第21話 決闘前夜

 決闘宣言をしたウェイン殿下は、お取り巻きを引き連れて庭園から立ち去った。

 その場にいたパリピ貴族の野次馬も、こうしてはいられないと言わんばかりに大広間に戻り、明朝の決闘について誰もが興奮気味に語った。そのおかげで、グレンさんとウェイン殿下の決闘の件は、あっという間に広まっていった。


 当然、国王陛下と王妃殿下の耳にも入り、ウェイン殿下に呆れた陛下は大広間を去られて自室に帰られてしまった。王妃殿下もそのあとに続き、残されたパリピたちも明朝の決闘にすっかり意識が向いてしまい、仮面舞踏会はなんとなく盛り下がってお開きとなったのだった。


 フィオナ様は大広間に戻るなり、侍女の代理を私に頼んだせいだとご自分を責められ、一緒にいた私とグレンさんに何度も謝罪した。

 いやいやいやいや、悪いのはどう考えても暴れん坊のウェイン殿下ですよ! と叫びたい衝動を必死におさえ、ダンスが下手すぎて殿下の足を踏みまくった自分のせいですと、私はフィオナ様を慰めた(悲しいかな、むしろ発端はたぶんコレだし)。

 そんなカツラの取れたドレス姿の騎士見習いに、アシェラッド殿下は「きみだなんて知らなかった」と言わんばかりな視線をそそいでくる。

 ただでさえややこしい事情に拍車がかかっているような気がするものの、私だって明朝の決闘とグレンさんが気がかりでそれどころじゃない。


 だって、決闘って……私の知識が正しければ、一対一の命がけの戦いですから!


「ど、どちらかが息絶えるまで、戦うんですよね?」


 声を震わせる私に、アシェラッド殿下が答える。


「いや。かつてはそうだったけれど、いまはきちんとルールがある。それにのっとった勝者は敗者に対して、どんな要求も許される。たとえ相手の身分が上だとしてもね」


 天に召されることはないとわかって少し安堵したものの、心配であることに変わりはない。なにしろグレンさんの右手首には、包帯が巻かれてあるからだ!

 

「ほ、本当にすみません、グレンさん! 目立たないようにしていたつもりだったんですけど……」


 ……こんなことに!

 

 グレンさんがなにかを言おうとして口を開きかけた直後、フィオナ様が精神的疲労からか身体をよろめかせた。

 

「あっ! 大丈夫ですか?」


 私がとっさに支えると、グレンさんが言った。


「お休みになられたほうがいいでしょう」

「ええ……。そういたしますわ」


 アシェラッド殿下が機械的な声色を放った。


「部屋まで送ろう。歩けるかい?」

「ええ。歩けます」


 そう言ったフィオナ様は姿勢を正し、私とグレンさんを交互に見た。


「重ねて謝罪します。グレン、マック。明朝は、わたくしも見守らせていただきます。グレン、どうか……あなたに神のご加護がありますように」

「ありがとうございます」


 頭を垂らしたグレンさんに、アシェラッド殿下が言った。


「若かりしころ、きみとは遊びと称して枝でよく戦ったものだ。僕は一度もきみに勝てなかった。そんなきみの剣の腕が鈍ったと耳にするたび、きっとなにか理由があって手加減をしているんだろうと思っていたんだ」


 グレンさんがはっとし、息をのむ。その様子を目にした殿下は、どこか苦しげに微笑まれる。


「図星らしいね。身分で勝敗が決まるとは、我が国が平和であることの証だ。けれど、実力ある者が不当な扱いを受けていいわけではないし、そんなのん気なこともそろそろ終わりにしなくてはね。日々の公務にかまけて騎士団の嘆かわしい慣習に首を突っ込めずにいた僕を、どうか許してほしい」


 目を見張るグレンさんに、殿下は続ける。


「弟が負けたとしても、それは彼自身の責任だ。だから、このたびの決闘では手加減は無用だ。すべて、僕が保証する」

「心強いお言葉、ありがとうございます」


 グレンさんが頭を下げる。殿下は力強く言葉を重ねた。


「――どうか心置きなく、存分に勝ってくれ。それこそが、弟のためになるはずだから」



 * * *



 官舎に帰るため、月明かりに照らされた庭園をグレンさんと歩く。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静かだけれど、私の心臓は依然としてバクバクしていた。

 命までは取られないにせよ、決闘は決闘だもの。グレンさんが勝ったとしても、大怪我なんてことになったらどうしよう!


「グレンさん、本当にすみません」

「あなたは悪くないのだから、もう謝らなくてもいい」

「でも、いまだってそんな怪我をしているのに」

「ああ、これですか?」

 

 自分の手首をちらりと見て、


「たいした怪我じゃありません。侍医が大げさに処置してくれただけです」


 グレンさんが立ち止まる。つられて私も足を止めた。すると、グレンさんはまっすぐに私を視界に入れる。


「あなたがフィオナ嬢の侍女の代理をつとめるとバートから聞いて、嫌な予感はしたんです。ウェイン殿下が戻られたことも耳に入ったときだったので、なにごともなければいいと思っていました。が、案の定こんなことに」


 そう言うと、なぜか少し微笑んだ。


「けれど、おかげで堂々と日頃の鬱憤を晴らせます」


 眼光を強めながら、にやりとした。


「どうせ俺が勝ちます。なので、明日のことを気に止む必要はありません。そんなことよりも、俺の気がかりは他にあります」

「え?」


 グレンさんが笑みを消す。


「シエラ嬢の中の別人格のあなたについて、ずっと考えています。それが真実だと頭ではわかっていても、気持ちはなかなか追いつかない。つまり、まだ半信半疑です。なので――」


 目を丸くする私に向かって、グレンさんは真剣な眼差しを向けてきた。


「――明朝の決闘が終わったあと、本当のあなたについてもっと教えてください」


 グレンさんが私に近づく。いつになく距離が近い……っていうか、いろいろ問い詰められた今朝レベルで近いんですけれども!


「た、たいしたことはなにもない人生だったので、全然面白くないですよ?」

「面白さは求めてませんよ」


 ぐぐぐと顔を近づけてくる。


「俺は、ただ知りたいんです。あなたのことを」

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