第25話 ビエント号

「うわっ!」


 俺は護衛たちによって街路に放り投げられた。


「大丈夫ですか? ご主人様」


「ああ、大丈夫だ。マルコーなんかを頼ろうとした俺が馬鹿だった」


 そう言って次に俺が向かうのはビアンコ商会だ。


「ご主人様、もう休まれては?」


「いや、まだ動ける」


 商業区まで歩いて行き、ビアンコ古物商店に足を運ぶ。


「んん? いらっしゃい」


 ビアンコの爺さんは絵筆を持って風景画を描いている真っ最中だった。


「おや、お客さんが増えたかね? 今度は別の女の子のようじゃが」


「奴隷を買ったんだ」


「ほうほう、それはそれは」


 油絵を描きながらビアンコは耳を傾ける。穏やかなその物腰はブレることがない。


「して、今日は何の要件かのう」


「ビアンコ商会の船と、魔晶石を買う金を借りたい」


「ほっほっほ、お前さん、何かやらかすつもりか?」


「無性に貿易がしたくなってきてね。イスラに魔晶石を売り込みたい」


「ほう、あそこの海路はまだよく知られていなくてのう。しかも遠い。それを見越した上で言っておるのか?」


「成功すれば、一獲千金だ」


「金を得て、何をしたい?」


「分からない。だが、力が必要だ」


「ほう……」


 ビアンコは古い海図を取り出した。


「イスラ島は東の果てと呼べるくらいには遠い場所に存在している。魔晶石は出ないが、大きな金山がいくつもあるという話じゃ。わしも行ったことはあるが、人々は貧しく、漁村などで暮らしておる。二つの大きな国、陰国と陽国があり、未だに戦乱の世が続いているとか」


「そのどちらかの国に接触できれば、交渉の余地はあるな」


「港に、昔の使っていないフリゲート船がある。それなら貸してやってもよい」


「本当か?」


「陰国も陽国も、戦況を打開する新しい技術を欲しておるはず。天下統一のためには魔晶石も喉から手が出るほど欲しいじゃろうよ」


「それなら……」


「魔晶石はまとまった数用意しよう。値段は出世払いじゃ。生きて帰ってくることを、目的にの。ウォルゲイト! 客人を案内するのじゃ」


 奥の方からのれんを開けて、この前リザードで砂漠を運んでくれた、白い布の外套を着込んだ浅黒い肌の長身の男が出てきた。髪はラフな感じで白く色が抜けている。


「あのフリゲート船……名前は何じゃったか、そう、ビエント号。あれを使いたいらしくての」


「了解した」


 短く言ったウォルゲイトは着いて来い、と言って港まで先導した。



「これがビエント号だ」


 古いそうだが、あまり使われていないようで、あまり気にならなかった。強いて言えば、少し小さい程度か。


「魔晶石を積み込み次第、出発する。3日後に、ここに来い」


「分かった。いろいろありがとう」


「恩はビアンコさんに伝えておけ」


 そう言って無愛想なウォルゲイトは去って行った。


「やりましたね、ご主人様」


「ああ、最初からこうしておけばよかった気もするがな」


 そう言って商業区を移動し、ルーナの店の扉をたたく。


「何、君たち、ボクの家を根城にするつもり?」


「一人じゃ寂しいだろ」


「ボクは寂しくない」


 むすっとした調子で言うルーナの頬は若干赤らんでいる。


 俺たちは今日あったことを彼女に話しつつ、キノコ料理のフルコースを味わった。


「魔晶石貿易なんて、船が転覆して破産する未来しか見えないよ。あの辺りは海賊も多いんだ」


「そんなもの、倒してやればいいさ」


「簡単に言ってくれるね」


 キノコスープパスタを口に運びながら俺は上機嫌だった。


 その時、店の扉がバンバン叩かれた。


 何事かと、ルーナが応対する。


 雨の中、扉を開いて現れたのはリックだった。帽子も肩掛けもずぶ濡れで、かなり狼狽している。


「どうしたの? 一体」


「大変だ」


 リックはぜえぜえ言いながらソファに腰かけた。全力で走って来たらしい。そして、徐に口を開いた。


「エリーシェが、商人のマルコーの奴隷になった」


 俺は持っていたスプーンを取り落としそうになった。

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