3番目の弁当(中編)

 ホームにはすでに電車が到着していた。


 と言っても、発車までは5分以上の余裕がある。


 それでも心なしか自分の足取りは早めであるが、何のことはない。腹が空いているからだ。


 弁当は手に入れた。お茶も買った。しかし、心穏やかに食事に向き合うには、やはり、腰かける“座席”が必須であろう。


 おにぎりやサンドイッチなど、手で掴んで食べる物ならいざ知らず、箱詰めされた食事をいただくのは、やはり座らねばならない。


 弁当を立ち食いなど、何と言うか、マヌケすぎる。



「えっと、5号車、14のE5か」



 改めて切符の番号を確認し、そこへ向かった。


 どうにも電車に、しかも特急車両に乗るなど久しぶりで、改札ではピコーンピコーンと言う警報音と共に止められてしまった。


 自動改札機には通常の乗車券と、特急券を同時に入れる仕様らしく、片方だけを入れてしまってまんまとストップがかかったのだ。


 いやはや、久しぶりとは言え、少しばかり恥ずかしい限りだ。


 そんなこんなで切符に書かれた車両に乗り込み、荷物棚に張られた座席番号を確認しながら車両中央の通路を進んだ。


 そして、見つけた。


 車両は進行方向に向かって、右側が3列席、左側が2列席になっており、自分の席は左側の2列席、その窓側だ。


 少し車両の内部を見回すと、乗客の数はそれほど多くはない。平日の、それも昼前あたりの時間だ。元々の客数も少ないのだろうと考えた。


 これならまあ、邪魔されることなく食事に集中できるだろうと考え、荷物は荷物棚に載せ、弁当とお茶はそのまま握り、これから2時間半ほどお世話になる指定席へと腰を下ろした。


 弁当は一旦、隣のE4の席に置く。まだ誰も来ていないようだし、誰も来ないことを祈りつつ、収納式のテーブルの準備をした。


 どうやら肘置きに収納するタイプのようで、パカッと開閉し、テーブルをセッティング。弁当がギリギリ置けるレベルの大きさに、飲み物を置けと言わんばかりのくぼみが付いた、ごくごくありふれた収納テーブルだ。


