8節:無能の存在価値
今までに経験したことが無いほどの
血の雨は勢いを落としながらも未だに降り続けている。
男の笑い声だけは声量を上げて響き続けている。
その中で、私の意識だけが徐々に不鮮明になっていった。
あとどれだけ私がもつのか。
体が魔力を許容できなくなり、少しずつ体が内側から食い破られて行く。
そんな荒事を体で成している間、この刹那の中で、この虐殺機関はどこまで対象の自由を保障しているのか、ずっと考えていた。
橘さんも皇さんも、そして他の囚えられていた人たちも呼吸など生命活動に必要なことに限って許可を出し、ただ貪り尽くす。呼吸ができないなら代わりのもので。
とにかくただ行動の自由を奪うだけに留める。
そうじゃないと生命の安全を保障しきれないからだろう。
現に私はこのままだと首を締め切られて死ぬ。いくら生命力を譲渡されているとはいえ、それを上回る速度と力で殺されればそれで終わり。
魔力を回す循環させる。
もっともっともっと。
それこそ、体が爆発するくらいに。
────共通して言えることは、みんな生命活動を停止させられているわけではないという事。
ゾンビになって操られているわけじゃない。
涙も出るし汗も出る。……ちょっぴり汚いけどほら、その、用を足すのに必要なものだって時間が経てば出るだろう。
それはなんで出るのか。それは、体内での血液の循環構造は動き続けているから。
……あいつは警戒していた。時間が経って体内に入れた血肉が外に出ていくことを。
なら、全くすべてのことができなくなるわけじゃない。この状況でも、できることがある。
そして、一つ豆知識。無能な私の最大のハンディキャップでもあり、専売特許でもあり、皇さんにはできない芸当。
しかも魔力の流し方がへたくそな私だからこそ即座にできる大失敗。
「ハッハッハッハッハッハッハッ……………」
皇さん曰く、蓄積したダメージによって腕がもげたことで橘さんは解放されたらしい。
彼女は見たんだ。
男に埋め込まれたものが体から排出され、その支配下から解き放たれる事実を。
だから、私に託してくれた。
独りじゃ思いつけなかった答えをここまで持って来てくれた。
「………………おい、ガキ。ファーストの残りかす。お前、何をしようとしてる?」
好き勝手動かされている眼の前のクラスメイトを助けるために。
体に入った鬱陶しい物に負けないために。
あんな野郎をぶっ潰す為に。
回せ
劇薬には劇薬を。
最害には最害を。
体に入り込んだこの程度の余計な血なんか、大量出血で追い出してしまえ────!!!
「あはっ………」
気分は穴あきチーズ。もしくは沈没する木の船。
私の体は、度重なる負荷により、
蕁麻疹が発生していた体は内側からジュクジュクと破裂。
痒みはとっくのとうに痛覚で搔き毟られ、上書きされ、潰される。
眼から。
口から。
鼻から。
全身の皮膚から。
穴という穴。通り道という通り道。傷口という傷口から。
私の血が噴き出した。
「は? なんだよ……おま」
「あっははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
魔力アレルギーの特徴。
魔力という危険物質に対する体の許容力が限りなく0に近いということ。
だから安易に流そうとすれば体は傷つく。それも内部から血がぷしゃーって具合に。これが痛いのなんの。息だって苦しすぎてできやしない。でもしないと苦しいんだからしようがない。
橘さんには無い私の役割。それはこういった虐殺機関に対する対策。
才能の無い私の特権。
これにより男の血肉が摘出された私は、力の影響を受けない。
「はー……直接腕でも突っ込んで大量に血でも入れるべきだったね、おまぬけさん」
「……………こんのガキ…!」
ひとしきり血を流し、笑い終えてハイになった体で上から降ってくる敵を見つめる。
首を絞めていた皇さんの両腕には、支配下から逃れた瞬間にナイフを通しておいた。
よって私の体は今現在絶賛フリー。
待ち構える私に向かってくる馬鹿な敵に対して万全の状態で挑めるってことだ。
「クゥウウウウウソォオオオオオオガアアアアアキィイイイイイイイイイ!!!!!」
男は私に対する認識を改めて、排除するべき敵として襲い掛かる。
先ほど私達を襲った空気を切り裂くほどの斬撃の突進。
私のアドバイス通りに直接来るつもりだ。ちょろい。
……とはいっても私程度で、ましてやこの体じゃあの変態とまともにやりあっても勝てない。悔しいけど。
私は彼女じゃない。この空間を縦横無尽に駆け抜けられるほどの体の使い方を身に着けていない。
故に、このまま躱したところで私に勝利は無い。
