第10話 薬師になるために

「う……ん」


 朝日が差し込み、エリーシェが目を覚ます。俺は付きっきりで彼女の面倒を見ていた。


「クレド……さん?」


 くっきりとしたまつ毛をパチパチさせながら光に目を慣らすエリーシェ。


「良かった、本当に。一晩であざも切り傷も消えて、良くなるなんて」


「私のこと、ずっと見ててくれたんですか? それに、助けてくれて」


 エリーシェはベッドから起き上がって俺に抱き着いてきた。しかし、その体は一糸まとっていない。


「あ、ちょっと、エリーシェ?」


「私、私、もうクレドさんに会えないと思って、それで……」


「も、もういいんだ。大丈夫」


 優しく彼女の背中をさすってやる。するとギュッとエリーシェは俺にしがみついた。その存在を確かめるように。


「もう、ずっと一緒です。私、クレドさんから離れませんから」


「おいおい、俺は自由に生きたいんだがな」


 せっかくの異世界転生だし、もっと冒険したい。


「だったら、私もついて行きます。どこへだって」


「はーいはい、感動の再会のところ悪いけど、食事ができたよー」


 雰囲気をぶち壊す形でルーナが割り込んでくる。


「昨日の残りのきのこシチューだよ。ゆっくり食べてね」


 そこで、エリーシェは自分が裸であることに気づいたらしい。


「え? ええ? 私、何で裸!?」


「あー、昨日、体中に軟膏塗る時に脱がせたままだったねえ」


「あなたは?」


 両手で胸を隠しながらエリーシェが尋ねる。


「ボクはルーナ。薬師さ。エリーシェちゃんは、あんまり悪い男に引っかかっちゃ駄目だよ。そいつ何考えてるか分かんないから」


「変なこと言うなよ」


 心外だとばかりに俺は割って入る。


「リックは?」


「追い出した。邪魔だったから」


 本当に容赦がなくて少しリックに同情してしまう。


 エリーシェはバスタオルを体の周りに巻いた。


 シチューを食べながら彼女は時折俺の方を伺っては、視線を逸らすのを繰り返している。


 心なしか頬が朱に染まっている。


「モテモテだね、君」


「はあ?」


 ルーナのからかいにどう対処しようかあぐねていたところ、エリーシェが口を開いた。


「ルーナ……さん。私、薬師の見習いになりたいです」


「ん?」


 食器を運んでいたルーナは不思議そうにエリーシェを眺めた。


「私、戦えないし、クレドさんに迷惑をかけてばかり。せめて、役に立ちたいんです」


 エリーシェの光沢のある金髪が朝日に輝いている。


「そうは言ってもね、君さあ、まずは体調を良くすることを考えてからでも良くないかい?」


「あ、はい。その後で、弟子入りしたいんです」


 エリーシェは引かないつもりだ。ルーナは大きくため息をついた。


「それは、ここで働きたいってこと?」


「いえ、クレドさんの役に立てるように、なりたいんです」


「……それは、一緒に冒険したいってこと?」


「はい」


「はっきり言って、それは無理だね」


「え?」


 ルーナは椅子にちょこんと置物のように座って話し始めた。


「まず、薬師になるには薬草が必要だ。それは森の奥から自分で取って来るか、ギルドに依頼するしかない。ボクは魔法で戦えるけど、森には盗賊や魔物が出るから、戦闘能力の低い君には無理だ」


「クレドさんがいれば、私を守ってくれます」


「それは足手まといじゃないかな」


「え?」


 ルーナの容赦ない一言に、エリーシェは傷ついたような表情を浮かべる。


「戦う力もないのにこの都市で生きていくには、城壁の外に出ないか、護衛を雇う。それ以外ないよ。君はクレドを護衛にしようとしてるけど、それは彼にだって負担になるはずだよ」


「俺は、別に……」


 言葉を濁す。エリーシェをこの先守り切れるか、それが試される。確かに、ルーナの言っていることにも一理ある。しかし、ここでエリーシェを放り出してしまったら、また父親の元で虐待される毎日が待っている。


「俺からも頼む。エリーシェを見習いにしてやってくれないか。俺は彼女の意思を尊重したい。役に立ってくれるなら、もっといい」


「うーん、ボクの意思もあるしね」


「報酬は無しでいいです。何でもします。だから、見習いにしてください。お願いします」


「はあ……」


 エリーシェの押しの強さに負けたのか、ルーナはめんどくさそうに頭を搔いた。


「いいよ。ただし、最初は簡単なことからしか教えないからね。徐々に難易度は増していく。ついて来られるかな?」


「頑張ります!」


 エリーシェはベッドの上で頬を紅潮させ、喜んでいる。


 そして、バスタオルがはらりと解けた。


 その白い裸体から目を逸らしながら、俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る