第26話 エリーシェ救出

「エリーシェが? どういうことだ?」


「よくわからねえが、盗賊に捕まって奴隷商に売られたらしい」


「それをマルコーが落札したのか」


「そういうこってす」


 よりにもよってあのマルコーがエリーシェを落札? 最悪な展開だ。食べかけの料理を放り出して、身支度を整える。


「ご主人様、どこへ行くのですか?」


「エリーシェを助けに行くんだ」


「そのエリーシェという方はご主人様の大切な人なのですか?」


「そうだ」


「かしこまりました。お帰りをお待ちしています」


 俺は雨の降る中、外に出た。マルコーの屋敷まで全力で疾走する。


 エリーシェ、どうか無事でいてくれ。


 この際、手段は問わない。マルコーに危害を加えても構わない。エリーシェさえ無事なら、それでいい。


 ブラックハットの潜伏スキルを使って裏口から侵入する。目指すはマルコーの寝室だ。


 守衛たちは俺の姿に気づくこともない。二階へ上がり、部屋を一つ一つ調べて回る。

 大半の部屋は使われていないか、客間になっている。


 おおっと。


 そこには下着からネグリジェに着替え中のマルコーの娘、アメリアがいた。茶髪のツインテールを解き、赤いフリフリの下着で豊満な胸を包んでいる。

 その後ろに忍び寄り、こめかみに銃口を当て、アメリアの口を左手で抑え込む。


「よお、また会ったな。お嬢さん。声は上げるなよ。撃つぞ」


「ひっ……」


 潜伏スキルを解き、彼女が落ち着くと同時に左手も外してやる。


「な、何ですの、あなた……」


「話は後だ。マルコーの部屋に案内しろ」


「嫌ですわ」


「逆らうと殺す」


 思い切りドスの効いた声で言う。


「……わ、わかりましたわ。案内するだけですわよ」


「物わかりが良くて助かるね」


 アメリアの腰に銃を突きつけながらマルコーの部屋に案内させる。


「あなた、こんなことをしてただで済むと……」


「無駄口を叩くならその下着ひん剝いてやってもいいぜ?」


 思いっきり言うことが悪役になってきているが、気にしない。エリーシェを助けるためだ。


「着きましたわ」


 その大仰な扉を蹴って開ける。


「お楽しみのところ邪魔するぜ、マルコーさん」


「むむ、何奴?」


 そこには白いドレスを着てヴェールを被ったエリーシェがいた。マルコーの前に跪いている。


「クレド……さん?」


 憔悴しきった目を向けるエリーシェ。きっと大変な目に合ったのだろう。


「マルコー。エリーシェは俺の大切な仲間だ。返してもらおう」


「ひょっひょっひょ、そんなことを言われましても、エリーシェは既に私の奴隷。これから婚姻を結び、南の島で新たな生活を……」


「奴隷と婚姻を結ぶだと?」


「私はもう今の妻には飽き飽きしていたところなのですよ。そこに、この天使が現れたというわけです」


 エリーシェの意思は無視して結婚しようなんて片腹痛い。それに……。


「お父様、私とお母様はどうするの?」


「ええい、うるさい娘だ。そんなもの、どうだっていい」


「そんな、もの……?」


 アメリアの肩が怒りに震える。


「そんなものですって? そっちの奴隷の方がお父様にとっては大切ってこと? あたくしたちを捨てるの? 薄情者!」


「そうだ、仮面のクレド。その娘をお前にやろう。娼館に売り渡そうが、奴隷商に売り渡そうが、勝手にしろ。アメリアなら器量も良いし、金になるだろう。その代わりに私はエリーシェをもらう。それでどうだ?」


 饒舌になるにつれてしわがれ声になっていくマルコー。もうどうにも収拾がつかない。


 俺はアメリアのブラジャーを左手で外して遠くに放り投げた。豊満な胸がブルンと解放される。


「きゃああああっ!」


 アメリアは慌てて手で胸を隠す。


「むうっ、貴様、何と下劣な」


「もっとやってもいいんだぜ。お前がエリーシェを返さないならな」


「無駄ですぞ。私は何をされても屈しませんぞ」


 マルコーはエリーシェに奴隷契約の指輪で指示を出す。


「こっちへ来い、エリーシェ」


「い、いや……」


 嫌がりながらも、エリーシェは逃げることができない。


「さあ、誓いのキスの時間ですぞ。少し早いですがなあ。あの仮面にも見せつけてやるのです」


 本当に、マルコーはアメリアのことなどどうでもいいらしい。自分の欲望の赴くままに動いている。


 だが、まずい状況だ。マルコーとエリーシェはもうキス寸前の距離まで来ている。


「チィッ!」


 俺はアメリアを放り出すと、マルコーの左足を撃った。


「ぎゃああああっ!」


 マルコーはバランスを崩して高そうな絨毯の上に倒れた。


「痛い、痛い! この私によくも!」


 俺はマルコーに近づいて行って、指輪を奪い取った。最初からこうしておけば良かった。


「やめろ! それは私とエリーシェとの絆の証!」


「あんたなあ、娘のアメリアを見てみろ」


 部屋の片隅で、軽蔑しきった目でマルコーを見ているアメリア。


「違うんだ、アメリア。これは」


「もう申し開きもできないな、マルコーさん」


 マルコーの口に銃口を突っ込み、最後の一押しをする。


「あが、あげ……」


「いいか、今日あったことを誰かに告げ口してみろ。お前の命はないぞ。地の果てまで追い詰めて、確実に殺す。脅しじゃないぜ? なぜなら今ここでお前を殺すことだってできるからな」


 そう言って撃鉄を起こす。


「わかったら、俺たちを客人として丁重に送り出せ」


「んが、んが」


 マルコーは壊れた機械人形のように頷いていた。



 エリーシェを背負い、俺はさっさと退散することにした。


「客人を、丁重に、お送りしろ……」


 マルコーは苦虫をかみつぶしたような顔で部下に指示を出す。


 俺はマルコーから奪った奴隷契約の指輪を、左手につけた。


 これで、エリーシェも俺の奴隷、ということになるのだろうか。

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