第28話 偽ウロボロス一味

 その日、情報屋のリックの家の扉を叩いた。娼館の裏にある安っぽい集合住宅の一室だ。


「あー、はいはい。旦那、何か御用で?」


 そう言ってリックは俺の脇に位置しているマントを羽織ったリンを一瞥した。


「情報料をやる。骸のゲーダス一味の居場所が知りたい」


「ああ、そういうことですかい。じゃ、情報料は先払いで」


 俺は情報料の銀貨3枚をリックに支払った。


「ゲーダスは森の奥の小屋を根城にしていまして、森に入った奴を襲ったりしているんでさあ。確か幻惑の森の入り口辺りの小道で逸れて、川沿いにあったような」


「この地図で言うとどの辺だ?」


「ここですねえ」


 リックは川沿いの一点を指さした。俺はそこを指で焼き焦がして目印にした。


「奴らがよく行く酒場なんかもありますが……」


「いや、拠点が知りたかっただけだ」


「やるんですかい?」


「ああ」


 リンを連れて東の門から出て森へと赴く。


「リン、怖くはないか?」


「私にはそのような感情はありません」


「そうか、愚問だったな」


 幻惑の森の前の小道で曲がる。このまま行けば川沿いに小屋が見えるはずだ。


 川のせせらぎの音が近づくと共に、それはあった。木でできたみすぼらしい小屋だ。


「中に誰かいるか?」


「いるようです」


 リンが気配を察知する。


 裏口からリンが、正面から俺が小屋に入っていく。

 中は薄暗く埃っぽい。


 慎重に進んでいく。


「ギャアアアアアアッ!」


 ガタンと奥で物音がする。


「リンッ!」


 リンの悲鳴ではないようだが、だとすれば……。


 窓から差し込む光と舞い散る埃。そこには短剣に切り刻まれて倒れたゲーダス、そして返り血を浴びたリンがいた。


 さっきの音は椅子が倒れた音だろう。


「てめえ、ウロボロスの俺にこんなことしてただで済むと……」


 恨み言を垂れるゲーダスの入れ墨を念入りに見てみる。でかでかと描かれているから素人目にも見える。

 それは盗賊ギルド、ウロボロスの紋章ではない。まず、左右逆だし、蛇の柄も偽物だ。


「わかったよ、偽ウロボロスのゲーダスさん」


 そう言って憐れむようにかぶりを振った。


「何だとっ!」


「ウロボロスも構成員が多すぎて把握できていないようだな。それとも割と適当な組織なのか?」


「ご主人様、こいつ、殺しますか?」


「待て、こいつには少し聞きたいことがある」


「かしこまりました」


 リンがゲーダスの太股に短剣をぐさりと刺す。ちょうど俺がこの前、銃で撃ち抜いたところだ。


「ぐううううううああああっ!」


「じゃあ、聞くが、エリーシェをさらったのはお前たちか?」


「エリーシェ? 誰のことかわから、ぐあああああああっ!」


 リンが短剣をねじ回す。痛みでゲーダスが悶絶する。


「あの小娘は、さらったのは俺じゃねえ! 部下のテーターだ」


「じゃあ、指示をしたのはお前だな。何のためだ? 復讐か?」


「そうだ。お前への一番の復讐になると思ってな。ハハッ! どうだ、今頃あの小娘、変態に買われて、滅茶苦茶に――」


「ご主人様、こいつ、まだ何か隠してます」


「よし、やれ」


 嬉々として語るゲーダスにさらに深く短剣を突き立てる。


「ぐぎゃあああああっ! 何だ! もう全部喋っただろうが!」


「どうしてエリーシェが森に入ることを知ったんだ?」


「そりゃ、たまたまだろう。テーターに聞け!」


 リンが突き刺さった短剣をねじる。


「ぎゃああああっ! あの女だ、あいつが指示したんだ! 俺は何も悪くねえ!」


「あの女?」


「そうだ。薬師のルーナ。あいつが、小娘をよこすから、代わりに金を払えって」


 …………。


 一瞬、思考が追い付かない。


 リンも同様のようだった。

 二人で顔を見合わせる。


「じゃあ、ルーナがお前たちに、この話を持ちかけて、エリーシェを森に送り込んで、わざとさらわせたのか?」


「そうだ。そうだから、早くこの短剣を抜いてくれ、頼む!」


 ルーナ。信じていたのに、金欲しさにエリーシェを売ったか。


 複雑な心境だ。しかし、事実は変わらない。


「こいつを殺せ」


「御意のままに」


 リンが短剣を振り上げ、ゲーダスの喉笛に振り下ろした。ヒキガエルが潰れるような音を発してゲーダスは息絶えた。

 その指にはまっている指輪を一つ、抜き取る。

 これは、間違いない、奴隷契約の指輪だ。



 ガタリ。



 何か暗闇で音がする。


「待て、まだ誰かいるぞ」


 リンが気配を突き止める。俺は松明にファイアブラストで灯りをともす。


 布をかぶった檻のようなもの。俺はその布を取り払った。


「ひいっ! 助けてっ!」


 そこにいたのは半裸の美しいエルフの女だった。檻に閉じ込められ、首には鎖のついた首輪がされている。


「助けて助けて助けてごめんなさいごめんなさい!」


「待て、落ち着け。俺たちは君を助けに来た」


 ガクガク震えるやせ細った女。

 落ち着くのを待って、檻から出して拘束を解いてやる。


「私、あの人たちに、エルフはずっと歳を取らないから、使い放題だって言われて、それで……」


「何も言わなくていい。今日から君は自由だ」


 彼女の下腹部にある奴隷印に指輪をした手のひらを当てる。

 奴隷契約の解除は手を逆にかざして魔力を込めるだけだ。

 手の甲を向けて解呪を行うと、奴隷印はきれいさっぱり無くなった。


「あ、ありがとうございます」


 大きめの布を渡してやると、彼女はそれを巻いて、外へとふらつく足取りで出て行った。


「あの人、大丈夫でしょうか」


「一応、ディバンまで送ってやってくれ。後は俺がやっておく」


 そこでリンと別れると、俺は小屋の中を物色した。しかし、特に何も見つからなかった。



 夜になった。俺は小屋の隅の暗闇に潜み、他の二人の帰りを待っていた。


 ギィ……。


 小屋の正面の扉が開かれる。


「ゲーダスの兄貴、いるんですかい?」


 俺は暗闇でもよく視界が通る仮面、ダークアイマスクを装着している。そいつがテーターであることはすぐにわかった。

 目つきの悪い、髪を結んだ小男だ。


「もしかして……お楽しみ中ですかい?」


「そこまでだ。手を上げろ」


 テーターの背後に回り、後頭部に銃口を突き付ける。


「へ? あんた、一体……」


「率直に聞く。エリーシェをさらったのはお前か?」


「な、何を……」


 うろたえるテーター。俺はカチャリと銃で後頭部を小突く。


「さ、さらったのは俺だが、指示したのは違う」


「薬師のルーナか?」


「そう、あの女、金貨5枚で女を渡すっつーから、そんなうまい話ないだろ? だから……」


「そうか」


「だが、俺たちは手を出してな――」


『ファイアブラスト!』


 引き金を引き、撃鉄が下ろされる。

 鉛弾がテーターの頭を吹っ飛ばした。

 小男は人形のように床に崩れ落ち、二度と立ち上がることはなかった。


 さて、あとは――。


 裏切り者のルーナの始末か。

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