 だが、必要最低限の機能は有しており、何の問題もなかった。


 その平べったい板の無言の指示に従い、横の座席にいったんおいていた弁当を乗せ、さらにくぼみにお茶を置いた。


 食事の準備が整うと、まずは弁当のパッケージを眺めた。弁当屋のパネルでは中身を見せるために蓋やパッケージは当然ない。


 おばちゃんから渡された時はすでに袋の中で、しかもお金の受け渡しもある。のんびりと観察している時間もない。


 こうして場が整い、ようやくのご対面というわけだ。



「3番目の弁当おんなと、お見合いって感じかな」



 などとどうにも馬鹿らしい事を呟く自分に、自嘲気味に笑った。


 お見合いなんて一度もした事が無いのに、何を言っているんだ、と。



「3番目、か。そう言えば、あいつもそんな事を言っていたな~」



 ふと昔の事を思い出した。もう20年以上は昔の、学生の時分だった頃の話だ。


 思い出したのは、同じゼミに通っていた学生時代の友人の事である。


 その当時は、自分が文芸サークルに、先方は心理学研究サークルに所属していた。


 実験だのと称して、アンケートや質問によく答えては、んなわきゃね~だろと、“実験結果”とやらに笑ったものだ。


 その内、よく覚えているやり取りがあった。


 友人は自分にこう投げかけてきた。



「もし、お前が結婚すると仮定しよう。そうなった場合、相手に対して“これだけは備えていて欲しい”という特徴やら技術、これを2つ考えてくれ」



 昼食後のささやかなひとときの、何気ない会話だが、まあ、友人からの問いかけであるし、自分はその2つの条件とやらを考えた。


 まだ学生の身分であるし、結婚云々は先々の話だ。


 恋人もいたが、その時は別れて程ない時期でもあるし、友人なりの励ましなのか、さっさと次でも探すんだなと暗に言われた気がしたものだ。


 そして、ちょいと真面目に考えてみた。



「ん~、そうだな。やっぱあれかな? 気立てが良くて、料理の得意な女性、かな」



「かぁ~! なんだよ、その当たり障りのない回答は! もっと尖れよ!」



「うるせえよ。結婚相手の事を考えるのに、冒険じみた回答ができるかよ」



「まあ、それもそうだよな」



  どうにも面白みのない回答になったのか、友人は鼻息が荒い。


 心理テストだと言うから真面目に答えたと言うのに。ふざけてバカバカしい結果が出ては、それこそ笑い話にしかなるまいて。



「んじゃさ、追加でもう1個、条件を加えるとしたらば?」



「どうあっても、尖った回答が欲しいのか、おい!?」



「いいから答えんかい」



 友人もムキになっているのか更なる催促が入った。


 まあ、ふざけた回答をするつもりはなく、自分はさて何が良いかと、3番目の条件を考えた。


 そして、思いついた事を口にした。



「やっぱりあれだな。趣味が一緒、あるいは理解のある人だな」



「ふむ。では、お前が望む結婚相手とは、気立てが良くて、料理が上手くて、自身の趣味に理解のある人、というわけだな」



「そうなるな。……で、心理テストとやらの結果はいかに?」



 まあ、心理テストなるものはバーナム効果を利用した、心理学的要素を加味した一種のお遊びである。


 誰に対しても、それなりに当てはまるように細工された、曖昧表現の羅列だ。


 遊びとしてはそれなりに楽しいが、稀にガチなのも存在し、真に受けてショックを受けたりする者もいるにはいるものだ。


 もちろんは、自分はお遊び感覚派である。


 そして、友人はニヤリと笑い、その結果を口にした。



「今回のテストだが、実はな、今あげた3つの条件の内、お前が最も重視している条件と言うのが、追加した3つ目なのだ、ということだ」



「マジかよ……」



 意外な回答に、自分は感心しつつも、実は当たっているのでは、と感じたものだ。



「好条件の羅列となると、誰でも1つ2つは持っているもんだ。恋人、結婚相手なんてな、シチュエーションは分かりやすいし、なんとなくイメージできてしまう。そこに相手に求める好条件は何がいいんだ? なんてのを聞けば、すんなり回答が出てきてしまうもんだ」



「確かにな」



「で、ここで好条件を吐き出させた上で、“追加の条件”を更に出させると言うのがミソだ。すんなり出した後に更に追加されると、結構迷ってしまうもんなんだ。そこにこそ、深層領域に潜む“本音”ってやつが見えてくるんだよ」



「そういうことか。つまり、私は趣味を一緒に楽しめる相手、というわけか」



 説明されると、案外納得のいくものである。少なくとも、その時の自分はそう感じ、友人と一緒に笑ったものだ。


 そして、“独身”のまま、今に至る、と。


 ちなみに、自分の趣味は“史跡の探訪”や“史料漁り”だ。


 かつての歴史に思いを寄せ、ロマンを感じる、そう言うタイプの人間だ。


 史跡巡りは言うに及ばず、山中に埋もれた山城跡を踏破したり、史料館を見学しては勝手に一人でニヤニヤしていたりと、あまり女性受けする趣味とは言い難い。


 実際、学生時代に付き合っていた女性もいわゆる“歴女”ではあったが、“体力的”な意味合いで物別れに終わった。


 ちなみに、趣味に関しては妥協するつもりはないので、独り身を寂しく感じることもあるが、余暇を好きに使えると言う利点の方が勝っている。


 何気なしにいきなり車を走らせて、そのまま登山、山城見学など、付いて来れない方が悪いのだ。


 なお、先月も休みの日に久々に近場の山城に向かい、時間が余ったから、そのまま別の山に向かって山寺に参拝というコースを巡った。


 齢40を過ぎようとも、まだまだ健脚と言う自負があり、それの証明でもあった。



「まあ、結婚して、子供がいたら、そういうのも難しいだろうしな~」



 などと存在しない“家族”の事を心配してみるが、所詮は口先である。


 なにより、口は卑しくも家族の温もりよりも、食事による充足感を求めていた。


 腹の虫の催促という分かりやすい生理現象付きで。


 そして、待ちに待った食事が始まる。発車のベルが鳴り響き、ガタゴトと揺れ始めた電車の中、人生における至福の時間が幕を開けるのだ。



               ~ 後編に続く ~

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