第22話 奴隷と主人

 リンの装備を整えるために装備屋への道を急いだ。

 途中、通行人がリンの体をチラチラ見てきた。奴隷印が刻まれているし、黒髪美少女のリンが単純に珍しいのだろう。


「着いたぞ、ここだ」


「はい、ご主人様」


 ご主人様、と呼ばれてどきりとする。俺は、異世界で奴隷の主人となってしまった。一体何をやっているんだ。


 それも、裏切らないパーティメンバーを作るためだと自分に言い聞かせて装備屋の扉を開く。


「よう、兄ちゃん。少し見ない間に、変わったか? そこの黒髪の嬢ちゃんは……まさか奴隷か?」


 店主のダンデは胡散臭い目で俺を見る。


「まあ、冒険者として成功したのなら、それはそれでいいんじゃないかね」


「この子の装備を見繕って欲しい」


「え? その子、戦えるのかい?」


 訝しむダンデに対して、リンはこくりと頷く。


「奴隷になる前は、暗殺者だったそうだから、刃物の扱いなどは得意だろう」


「そうか。じゃあ、一応ダガーナイフを二丁、用意しよう」


 そう言っている間に、リンは体に纏った麻布を脱ぎ始めた。


「え? おい、リン!」


「おおっと、どうしたってんだ?」


 そして、リンはカウンターの上にあった黒い布をびりびり破いて胸と腰に巻き、針と糸を使って丁寧に縫い始めた。


「クレド、こいつ頭がいかれてんのか?」


「わからない。とりあえず短刀は買うよ」


 リンはできた二枚の布地を身に着け、その上からマントを黒い羽織った。


「ご主人様と、おそろいです」


「ええっと、それは黒づくめって意味でかなあ?」


 ダガーナイフの入ったベルトは太股に巻かれる。かなり小振りなものだ。


 靴は動きやすいブーツを。こうして見ると、リンの格好はかなりちぐはぐで、マントがはだけているせいで露出も多い。


「こんな格好で戦うのか?」


「まあ多分、機動性重視なんだろう」


 俺は適当に言って、代金を払った。


「そうそう、この前の魔晶石弾、すごく役に立った」


「おお、そりゃ良かった。あれは自信作でね。……そこでなんだが」


 ダンデは奥から新しい弾丸を取り出してきた。


「煙幕弾だ。着弾すると黒い煙が充満する。逃走なんかにいいだろう」


「それはいいな。あるだけ買おう」


 新しい弾丸を懐にしまうと、代金を払って店を出た。


「ご主人様、これからどこへ行くのですか?」


「今日は宿にでも泊まって休もうかな」


「はい……」


 リンはあまりしゃべらない方らしい。彼女を連れて安宿の二階に上がって行く。



 シャワーを済ませながら今後のことを考える。

 奴らは宝珠を売り払って、どこへ行ったというのだろう。冒険者も引退したのか?

 俺は、どうするべきか。リンを買うので資金も減ってしまったし、これからレベル上げも兼ねてクエストをこなしていかなければならないだろう。


「ご主人様、これはどういう仕組みなのですか……?」


「ああ、これは水の魔晶石と火の魔晶石を組み合わせてお湯が出るように調整して……って!」


 リンが裸でバスタブの中に入ってきている。


「魔晶石、というのは、私たちの国ではとても高価なものです」


「そう、なのか。というかどうして入って来た?」


「ご主人様にご奉仕するのが奴隷の役目ですから」


 体でも洗ってくれるっていうのか。それはそれで緊張する。


「魔晶石は、お前の国ではいくらするんだ」


「1個に対して、金貨10枚です」


 この国では、魔晶石なんて銀貨1枚で買える。約100倍の値段が島国イスラではつくらしい。


 これは商売のチャンス。リンに背中を洗わせながら、今後の展望が見えてきた。


「ご主人様……」


 リンが裸の体を俺の背中に押し付けてきた。二つの胸のふくらみが押し当てられる。白くすべすべした絹のような素肌の感覚も心地いい。


「ご主人様は気持ちよくありませんか?」


「いや、そんなことないよ。ちょっと物思いにふけっていただけだ」


「そうですか? 私、役に立てていますか?」


「ああ、とても」


 リンが首に腕を回してきた。甘えるような格好で、耳元で彼女が囁く。


「ご主人様は、私を売らないですか?」


「ああ、売らないよ。ずっと一緒だ」


「本当ですか?」


「本当だ」


 リンは俺の首筋にキスをしてきた。ほんのりと、温かい。



 ベッドに横になる。まだ日は落ちておらず、カーテンの隙間から光が入ってくる。


 市場で買った果物や干し肉、パンを食べながらワインを飲む。


「ご主人様、今夜はたっぷりとご奉仕いたします。私を買っていただいて、ありがとうございました」


 リンが床に手を当てて土下座する。


「いや、そんなかしこまらなくても……」


「私は、ご主人様の奴隷。ご命令とあらば……」


 長い前髪の隙間から、熱っぽい目でリンが見つめる。


「どんなものでも、お聞きいたします」


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