第2話 リアルの彼女
「何者だと思う?」
裏がありそうなナミさんからの圧迫面接のようなこの逆質問に何が正解なのかと必死に考えた。しかし冷静になって考えると最初からQRコードの紙の入ったこの瓶を無視するべきだったのだと今更ながら思う。
「あの……女優さんかな?と思うんですが」
思いついたことをそのまま文字にした。それが正しいのかなんて今の私には理解できない。
「そうだよ。正確には売れない女優かな」
「えっ?あぁー……なんかすみません」
「なんで謝るの?」
「ナミさんに辛い思いさせたんじゃないかって」
「全然辛くないよ?むしろその逆。売れないのに女優って改めて主張できるのここしかないから」
「そうですか。ちなみに作品は何ですか?」
「ブルーリック。ガールズバンドの大人の青春ドラマ」
「大人?」
「そう。青春時代を謳歌できなかった引きこもり女子がSNSで集まってバンド組むの。正確にはレディースバンドかな?私はその主役の幼なじみの役」
「ナミさんもバンドメンバーの一人ですか?」
「うん。でも、脇役だから大したことない」
「そんなことないです!出演して楽器も演奏できるだけでもすごいと思います(о´∀`о)」
「ありがとう。優しいね、凛さんは」
「いえ。全く」
それからしばらく会話が途切れた。
私はふと空を見上げる。波の音が優しいBGMになって濃紺の空に無数の星がキラキラ光ってる。少し肌寒い海風に身体を晒す私を見下ろすあの満月は誰の笑顔に似ているだろうか?優しく微笑んで短所も丸ごと受け止めてくれるような人って――
そんなことを考えながら私は砂浜を歩いていた。誰もそんな包容力のある笑顔なんて見せてくれた人は私にはいないはずなのに。
既読はついているがナミさんから次の返信はない。きっと何か用事ができたんだと特に気にはしなかった。
はぁ、とため息をつく。私はやっぱりぼっちなのかな……?私の人生には誰かに必要とされる役などない。たとえそれが、肉親であろうとも――
好きな音楽を聴けないほど私は情緒不安定だった。でも、顔も声も知らぬナミさんとLINEで言葉を交わすうちに少しだけこころが和らいだ。誰でも良かったかもしれない、話し相手など。それでも会ったことのないナミさんの文章からは同じ匂いがした。
スマホが震えているのに気づいたのは歩き疲れてコンビニを探すため砂浜から出て舗装された道を歩き出したときだった。親からかなと期待したが、そのもしかしては現実には起こらなかった。意外にも電話をかけてきたのはあのナミさんだった。
「もしもし…?」
初めてナミさんの声を聞いた。清楚派の若手女優のような甘く、それでいて澄み切った声。ハスキーボイスの私からしたら真逆だ。偽名で『凛』と名乗っている私はナミさんの声を自分のものにしたいと思ってしまった。凛という名がふさわしい声。私にはそう思うから。ハスキーボイスが私を根暗に変えた要因の一つでもある。
「もしもし、凛です」
「凛ちゃんは今何してる?」
突然の質問に答えが出せず戸惑う私。
でも、ナミさんのこの一言の声で懐かしいあの頃を思い出す。名前と顔が思い出せないけど、優しい姉のような声。私には姉はいないのに、唯一の等身大の温かい素直な優しさをくれた人。誰だっけ?母より優しい、あの人は―――
そんなことを考えて無言になっている自分に気づき、慌てて言葉を返す。
「えっと……あっ!夜の散歩してます」
死ぬつもりで家出した上、知らない町にいるなんて何も知らない彼女には言いたくなかった。同情を得たくない、のではない。ただ、彼女に引かれるのが何より恐ろしかった。
「そっかー !私は、今家にいるんだけどさ〜うち来る?」
「……!」
私は思わず絶句した。
行くところがないのは事実だけど、ここは遠慮して行かない選択肢を作らなければならない。
「で、でも――」
「あっ!なんか気にしてるんだったら何も気にしないでいいからね。ほら、だって私は今一人だし」
言葉に詰まっていると五時を知らせる町の放送とメロディが流れる。いきものがかりの『帰りたくなったよ』が歌詞なしで街に響かせる。それを察知してかナミさんはこう続けた。
「あっ!凛ちゃんは家に帰らなきゃだよね!ごめん、勝手に話し相手にしようとしてた」
私もナミさんと話したい――そんな心を抱いてる――が、しかし彼女には彼女なりの時間があるはず……
「今日はちょっと……」
「帰るところ、あるの?」
「えっ⁈」
突然の質問に慌てふためく私。とっさに周りを見渡すと、数メートルほど前方にスマホを耳に当てながら手を振るセミロングヘアの女性がいた。
……なんで?
どうして私のことを知ってるの……?
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