第31話 大きな渦

 ふと目が覚めると、両隣にリンとエリーシェが寝ていた。

 裸で俺に縋りついて、すうすう寝息を立てている。


 息巻いてはいたものの、この二人にはそういう知識が全くないということに気が付いた。


 じゃあどうやって初めての女になるつもりなんだよ……。


 謎が謎を呼んだまま船旅は続く。


 

 フリゲート船は荷も少なく船員も最小限なため、かなりの速度で進んでいるようだ。しかしながら遠方にある島国イスラとやらは見えてこない。


「毎日毎日、こう水平線ばかりだと、飽きてくるな」


「そうでしょうか。私は楽しいですよ」


 俺にもエリーシェのような子供のように純粋な心が欲しかったところだ。潮風を浴びてうきうきしている彼女にとっては何もかもが新鮮だろう。


「陰の国にはこの入り江から入ります。港町から城下町へと案内できます」


「では、その経路で行こう。交渉は、任せる」


「かしこまりました」


 リンとウォルゲイトが地図を広げて話し合っている。俺とエリーシェは観光気分だ。しかし、これは歴としたビジネスだ。


 夜になると船室に戻り、食事の準備をする。今日は蒸し鶏と豆スープとパン。それに俺はビールもつける。


 今日も特に仕事はしていないが、一杯はどこでだって最高だ。質素な食事も悪くはない。冷凍保存されている食材が無くなる前に、どこかの港へ寄るようだ。


「ご主人様、今日こそ夜伽を……」


 ベッドに入ると、リンがすり寄ってくる。ボブカットの奥の熱っぽい目は誘惑してきている。細い足を俺の足に絡めて、首に両腕を回してホールドする。

 エリーシェよりはちょっと大きめな胸が、惜しげもなく俺の腕に押し付けられる。


「私の方が、クレドさんとは長いんです。絆がありますから。私の方がいいですよね?」


「うーん、そうだな」


 エリーシェの柔らかいすべすべした体が押し付けられる。髪のフローラルないい匂いも、心地よく鼻腔をくすぐる。

 命令すれば、二人は何でもしてくれる。しかし、小柄で華奢であどけないエリーシェに何か命令する気にもなれなかったし、リンのスレンダーな体を好きにしようなんて気で買ったわけでもない。


「まあ、俺は、どっちか選ぶなんて、できないけどな……」


 おざなりな返事をして酒に酔って寝てしまった。


 平和そのものというのも、それなりに退屈ではあるな。



 その時、船室ががたりと揺れた。地震のような激しさ。


「ご主人様!?」


「リン、一緒に来い。エリーシェは待っていろ」


 不安そうなエリーシェを残して俺とリンは服を着て、船室を出て甲板へ向かう。


「どうした、ウォルゲイト!」


「わからない。だが、謎の海流に巻き込まれている。どんどん渦へと引き込まれていくようだ」


 暗く照らし出された海面は大荒れ、ビエント号はそれに流されたまま渦の中心へと向かって行く。


「あれは、何だ?」


 望遠鏡を覗いたウォルゲイトが言う。


 俺も望遠鏡を覗いてそれを伺う。


 破れてボロボロな帆、崩れそうなマスト、明らかに古い船体。


「幽霊船だ。この辺りに出没すると聞いてはいたが」


 ウォルゲイトはすぐさま白旗を上げさせ、抵抗の意思はないことを示した。大船舶にフリゲート船で敵うはずもない。大砲の打ち合いになれば轟沈させられるだろう。


「さて、どうする。仮面のクレド。もっとも今は、仮面はしていないか」


 エリーシェを奴隷にしてからというもの、仮面は外している。アイテムボックスには入っているから、また使う機会もあるだろう。


「決まっているだろう。話し合いだ」


 徐々に近づいていく幽霊船との距離。渦は激しさを増し、俺たちを飲み込もうと待ち構える。

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