勝てる想ってるんですか? せめて降伏さえすれば楽に殺しますよ」
「……ハッ、僕を殺してさっさとこっから出て行ってくれればいいんだけどね」
二歩、三歩。
少しずつで良いから、私の射程圏内にあの男を近づけさせる。
ばれた瞬間、私はあの男に瞬殺される。
細心の注意を払って減らず口を叩く。
「一か八か、ここで殺されてみるのもどうですか? どうせ外に
「ご名答。そこまでばれているとはな。なんなら、まだ上で逃げきれてない生徒の体を弄んでも良いんだぜ? 僕ならこの距離でも届く」
「ふふっ。私のナイフが先か、あなたが体を回復しきるのが先か。寮と違って距離がある分、あなたのほうがよっぽど不利に思えますけど」
「試してみる価値はあるよ……少なくとも追い詰められた僕にとってはね」
あと二歩。
たった一呼吸する間の距離で私の斬撃が届く。
たどり着いてさえしまえば右腕なんか捨てる覚悟でナイフを振る。ただそれだけだ。
「────ハッ」
あと一歩。
ハッタリをかましていた最中の会話で分かったことは一つ。
やはりここでこいつを殺すのは危険だ。夢で視た誰かの記憶が訴えてくる。
赤い繊維を伸ばし、自分を転移させることができる。
なら、こいつは生かしたまま殺すべきだ。
「おいガキ」
私のナイフが届く距離までたどり着く。
男の体が揺らぐ。
「このっ────」
体に走る激痛など気にせずに、口から洩れた声と共にナイフを振るう。
計画通り……ではなく、
迫りくるであろう斬撃から身を守る為に、振るわざるを得なかった。
「────ファーストじゃないな」
「かはっ…!?」
体が後方に吹き飛ぶ。
ここまで必死に歩んできた距離が全て無に帰し、私の体はいつの間にか皇さんの数メートル後ろに吹き飛ばされていた。
「危ない危ない……なんだよ、騙されてた僕が馬鹿みたいじゃないか。何かいい策があったみたいだけどさ、アイツならその距離からでも僕を殺せたぜ?」
男は前腕の両刃を掲げて笑う。死地を潜り抜け、勝利を確信した下衆の笑い。
その刃には赤い血が付いていた。
「……あっ…ぐっ…?!」
「夏咲さん!? 大丈夫ですか?」
皇さんが私に駆け寄ってくる音がした。
私は彼女に、かっこ悪い所を見せたくない、その一心で立ち上がる。
「だいじょう、ぶ……どこも離れてない」
幸いにも五体満足。ナイフを握る手も、ここから敵へと向かっていく足も無事。
瞬時に全身を魔力でコーティングしていたのが功を奏した。背中を強打したことによる呼吸のしづらさと、わずかに腹部を切られた程度で私の怪我は済んでいる。血は少しずつ体から流れて行っているが今は気にすることじゃない。
まだ戦える。
ただ、懸念点としては、今ので男は私に躊躇しなくなった。
「また出てこられても面倒だからね、後ろのガキ諸共潰してやるよ」
男は高く跳んだ。
こちらへ走る皇さんも、一番遠い所にいる私も等しく遠い場所にある、この空洞のてっぺんまで跳ねた。
天井まで達した瞬間、男は天井に張り付く。
右眼が熱い
さらなる猛攻を予感し、私の中の誰かが主導権を渡せと訴える。
「虐殺機関には────こんな使い方もあるのさ」
ここまでか、そう考えた瞬間、男は両手を胸元に────突き刺した。
「なっ……」
困惑する私に警鐘が鳴らされる。
あれはまずい。
「────見てろよクソガキ、そしてファーストッ!てめぇらまとめておじゃんだ!!!」
男はがたがた震え、笑いながら胸元に刺した腕を勢いよく私に向かって飛ばした。
見るや否や、体がすぐに駆けだしていた。
目標はもちろん皇さん。
どうしてかは分からない、けど。
この攻撃はまずい────
「君にこれが避けられるかぁ?」」
そして、そんな私達を蔑むように上空から死の雨が降った。
土砂降りの雨のように。火をかき消すスプリンクラーのように。
男の胸元から血が洪水のように溢れ出す。
────つまり、絶対不可避な血の散弾が私達の体を覆いつくした。
「伏せてっ!!」
皇さんの体に覆いかぶさる。
彼女の体を下敷きにしたことで、私の体を大量の血の雨が打ち付けた。
────雨が降り積もる。
それは私の皮膚を這い、傷口に侵入し、時には私の口まで侵食した。
────血が滴る。私の穴を通って体内へ。
そして、私に流れていく大量の血は皇さんにも掛かっていった。
「見事にクリーンヒットだな。どうだ? 僕の血肉が体内で活性化する感じは」
「がぁっ!!?……」
体を押し倒した一瞬の瞬間の後に、万力のような力で首が圧迫されていくのを、パニック一歩手前の頭が感知した。
「す……めら、ぎ……さ」
眼の前で私の首を掴む彼女の顔は、術に掛かった橘さんや他のクラスメイト同様に歪んでいた。
「夏咲…さん!? ちがっ、わたし……は……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…」
激しい激痛に悶えるような彼女の声と共に力の増していく首への負荷で、私の意識は薄れていった。
「ハッハッハッハッ!!!助けたかった奴に殺される気持ちはどうだぁ!?」
同年代とはいえ力のリミッターが降り切れた彼女の腕を私の力じゃ払うことは出来ない。
しかも、男の血肉を私も浴びてしまっている。
こんな状況じゃ私の中にいる誰かの力も借りることなんてできやしない。
────結局、私は失敗した
「なつっ……さきさ」
徐々に支配を奪われて行く自分の体では、なけなしの力で振り絞ることなんてできない。
せめて……このナイフさえ使えたら。
「あがっ、から、だに…」
苦しみ喘いでいる皇さんの声が少しずつ遠のいていく。
彼女は────
「なが………してっ」
彼女は────何かを伝えようとしていた。
「体に魔力を流してくださいっ!」
さらに首が強く、深く、抉るように絞められる。
皇さんは最後に私に何かを伝えて完全にこと切れてしまった。
勢いが弱くなってきた血の雨の下、彼女の言葉を最期にもう一度だけ考えた。
彼女の意思を無駄にしないために。
ここまでのことを、数秒先には死にそうな頭で必死に考えた。
「あ………ぐぎっ……」
嗚咽が漏れる口から血があふれ出す。
既に男の力により私の体の支配権はほとんど失われている。
そんな中で、どうすれば逆転できるのか。
私に何ができるのか。
────迫りくる支配に負けないよう、今の私に唯一できることに専念することにした。
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