第23話 謎解きの幕開け?

 たとえ決闘のあとでも、それぞれの騎士に課された任務はお休みじゃない。とはいえ、ぶっちゃけめっちゃ眠い……。

 このまま官舎に戻って眠りたいけれど、ここはブラックな職場のザ・王宮。そんなこと、末端の騎士見習いにはなおさら許されない。

 そういうわけで、確実に睡魔が襲ってきそうな無人の第三書庫に向かう。その道すがら、私はついさっき目にしたカッセル夫人の言動について考えを巡らせた。

 決闘を見ていられないと声を荒らげたカッセル夫人は、きっと繊細でお優しい方なんだろう。殿方同士の荒々しいやりとりに、恐れおののくのもうなずける。


 でも……だけどですよ?


 決闘が苦手なら野次馬に加わらなければいいわけで、それなのに見学にいらしたということには、なにか意味があるような気がしてならない。


 じゃあ、その意味ってなんだろ?


 とにかく気になるのは、ウェイン殿下への慈愛に満ちた眼差しだ。

 あの言動、そしてあのご様子。私の勘違いじゃなければ、カッセル夫人はウェイン殿下のファン……なのかな……?

 息子ほど年齢が離れているとしても、胸をときめかせてくれる推しが王宮にいるのは楽しいだろうし素敵なことだ。

 わかる。それはわかります。しかししかし、だけどですよ?

 どのあたりを魅力と思って、あんな暴れん坊王子を推しているんだろう……?

 

「……うーん。わりとガチで訊ねたいな」

「なにをですか」


 びっくりして振り返る。カッセル夫人とその推しのことで頭がいっぱいで、グレンさんがすぐうしろを歩いていたことに気づけなかった。

 って、いうか?


「あれ? グレンさんも今日はこっちの方向の見張りですか?」

「いえ。俺は医務院に行ってこの包帯をはずしてもらいます。自分でもできるのですが、そうすると次に世話になったとき、侍医に小言を言われて面倒なので」


 生真面目そうな侍医さんが思い浮かんだ。なんかわかる。


「なるほどですね……。じゃあ、そのあとはまた王宮の見張りですか?」

「いえ。本日はその後、国王陛下に謁見します」

「えっ!?」

「決闘に勝った者の決まりなんです。おそらくそこで、今夜の晩餐会に招待されます」


 うおおおっ! それはすごい、めっちゃすごい!


「それはもしかして出世的な!?」

「いえ、それはありません」


 ざっくり返答された。

 決闘中のグレンさんの身のこなしを思い返す。見守っていることしかできないのが歯がゆかったし怖くてしかたがなかったけれど、彼の戦いっぷりはそんな私の不安を薙ぎ払うかのごとく、どこまでも優雅でしなやかだった。


「グレンさん、本当にありがとうございました。もしも私だったら確実に負けてました……っていうか、なんなら剣を投げ捨てて逃げ回っていたかもしれないです。いや、かもしれないじゃなくて絶対そうしてました」


 グレンさんがちょっと笑った。


「そうならなくてよかった」


 グレンさんは歩みを止めることなく、私の隣に並んだ。


「晩餐会の前、夕方に少し時間ができると思うので第三書庫に行きます。あなたの任務時間内に行けるので、話しましょう」

 

 はっとした私は、彼に顔を向けて足を止める。グレンさんも立ち止まった。


「そこなら、バートやほかの隊員に邪魔されることなく、あなたについて聞けますから」


 控えめに微笑む。あああ、なんという甘く美しい笑み。

 これは……やっぱりラヴ(※巻き舌推奨)方向のそれなんだろうか……?

 そもそも決闘の代理になってくれた時点で、私に対してなにかしらの感情があるのかもしれないわけで。でも、グレンさん自身「日頃の鬱憤を晴らせます」とかなんとか言っていたので、たんにチャンスを得たかっただけかもしれないわけで。

 私について「知りたい」のも、単純に好奇心からかもしれないわけで?

