第27話 二人の奴隷

「はあ、はあ……」


 ルーナの家に着いた頃には、エリーシェは息切れをしていた。慣れない服で走り、水溜まりを踏んで転びそうになったりしていた。


「エリーシェ、戻ってきたの!?」


 ルーナが目を真ん丸にして驚いていた。


「とりあえず、エリーシェを着替えさせてやってくれ」


 エリーシェとルーナが浴室へ行っている最中、俺は一人でソファにぐったりしていた。

 正直、マルコーがあんな奴だったとは思わなかった。妻以外にも奴隷を所有している、とは噂に聞いていたが、エリーシェがあいつの毒牙にかからなくて本当に良かった。


「ご主人様、マルコーの動向を探っておきましょうか」


 リンは背筋を伸ばして人形のように椅子に鎮座し、首だけを動かして俺の方を凝視している。


「いや、いい。あいつはしっかりと脅してある」


「そうですか」


 興味を失ったようにリンは俺から視線を外した。


 エリーシェは髪を乾かしてネグリジェ姿で現れた。ルーナと背格好が似ているから、借りたのかもしれない。


「クレドさん……」


「エリーシェ……」


 エリーシェはぎゅっと俺にしがみついてきた。


「私、怖くて、すごく怖くて、それで……」


「大変だったな……」


 優しく彼女の背中を抱きとめてやる。


「私、奴隷にされちゃいました」


「今は、俺の奴隷だ」


「そう、ですけど……」


 エリーシェはばつが悪そうに視線を逸らす。


「その子の奴隷印はボクも見たよ」


「ルーナさん!」


「下腹部にちゃんと刻まれてたね」


 エリーシェは耳まで赤くしてうつむいてしまう。


「私も、奴隷だから」


 リンがエリーシェに言う。


「大丈夫」


「あなたも、クレドさんの奴隷?」


「そう、クレド様は、ご主人様」


 リンが俺の左手に抱き着く。


「そっか、クレド……様なら大丈夫ですよね」


 エリーシェが俺の右手に抱き着いてくる。


「クレドさんでいいよ。なんか、今までと違う」


「じゃあ、クレドさん……で」


「うん、それがしっくりくる」


「あのー」


 しびれを切らしたルーナが口を挟んでくる。


「なんか羨ましいんだけど」


「それはどういう意味で?」


「女の奴隷を二人も持ってるってところに決まってるでしょ!」


 ルーナはむすっとして怒った。


「そうか? お前も奴隷になりたいのかと思った」


「そうじゃなーい! もう寝る!」


 ルーナはへそを曲げて寝室へ行ってしまった。


 この家には、寝室が二つある。ベッドも二つ。割と大きめのやつだ。

 俺はいつもソファで寝ていたが。


「今日は、三人一緒に寝るか」


「そうしましょう」


「賛成です」


 二人の賛同が得られたので、俺とリンは風呂に向かう。


「え? 二人一緒に入るんですか?」


「もちろんです。お背中を流して差し上げなくては」


「そ、そんな……」


 エリーシェはショックを受けたように佇む。


「まあ、エリーシェとも、いずれはな」


「そ、そうですよね。奴隷と主人、ですもんね」


 俺はリンと風呂に入り、同じ湯船に浸かる。

体を石鹸で洗ってもらい、シャワーで背中を流してもらう。


 彼女のまだ未成熟な体を見ていると、エリーシェのも想像してしまって、身体が熱を帯びる。


 風呂を上がり、エリーシェ、リンと三人でベッドに入る。真ん中は俺で、二人はぎゅっと脇からしがみついてくる。


「ご主人様、好きです」


「わ、私も好きです!」


 エリーシェがリンに続いてすかさず告白する。それは奴隷の主として好きということか?


 二人の体温を直に感じる。三人とも下着姿だ。肌と肌で触れ合える。


「エリーシェをさらった奴らは、一体誰なんだ?」


 唐突に疑問をぶつけてみる。


「えっと……裏路地で私を昔、襲った三人組でした」


 ああ、あの骸のゲーダスとかいう腕に入れ墨のある男と、その仲間か。


「そいつらにも復讐しないとな」


「危ない橋を渡ってはいけません。私は、別に、何もされていませんから」


「それにしても、野放しにはできないだろう」


 多分、そいつらは俺に恨みを持っているはずだ。


「そいつらは、どうして、エリーシェの居場所が分かったのでしょうか」


「さあ、後でもつけていたんじゃないのか?」


「そいつらの、処理を、私にお任せください」


「処理って……」


 息巻いているリンに俺は困惑する。

 できれば自分の手でそいつらを罰したいところではあるが。


「わかった。リンに任せる」


「御意のままに」


 リンは小振りな胸を押し付けてきた。


「リンっていくつなんだ?」


 エリーシェとそう変わらないように見えるが。


「私は幼いころから暗殺、諜報を行う隠密として育ち、15歳で敵の手に落ち、捕まって拷問を受けた後、奴隷として売られました」


「そうだったのか……」


 壮絶な人生だな。


「だから、今、ご主人様の奴隷として生きられて、本当に幸福なのです……」


 うっとりとした目で俺を見つめるリン。頬にキスをしてきた。


「わ、私だって、幸せ、です」


 エリーシェも反対側の頬にソフトタッチでキスをしてきた。


 俺も、案外幸せなのかもしれない。


 その日は、ぐっすりと眠れた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る