第41話 ドラゴンの山脈

 街道を馬で駆けていく。

 夕暮れまで走った頃だろうか。

 麓に宿屋があったのでそこに泊まることにした。



「今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」


「ご主人様の方がお疲れでは? 私は元隠密なので体力があります」


「そうか。でもここからは一筋縄じゃ行かない。しっかり休息をとるんだ」


「いいえ、ご主人様。私が体をほぐして差し上げます」


 そう言ってリンはベッドでうつ伏せの俺に馬乗りになる。


 肩、腰、太股、乗馬で凝っていた部分が細い指でほぐされていく。


「ご主人様は、なぜ私に命令して下さらないのですか?」


 耳元でくすぐったく呟かれる。甘い吐息が脳髄を痺れさせる。


「私は、ご主人様のためなら、いつでも身も心も捧げられるように、準備はできています」


「いや、それは……」


 なんでだっけな。



 一晩、俺はぐっすりと眠った。慣れない馬での旅も初めてだし、リンの言うとおり、疲労はむしろ俺の方に来ていたのかもしれない。


「あんたたち、この先を行くつもりかい?」


 帰り際に宿屋の女将が話しかけてきた。俺とリンは顔を見合わせる。


「そうだが」


「気を付けた方がいいよ。ドラゴンの山脈には、今、風が吹き荒れていてね」


「風?」


「大風を起こす巨大なドラゴンが現れてね、それ以来、この宿も宿泊客が減り、大変な有様さ」


「ご忠告ありがとう。でも、俺たちは行かなきゃならない」


「訳ありみたいだね……」


 女将は風耐性のお守りを持ち出し、俺たちに渡した。


「山脈へ向かう者皆に渡してるんだ。またここへ立ち寄ってもらえるようにね」


「ありがとう。恩にきる」


 装備品の欄に風除けのお守りを付ける。風属性ダメージ半減? なかなかいい効果だ。


 俺とリンは宿を出ると、馬に乗って走り出した。


 石畳の街道は途切れ、山道が始まった。山脈は岩肌がゴツゴツとしていて崖になっている場所もある。落ちれば命はないだろう。


 手綱を捌く俺の後ろをリンが付いてくる。道を真っ直ぐ行けばよいと聞いてはいたが、山道は枝分かれの道が多く、迷いそうになる。


「ルーナを連れて来れば良かったかな」


「この山脈を馬車で越えるのは無理です」


 リンは息も上がっていない。隠密としての体力は伊達ではないということか。


「ご主人様、雲行きが怪しくなってきました」


 確かに、頬に微風を感じる。それが徐々に強く、激しさを増してくる。


「ここまでドラゴンに一匹も遭遇しなかったよな」


「おそらく、それは大ボスが現れる前兆でしょう……」



 ビュウウウウウウウウウ――。


 大風が吹き荒れ始めた。馬を止め、手綱を崖付近の柵に繋ぐ。


「ただごとじゃないな」


「例の大ドラゴンと考えて、間違いないでしょう」


 銃をリロードして待ち構える。


 リンは太股の双短剣をすらりと抜いた。風でマントがめくれ上がり、服がはためいている。


「来ます!」


 それは大空高くからだった。天気は曇り、決して嵐などではない。


 暴風をまとった黒いドラゴンが、ズドン、と地響きを立てて山道に降り立った。


 その強い衝撃に吹き飛ばされる。


 崖から落ちなくて良かった、と思いながら体を起こし、臨戦態勢に入る。


「巨大ですね。あの鱗は短剣では通りません。弾かれます」


「いや、それより……」


 そのドラゴンの爪に掴まれ、光っている物体。


 それは、風の宝珠だった。

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