 だって、私だってたとえば誰かに(バートさんとかに)実は異世界の人間だって打ち明けられたら、それはもちろん知りたいわけで。


 だけど、もしも全部違ったら?

 もしも全部が――ラヴ方向の匂わせだったら!?


 ……ダメだ、自分を好む殿方の存在とかありえなさすぎて想像したこともないから、冗談じゃなく天然でもなくまったく予想がつかない……。

 なんかもう経験がなさすぎて、もっとわかりやすく突然のハプニング的キス、もしくは背後からのバックハグ、さらに耳元で「好きだ」くらいかまされないと、私には判断できないから本気で困る。

 もういっそ来い! どんと来てくれ!……って、いや待って。じゃあ、私は? 私はどうなんだ? 


 そうされた場合、私は凄腕キーパーみたいにがっちり受け止められるのか? 

 そもそも私は――グレンさんにラヴ? それともフレンズなのか!?


「――まばたきしてませんが、大丈夫ですか」

「えっ」

 

 私の目の前で、グレンさんは右手を左右に振っていた。


「だ、大丈夫です……」


 ラヴな気持ちは、頭でどうにかできることじゃない。そのうちに感情がもりあがってきたら判明するはず……ということにしておこう。とりあえず、いまは!


「それはそうと、さっきつぶやいていた〝訊ねたい〟って、誰になにを?」

「あっ!……と、それはカッセル夫人にです」

「カッセル夫人?」

「なんというか……ウェイン殿下を心配しているような様子に見えたので、なんであんな暴れん坊王子を気になさっているのかなと思いまして……?」


 グレンさんは納得したようにちょっと笑い、そして言った。


「カッセル夫人は、ウェイン殿下の乳母だったんです」

「そうなんですか!?」

「王宮の乳母は子息が五歳になるまで面倒を見る慣習なのですが、殿下が三歳になったころ、夫人の夫であるカッセル伯爵が馬車に跳ねられて他界したので、〝王宮に喪の連鎖があってはいけない〟と乳母を辞められたそうです。以後、彼女に同情したビリンガム侯爵夫人が、侍女としてそばに置くようになったとか」


 乳母だったんだ! あの参観日のお母さん的視線も納得できるし、ダメな子ほどかわいい現象もあるだろう。なるほど、なにもかもが腑に落ちました。

 そっか。お乳をさしあげて面倒を見ていたんだな……ってことは?

 

「カッセル夫人にも、ウェイン殿下と同い年のお子さんがいらっしゃるんですね」

「ええ。殿下と同時期にお生まれになったご子息がいたらしいです。詳しくは俺もよく知らないのですが、たしか……生まれてすぐ、病で亡くなられたと聞いたことがあります」


 それはせつない。きっと、だからなおさらウェイン殿下がかわいいんだな。

 あんな悪魔みたいな殿下でも、カッセル夫人にとってはやんちゃな三歳児に見えているのかもしれない。あの殿下に対してそんなふうに思えたら、私も人間的に大きくなれるかな? いや、さすがにそれは無理ですすみません。


「では。あとで行きます」


 グレンさんが言った。

 私が「はい」と返事をすると控えめに微笑み、しばらく名残惜しそうに私の顔を見つめ、そうして医務院に向かっていった。

 小さくなっていく彼の背中を見送りながら、なぜかそのときふと思った。


 ――どうしてグレンさんは、教会に捨てられていたんだろ?

