第20話 ビバ! 仮面舞踏会[2]

 暴れん坊の第二王子ことウェイン殿下につかまってしまった。

 ダンスなんてできないし、相手が相手だ。なにがなんでも断りたい。でも、このお方の誘いを無下にしたらどうなるのか、想像するのも恐ろしい。間違いなく地獄を見るに違いない……なんて考えているうちに、ウェイン殿下はわたしの腕を引っ張り、広間に躍り出てしまった!


「さあ、ダンスで俺を楽しませくれよ、マリア」


 私の腰に腕をまわした。ああああダメだ、もう逃げられない。覚悟を決めて適当にやりすごすしかないっぽい!

 軽快な音楽がはじまって、誰もが楽しげにステップを踏む。見様見真似でぎこちなく対応してみるものの、初見でのりきれるほど甘くなかった。


「――痛っ」


 案の定、殿下の足を踏んでしまった。


「す、すみません……」


 気を取り直すも、ふたたび踏む。個人的にはいい気味だけれど、あきらかに喜べる状況じゃない。


「おまえ、まさかわざとやってるのか?」

「い、いえいえまさか! そ、その……」


 なにかうまい嘘をひねり出せ、私!


「あ、足を! 足を少し痛めておりまして……!」

「足?」


 ウェイン殿下はけげんそうに、仮面の奥の瞳を細めた。

 仁王立ちして固まっている私と殿下は、華やかに舞い踊っている周囲から浮きはじめ、悪目立ちしてしまう。やがて、一人二人と動きを止めると、私たちのまわりに集まりはじめてしまった!

 同時に、ウェイン殿下の口角が下がっていく。ご機嫌が斜めどころか急降下している証だ。

 マズい、ヤバい、いますぐここから逃げないと!


「……わ、わたくし、フィオナ様のおそばについていなくては。し、失礼いたします、殿下。わ、わたくし、これにて退散させていただきますわ!」


 きびすを返そうとした矢先、殿下の手が仮面に伸びた。


「待て。顔を見せろ」


 仮面をはずされそうになり、条件反射でとっさに避ける。

 それに激昂した殿下は、私の仮面の紐に指をかけて引っ張った。そのせいでカツラがずれ、短い髪があらわになってしまった!


「――まあ!」


 場が騒然となる。


「なんだ? おまえ――!?」


 ウエイン殿下が声を荒らげる。かろうじて仮面は死守したから、顔はバレていない。でも、剥ぎ取られるのは時間の問題だ。そんな地獄絵図、なんとしても避けたい……っていうか避けないと!


「す、すみません!」


 私はそれだけ言い捨ててバルコニーに逃亡し、庭園に続いている大階段を駆け下りた。


「おい、おまえ、待て!」


 ウェイン殿下が追ってくる。

 走りながら振り返ると、殿下のうしろにパリピな貴族たちもくっついていた。いや、あなたがたは踊ってていいんですよ! 暇人たちめ!

 ああ、最悪。どうしてこうなった? いや、いまはもう逃げることだけ考えよう。このままどこかに逃げ込んで明日になるのを待って、それで――!


「――!?」


 噴水の前に、見知った人影を発見する。見張りをしているグレンさんだ。そんなグレンさんも、ウェイン殿下とパリピを引き連れて逃げまわっている存在(※私)を見るや、ぎょっとした。


「そいつを捕らえろ、グレン! どこの馬の骨かはわからないが、男のくせにフィオナ嬢の侍女のふりをしていた不届き者だ!」


 ウェイン殿下がグレンさんに向かって叫んだ。

 いやいやそのフィオナ様に頼まれて侍女の代理をしていたんですよと訴えたいけれど、そんな余裕も暇もない。

 グレンさんが私を見る。と、私と目があった瞬間、バートさんから聞いていたのか私の正体と事情を察したらしく、血の気の引いた形相で固まった。そんなグレンさんを巻き込みたくない私は彼を避けるべく、彼が身動きをとれないでいるすきに全速力で迂回した――ものの。


「――うあっ」


 うっかりドレスの裾につまずいて、思いきり地面にダイブしてしまった!

 とっさに仮面は死守したものの、人だかりに囲まれる。もうダメだ…………終わった…………!


「よくも俺に恥をかかせたな。顔をあげろ、不届き者!」


 そう言って近づいたウェイン殿下は、へたり込んでいる私のカツラを剥ぎ取った。そのカツラを地面に放り投げると、私の髪を鷲づかみして顔をあげさせる。

 

「仮面から手を離せ!」


 夜の庭園を照らしているのは、王宮からもれる光と月明かりだけ。だから、仮面をとってもシエラさんにそっくりだと、はっきりは見えないかもしれない。でも、一度ならず二度までも無礼を働いた庶民だと知れたら、本気でただではすまない気がする。

 もしかして、最悪ガチの断罪?