加えて体の消耗が激しい。こんな状況でなければぶっ倒れたいくらいには重症。高熱の状態でなおかつ大量出血。次に奴の虐殺機関に下ればもうあとは無い。
でも。だからといってここではまだ早い。この私じゃないとできない最後の大仕事が残ってる。
ナイフを構える。
だからこそこ、この戦いの中でやっとできた最高条件で決める。
使うのは当然、師匠からもらった私専用のペーパーナイフ。
刀身を布で隠しながら、眼の前に迫る脅威を見つめ、師匠からの教えを思い出す。
絶望と人を殺す力を知っている貴女が人を殺さないように
────Say,it's only a hell
どんな苦難をも切り開いていけるように
────It's a your journy just as hardships as it can be
善き道を、貴女が信じた道を信じぬいて歩いていけるように
────If you believe in yourself, you will surely be rewarded
貰ったその教えの意味を一から十まで咀嚼し飲み込む。
私の
ナイフのように刀身が鋭いわけでも無い。一般的なペーパーナイフと違って紙すら切れない。
ただ、どこか安心する手触りの布が巻かれているだけ。
そんなナイフの使用方法はいたって
一つ。これがなんでも切り開けるナイフだと信じぬくこと。
二つ。これから切り開くものの未来を精密に想像する。
一つ目は大丈夫。師匠の贈り物だ。何も疑う事なんて無い。
二つ目もクリア。これから通すものの切り味は私の右眼を通して
ダメ押しに最大魔力を装填。最後にこの激痛に耐えきる。
このまま助けが無ければ終わりかもしれない。だけどそれもいいだろう。私の先のことなど考えない。
必要なのはアイツの間抜け面。
「…………ふぅ」
準備は整った。
あとコンマ数秒もすれば私は敵の射程圏内に入る。
あとは眼の前の敵から眼をそらさずに自分の勝ちを信じるだけ。
ナイフを構える。
敵の射程圏内に入った。
────さぁ、そろそろこんなゴミ
腕力と戦闘経験ではあちらが圧倒的に有利。
この状況、この局面。今までとは違って私が秀でているのはただ一つ。それは私が待ち構える側であるという事。
見知った攻撃。主導権はこちら。
想像以上御しやすい!
────ナイフを一度。一の方向に刹那で振るう。
つまり一直線。
狙うは当然男の首ったけ。
敵の双剣が私を捉えきる前に────私のナイフが────一閃。
ありったけの力で双剣よりも早くに私の夢が叶う。
ばらばらに二分割────ただし、体は繋がったまま。
私は彼女が実演したたった五分の一の死を信じるだけでいい
たったそれだけで首に到達したナイフはそのままスルリと首を通過────
「は────────」
間抜けな顔に相応しい間抜けな末路。。
首を切られるという偽物の未来を迎えた男の最後の声。
男がふるう予定だった双剣は私の元に届くことは無い。
安心していい。あなたの首が切って落とされることも無い。
なぜなら、あくまでこのナイフはどこまでも、この未明の刃を通す為だけのものだからだ。
「────なんでも切れなくて、どうにでもなれ《If I don't believe in anything,It's Only a Paper Moon》」
敵を殺す力を殺さない為に使う為の道具。
私のナイフが敵の首を切った。
そんな『
その証拠に男は、首にナイフを通されてから少しも動くことも無く、うつぶせになったままピクリとも動かなかった。
「何も対策せずに向かってくる馬鹿がどこにいるんですか?」
十分な仕返しをし、満足したところで急いで橘さんの元へ向かう。
今の状況を過信してはいけない。アレは師匠がくれたこの魔術道具が可能にした、たった一度しか通用しない錯覚だ。
大きな振動がこの地下全体に響き渡る。
状況はさほど変わっていない。
隕石だって消えていない。
今の状況はあの男を完全には殺さず、意識だけをシャットダウンさせているからこそ生じた好機。生きているはずなのに生きていないというゲームでいうところのバグ。間違った事実による混乱。
私のしなきゃいけないことは皇さんを早く解放し状況を立て直して解決策を練ることだった。
……なにより、あの男がこれで簡単に御せるとは思えなかった。仕方のないこととはいえ、右眼の彼女が出し抜かれるほどの狡猾さと底知れなさを持っている。そして、彼こそが一つの都市を落とすレベルの力を発揮した張本人なのだ。私達だけでここまでできたのが幸運であり、到達点の可能性もある。
予断を許さない状況だった。
そんな……状況で………………私の意識は────皇さんの隣で途切れた。
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