古の廃城編

第49話 元無職、屋敷を買う

「俺は屋敷を買う」


「どうしたの、いきなり」


 ルーナが胡乱気な目で俺を見てきた。


「俺も一国一城の主になる日が来たような気がしてな。それに、ルーナにいつまでも間借りさせてもらっていたら迷惑だろうし」


「ふーん」


 ルーナは頬杖をついて椅子に座り、足をブラブラさせている。


「まあ、別に何でもいいけど」


「あれ、ひょっとして寂しいのか?」


「そんなわけないでしょ!」


 むきになるところが怪しくはある。


「エリーシェは、着いて来るよな」


「はい、私はクレドさんと一緒に行きたいです」


「リンも来るよな」


「ご主人様のご命令とあれば」


 二人とも俺の屋敷に住まわせるとなると、部屋数は多い方がいいな。


「よし、じゃあ決まりだ。手続きを済ませてくる」


 俺は意気揚々と外に出る。自分の家が手に入るなんて前世では想像できなかったことだ。ずっと実家住みニートだったからな。


 ビアンコから買ったのは高級住宅街の屋敷の一つだった。庭付きの豪邸だった。まるでいつぞやのマルコーの家のようだ。そう言えばマルコーの家はどうなっただろうか。


 跡地を覗いてみると、跡形もなかった。焼け跡のような黒い炭が残っている程度で更地になっている。あいつやあいつの娘はどこへ行っただろうか。



 夜になり、俺は酒場で飲んでいた。すると、何やら騒がしい音がする。


 見ると、痩せぎすの男が頬をボコボコに殴られていた。


 俺は見てみぬ振りをしていた。酔っ払いの喧嘩なんか巻き込まれてもろくなことがない。アル中は本当に手に負えないものだ。


 お代を払うと、うるさかったのでさっさとその酒場を出た。


 店の前には、何やら見覚えのある太った男がいた。


「あんたは、マルコーか?」


 男は衰弱しきった顔を上げた。


「そうだ。私はマルコーだ。マルコー商会の、大商人の……ああああああああああ!」


 マルコーはボロボロの服を着ている。いきなり発狂し出したので少し引いて後ずさる。


「一体どうしたんだ、こんなところで」


「いや、魔晶石を暴徒に奪われ、屋敷に火を放たれ、新しい事業にも失敗して……ヒヒ」


 マルコーは狂った笑いを浮かべている。すると突然、俺の足に縋りついてきた。


「クレドさん、金を貸してくれ! 私はまたやり直したいんだ!」


「悪いが貸せない」


「じゃあ、少しでも何か恵んでくれないか?」


「いや、俺はもう行く」


 商人として終わったマルコーにこれ以上構っている暇はない。まさか乞食になっているとは驚きだ。


「待ってくれ、クレドさん! クレドさん!」


 マルコーがあまりにもしつこいので足蹴にしてやると大人しくなった。さっさとその場を離れる。



 俺はその後、近くの娼館に入った。思えば一度も入ったことのなかった猥雑な空間。暇だし、冷やかしくらいにはいいだろう。

 娼婦たちは皆、鉄格子の向こうで色目を使っている。


「ちょっと、そこのあなた!」


 俺が通り過ぎようとしたところで誰かが呼び留める。胡乱気にそちらを見ると、マルコーの娘のアメリアが娼婦として捕まっていた。


「お前は、マルコーの娘の……?」


「ねえ、あたくしを買って下さらない? クレドさん……いえ、クレド様。あたくし、借金のカタに売られたんですの。お願いですわ。奴隷にでもなんにでもなりますから」


「悪いが、うちにそんな余裕はなくてね」


「ちょっと、ちょっと待ってくださらない? あたくし、何でもしますわよ?」


「興味ないな」


 それだけ言うと俺は娼館を出て行った。面倒な奴らにはかかわらない方がいいと、俺も少しは学んだのかもしれない。

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