 身震いしそうになったとき、とうとう仮面を取られてしまった。


「――あっ!」


 とっさに両手で顔を隠してうつむいたものの、むしろその一連の流れが既視感を誘ってしまったらしい。


「……なんだろうな、似たような場面をどこかで経験したような……」


 そうささやいたウェイン殿下は、はっとしたように息をのんだ。


「まさか、おまえ……俺を転ばせた庶民か!?」


 幽霊騒動のときのことを思い出しちゃいましたか。

 そうですよ、そのまさかですよ!

 また土下座して謝るべき? いやいやでもさ、私、なにひとつ悪いことなんてしてなくない? とはいえ、悪くなくても謝らなくちゃいけない場面って、世知辛い現実には山のようにあるわけで……。

 だけど、そういうことをするからこそ、この王子様もつけあがるんじゃなかろうか?

 それはいかん。この王子様の教育上、いかんですよ!


「……そうですよ。あなたに騎士見習いになれと命じられた庶民ですよ」


 そう口にしたとたん、これまでの恐れが怒りに変化した。


「あのときのことは、あなたを王子様だって知らなかった僕も悪いので謝ります。でも、今夜は違います」


 謝罪するどころか、蓄積されてきた理不尽さがいっきに思い出されて、とうとう口から本音が飛び出してしまった。


「誰にだって事情ってものがあるんですよ。僕が侍女のふりをしていたことにだって、理由はあります。そういう事情をなにも聞かず、勝手に騙された、恥をかかされたと思い込んで腹を立てて暴れまわるとか、一国の王子様のすることとは思えませんよ」


 パリピたちが息をのむ。耳が痛くなるほどの静寂に襲われて、だんだん頭の中が真っ白になってきた。

 え……待って。もっとやんわりした言い方できなかった? っていうか、いくらなんでもぶっちゃけすぎたかもしれない。

 いや、「しれない」じゃなくて確実に「すぎ」てる!

 だからって、いまさら謝るのも白々しい。それに全部私の本音だし、なんならすっきりしたまである。

 ええい、もういいや開き直ってやる。なるようになってしまえ――!

 

「――おまえ、剣を握ったことあるか」


 ウェイン殿下が立ちはだかり、私を見下ろす。


「まあ、ないだろうな」


 そう言ってにやりとすると、上着のポケットからおもむろに手袋を出す。それを見たパリピたちが、いっせいに息をのんだ。

 直後、ウェイン殿下は私に向かって、手袋を投げつけた。


「――明朝、決闘だ」


 女性たちは悲鳴をあげ、男性たちは歓喜する。ちょうどそのときだった。


「待って! お待ちください、ウェイン殿下!」

 

 人だかりから、フィオナ様の声がした。


「わけあって信頼できる彼に、わたくしが侍女の代理を頼んだのです。男性にとっては不名誉なことですから、正体を隠させたのはわたくしです。ですからどうか、わたくしに免じて――」

「そんなこともはやどうだっていい。これは俺の名誉の問題だ。こいつは庶民の分際で俺に無礼を働いたあげく、偉そうに説教までのたまりやがった。このままこいつを放っておくわけにはいかない。俺が直接、とどめを刺してやる」


 さすが殿下! と、あちらこちらから男性たちの声があがる。

 私は遠い目になった。

 決闘って……私、ほんとに終わった。ああ……シエラさんごめんなさい。あなたを幸せにするどころか、暴れん坊王子の手によって葬られることになってしまいました。

 できることならあまり痛くない感じで、一発で昇天できれば本望かな――。


「――殿下。俺が彼の代理になりましょう」


 え。

 突如聞こえた声に驚き、上目遣いに見る。

 グレンさんだった。

 すると、ウェイン殿下の取り巻きたちが言い放つ。


「訓練で負け続けのやつが決闘の代理とは、笑えるぞグレン!」

「殿下、いい機会です。目障りな男爵家の養子を成敗してやってください!」

「あっという間に決着がつくことでしょう!」


 笑いが起こる。その言葉に気をよくしたウェイン殿下は、グレンさんに向かって胸を張った。


「いいだろう。こいつの代理として許可してやる。明朝ここに来い。逃げるなよ」


 グレンさんは顔色ひとつ変えず、人だかりを向いた。


「フィオナ様、アシェラッド殿下への言伝を願います。結果がどうあれ、どうか俺やバート、隊の家族たちに影響が及ぶことがないよう、守護をお願い申し上げます、と」


 わかりましたというフィオナ様の返答に重なるように、いつからかいらしていたらしいアシェラッド殿下が姿を見せた。


「わかった。守護を約束しよう」

 

 まっすぐにグレンさんを見つめる。


「だから、いっさい手加減するな。僕が赦す」


 きっぱりと告げた。

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