海がくれた勿忘草

りつな

第1話 ボトルメール

 自殺するつもりで夜の海へと知らない町を歩いていた。郊外の閑散とした海に面した町。ときどき野良猫が道を横切るくらいで、ひと気はない。下弦の月だけが私を見つめている。

 親には買い物に行くと嘘をついてラフな私服で家出してきた。家にも学校にも居場所なんてない。

 母が再婚してから新しい父の連れ子が私よりも十歳以上年下なので、彼だけがチヤホヤされている。あの人たちは私を冷え切った死んだ魚のような目で見る。私がいなくても母も心配してくれないと分かっているが、本当は抱きしめてほしいという寂しさもある。

 なぜなら、学校では誰も私に話しかけてくれないから。挨拶や必要最低限の会話以外はほとんどない。いじめられているわけではなく、存在意義が空気そのものなのだ。

 私には誰もいないこの町が当てはまる。


 「誰もが私を必要としない」

 そんな思いを抱え、泣きながら海辺にたどり着いた。

 砂浜を歩きながら視界の隅で海に浮かぶ光る何かを見つけた。波に身を任せウイスキーの瓶が流れてきたようだ。

 月明かりでキラキラ光るその瓶が幸せそうな母たちと高校生活を送っている眩しい同級生のアイツらのことを再び思い起こさせる。そんな目で見てるからこそ私にとってはその瓶は鬱陶しかった。

 無視して歩き出したのにそれは私の足元へと辿り着いた。

 深いため息をつき、その瓶を拾う。中には紙が入っている。取り出すとそれはLINEのQRコードを小さめに印刷したB5サイズの白い紙だった。


 好奇心からLINEを開いてQRコードを読み取る。そこに表示されたプロフィール画面には白いテディベアの写真のアイコンと見知らぬ外国の街の風景写真、そして『ナミ』いうアカウント名が映っている。添えられた文章には"私の映画の相手役を募ってます"と書いてある。普通に捉えるとナミさんは役者だろう。きっと顔立ちだけではなく仕事やプライベートも私には眩しすぎるくらいの日常を過ごしている。そんなの今の私には嫉妬しかない。

 QRコードの紙を破ろうとしたが、手を止めた。その前に彼女のことを知りたかったから、彼女のVOOMを開いてみた。でも、投稿は何もない。それにフォロワー数も非公開。謎が多い役者だ。いや、本当に彼女は役者なのだろうか?


 謎の『役者』の心に迫りたい。

 そんな想いから気づいたら私は彼女を友だちに追加していた。

 

 どうせ無視されるだろうと思っていたら、しばらくして彼女からメッセージが送られてきた。私は驚きと戸惑いが入り混じったスムージーのようなものを慌てて脳内に収めた。そして、私はウイスキーの瓶を持って海から離れた砂浜にしゃがみ込んだ。


「初めまして。凛さん、友だち追加をしてくれてありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いします」

 この文章のあとにまたメッセージが続いた。

「ちなみに凛さんはおいくつですか?私は二十一です」

「こちらこそ、友だち追加をありがとうございます。私もよろしくお願いします。ナミさんは二十一歳なんですね!私は十六歳で高校生です」

「そうなんですね!高校生活は楽しいですか?」

 私は言えなかった。顔も知らない匿名の相手ならどんなウソでもついてきたのに、ナミさんにはなぜか「楽しいです」のひと言さえ打てなかった。かと言って楽しくないと言ってしまうと重い人間だと思われるのが嫌だった。

 なかなか既読スルーとしたと思われたくなくて私は慌てて、少し楽しいですと曖昧な返事を返した。

「……えっ?まさか、学校で嫌なことがありましたか?」

 まずい……。そう思った時には遅かった。心配かけなくない気持ちと本音を言わなければと言霊に重みを感じる思いが重なっていた。

 既読がついたまま次を返せずにいるとナミさんの方から追いメッセージがきた。

「言いたくないなら言わなくて大丈夫ですよ。嫌なこと思い出させて、ごめんなさい」

 私は焦って慌てて返事をした。

「こ、こちらこそすみません!聞かなかったことにしてください。ナミさんは仕事は何をしているんですか?言いたくなければノーコメントでいいです」

 やはりナミさんは正体を隠したいのだろうか?もっとオブラートに包んだ言い方をすればよかったと後悔した。ナミさんは既読をつけて黙秘を続ける。

 ナミさんはメッセージの代わりに?マークをつけて頭を傾けるパンダのスタンプを送ってきた。

 謝罪のメッセージを送ろうとした矢先、ナミさんから返信がきた。

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