第29話 許す力

 ルーナの家に帰ると、皆、寝静まっていた。


 ルーナは一人で、リンとエリーシェは二人で、寝室で寝息を立てている。


 俺はルーナの寝室に入り込み、ブラックリボルバーの銃口を彼女の眉間に当てた。


 撃鉄を起こす。


 父親に暴力を振るわれたエリーシェを看病してくれたルーナ。エリーシェを弟子にして育てようとしてくれたルーナ。俺たちのような得体の知れない人間を住まわせて食事も与えてくれたルーナ。


「残念だよ」


 引き金に指をかける。


「ボクもだよ」


 ルーナが目を覚ました。


「さあ、ボクを殺しなよ」


「…………」


「エリーシェを盗賊に売ったのはボクだ。また彼女を危険にさらすかもしれないよ?」


「悪いな」


 ルーナが目を閉じる。


 ――カチリ。


 引き金を引く。しかし、ファイアブラストは唱えない。

 弾丸も発射されない。


「…………」


「…………」


 お互いに沈黙。


「お前を殺すことはできない」


「どうして? ボクが利用できるから?」


「エリーシェの師匠を殺すことはできない」


「じゃあどうするの?」


「お前には、俺の奴隷になってもらう」


「は?」


 ルーナは跳ね起きて逃げようとする。


「待て」


 俺はその手を掴んで引き留める。


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、ボクが奴隷なんて……」


「嫌なら、全てを仲間にバラす。情報屋のリックに拡散してもらったっていい。この店は終わりだな」


「そんな……」


 泣きそうな目でルーナはこちらを伺う。しかし、譲歩するつもりはない。


「わかったよ……」


 ルーナは針で自分の血液を指輪に吸わせた。ゲーダスから奪った奴隷の指輪だ。


 そしてベッドに仰向けに横たわると、ネグリジェの裾をたくし上げた。


「パンツを少し、めくっていいか?」


「……好きにすれば?」


 下腹部を露出させたルーナに奴隷印を刻んでいく。手をかざすと、魔力のこもった印が下腹部に浮かび上がる。


「うううううううあああああ!」


 体をのけぞらせるルーナ。せめて服の上からは見えない下腹部にはしてやったが、風呂に入る時などにバレるだろうとは思う。


「終わった? 終わった?」


 グレーの長い前髪は乱れ、涙目で尋ねるルーナ。


「ああ、終わったよ。これで終わりじゃないけどな」


「え? どういうこと?」


「これから、ローブの下に何も着ずにメロウの森へ行く。そこで、ローブを脱いで全裸で散歩しながら途中で放尿させる。そして道に立たせて朝まで放置を……」


「ええ……!? いやだいやだいやだいやだ!」


「いや……冗談だよ」


 ルーナが本当に泣きそうになったので、慌てて訂正しておく。


「もう! 君は意地悪だ!」


 ルーナは枕に頭をうずめていじけてしまった。


「まあ、今度変なことをしたら、本当にやるけどな」


「ううううぅ……!」


 反省はしているようだし、この辺にしてやるか。


 そう思って部屋の外に出た。


「あっ」


「あっ!」


 薄闇の中、立っていたのはエリーシェだった。


「もしかして、全部聞いてた?」


「……はい」


 ソファに座り、小声でエリーシェに尋ねる。


「お前は許せるのか、ルーナがお前を売ったことについて」


「許せます。むしろ、私がいい弟子じゃなかったから、売られたんだと、思います。だから、もっと頑張らないと……」


「そういうことじゃない気がするんだがな」


「じゃあ、私はルーナさんのこと、好きだから、許せます。それではダメですか?」


 そう言ってエリーシェは健気にも笑顔を見せた。


 おいおい、お前、それは強いなんてもんじゃないぜ。


 いろいろな目に合っただろうに、エリーシェはどこまでも寛容だった。


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