最終話 海がくれた勿忘草(前半)
「そのまさかだよ?驚かせちゃったよね、私あの頃と違うってよく言われるし」
いや、そういう意味で言ってるんじゃない。
私のまさかは、ナミさんがボトルメールを海に流したのは罰ゲームだと思ったから。確証的なことはないけど私の知り合い――つまり私を嫌ってるアイツらの誰かががナミさんの友達なのか?って思いたくもないことが頭に浮かぶ。
しかし、そんなことはあり得ないと確信している。なぜなら私は今、生まれ育った関東から少し離れた熱海にいる。そんなに離れてはないが、ここなら親戚もいないし、知り合いもいないはず。そう、思っていたのに――
「ねぇ、聞いてる?」
「あっ、はい!すみません……」
「もう佳澄ちゃんは覚えてないかもだけど、私――」
ナミさんの口からとんでもない人の名前が出てきたことに私は戸惑う。
「
私の初恋の人。憧れてもいたあの先輩の名前。彼女の消息は不明だったはず――
「どうして……?ナミさん……いや、七海華先輩は転校してからは謎に包まれていると聞いたんですが」
「謎?言ってることがよく分かんないけど、私は父の暴力から逃れるために母とここに越してきたの。でも、その母は病気で亡くなった。末期の肺がんで3ヶ月前に……。昔は吸ってなかったのに、気を紛らすために勧められたのがタバコだったの。それがエスカレートして――」
七海華先輩の目には涙が溜まっている。私はそんな辛さをごまかすためにその場の作り笑いで流そうとする先輩の顔を見たくなかった。
「これ以上言わなくていいから!」
私の大きな声が先輩のワンルームの小さな部屋の中でこだまする。
そして私はとっさに先輩を抱きしめた。先輩は声を殺して泣いている。私にも涙がこぼれる。
私は適した慰めの言葉を見つけられない自分を責めながら彼女をさらに強く抱きしめた。
きっとボトルメールを送ってきた理由にはこの涙を隠す意味が込められている。『私の映画の相手役』の映画とは人生なのかもしれない。決めつけるのは良くないけど、孤独を抱えて生きているのは七海華先輩も同じなのだろう。
泣き疲れた七海華先輩と私は気づけば眠りについていた。夢の中で私と七海華先輩が人魚の姿で海を泳いでいる。まるで初めから人魚として生まれてきたかのように自由に優雅にそして、日本語でも英語でもない謎の言語を使って――
「お、おはよう」
「おはようございます!……ってもう、昼過ぎてますね」
「昨夜、結構泣いたよねー私。目が腫れてるぅー」
七海華先輩は鏡で腫れた目を見ながら口をへの字にして一人嘆いている。
「私も腫れてますよ」
「佳澄ちゃんより私の方が勝ってるから大丈夫!」
それを言うなら負けだろと心の中で否定しながら私は苦笑いで誤魔化した。
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