 


 * * *



 第三書庫に向かったとたん、扉が開いていて驚いた。

 びっくりしながら中をのぞくと、書庫長のサイアム先生が円卓を前にして座っていた。


「えっ!?……と、おはようございます」

「おはよう、マック」

「今日はどんなご用事ですか?」


 先生が笑った。


「決闘の件を小耳にはさんだものでね。野次馬になる趣味はないが、勝者をねぎらうくらいのことはしなくては。我が家の料理人が焼き菓子をつくってくれたので、きみとグレンに持っていけと妻がうるさくてね」

「うわ! 嬉しいです、ありがとうございます!」


 ありがたく布包みを受け取ると、先生が言う。


「敗者にとって、反省の機会になればいいのだがね」

「はい……」


 文句をぶうぶう撒き散らして暴れてくれたほうが殿下っぽいのに、沈黙したままうなだれて微動だにしなかった。だからこそ闇が深そうで恐ろしい。


「グレンに、気をつけるように伝えてくれるかね」


 サイアム先生の笑みが曇った。


「ウェイン殿下は単純なようでいて知恵が働く。怒りが頂点に達したとき、彼は物静かになる。そうして、落とし穴を画策する。幼いころは他愛のない罠でも、大人になってからの罠は手遅れになることがほとんどだ」


 先生の表情はどこまでも険しい。本気でグレンさんを心配しているんだ。


「……わかりました。伝えます」


 決闘に勝ったからって、そこで終わりじゃないんだ。いや、すっきり終わろうぜ? もう決着がついてるわけですからね!


「さて。伝えることは伝えたし、渡すものも渡せた。私はこれでおいとまするよ」

「もう帰られるんですか?」


 先生が円卓を見た。その上には、私がアシェラッド殿下と完成させたパズルがある。


「アシェラッド殿下が喜んでくださったのもわかったし、ここに長居をする用事はもうないからね」


 そう言うと杖をついて椅子から立ち上がり、上着のポケットに手を入れた。


「私か殿下しか来ないところだ。見張りの騎士の暇つぶしになるかはわからないが、これをきみに託そう」


 書庫の鍵を差し出した。


「えっ!? い、いいんですか?」


 先生がうなずく。


「読んで面白いものなど一冊もないが、いにしえの貴族らの家系図やいざこざ、没落した者の経緯を学ぶことができる。ぼんやり景色を眺めるよりも、マシな時間つぶしになってくれるだろう」


 ドロドロしてそうで、じゅうぶん面白そうじゃないですか!


「ありがとうございます! ちなみにおすすめはありますか?」


 できれば激しそうなジェットコースター系をお願いします! とはさすがに言えなかった。


「私のおすすめは、あのあたりにある貴族の家紋についての書物だよ。庶民出身のきみには、王宮文化のいい入門となるかもしれない」


 先生らしい回答だった……。いや、ありがとうございます。学びます。


 サイアム先生を見送って、さっそく書物を手にとってみた。椅子に座ってお菓子をいただきながら優雅なひとときを過ごしたいところだけれど、さすがにそれは気がとがめたのでいったん廊下に出た。

 扉を閉め、見張りの姿勢でページをめくる。

 貴族とその一族にまつわる家紋が挿絵付きでしるされてあって、まったく期待していなかったせいか意外に面白い。

 薔薇や百合なんかの花カテゴリーは納得だけれど、カタツムリとかトンボの虫カテゴリーってどうなんだ……? 家紋がムシキングの貴族たちってどうなったんだろう……。そのうちに調べたい。

 剣や盾をモチーフにした武器カテゴリー、鉄板の鳥獣カテゴリー。そして、一番上品でおしゃれな植物カテゴリーのページをめくる。

 樹木に蔦モチーフ……ときて、見覚えのある家紋が目に飛び込んだ。


 ――月桂樹の葉。


「あれ?」


 ちゃんと覚えているわけじゃないけれど、グレンさんの持っていた指輪の装飾に似ている気がする。

 もしかしてこの家紋、ヴォネガット男爵家の先祖とかだったりして。


「きっとそうだよ」


 思わぬ家紋に嬉しくなって、それまでたいして読んでいなかった文章を目で追った。

 ほどなくして、私は驚く。え……うそだ。これ、どういうこと?


 月桂樹の葉の家紋は――国王陛下のご先祖様のものっぽい!?

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