第19話 ビバ! 仮面舞踏会[1]

 軽妙で優美な音楽。目の前で繰り広げられる、これぞ王宮という華やかな光景。

 私が足を踏み入れることなんてないと思っていた大広間は、目を疑うほどきらびやかで豪華だった。

 高い天井からいくつも下がるシャンデリア。その下では、孔雀さながらに着飾った仮面の貴族たちが踊り、笑い、そして堂々といちゃついておられた。

 国王陛下と王妃殿下、アシェラッド殿下はまだご登場なさっておられないのに、このはしゃっぎっぷりはいかがなものか。

 まさか、ここにいる全員が陽キャのパリピ……?


「マック、重ねてお礼を言わせていただきます。ありがとう」

 

 陽キャな貴族たちを上座から眺めていたフィオナ様が、うしろの私を振り返った。


「男性のあなたにこんなことを頼んでしまってごめんなさい。けれど、本当に助かりました」


 仮面越しの瞳をきらめかせて微笑む。ブルネットの髪を大人っぽく結い上げており、本日のドレス姿も最高に見目麗しい。


「い、いえ……。こ、このようなお役目、光栄でございます」

「殿方であるあなたには不名誉なことだとわかっています。ですから、今夜のことは秘密にしましょう。あなたは今夜、わたくしの侍女の遠縁の者……名前はマリアということにしておきます」


 それは本気で助かります!


「お気遣い感謝します。ありがとうございます!」


 フィオナ様が微笑まれた。ああ、最推しの笑顔に癒やされる……とはいえ、元伯爵令嬢→意図せず庶民の少年と間違われて騎士見習い→一夜だけの侍女代理(※イマココ)なわけで、いたずらがすぎる自分の運命を若干呪いたくもあったりなかったり……。

 

 私は遠い目になりながら、一時間ほど前の出来事を回想した。


 ドレス姿のバートさんと出くわした私はそのまま拉致られ、フィオナ様のもとに連れて行かれた。事情を説明するバートさんのドレス姿を目にしたフィオナ様は、屈強すぎる侍女の誕生にどこかあ然としておられ、結果、私にそのお役目がまわってきてしまったのだった。

 ドレスを用意され、別室で着替え、ブロンドのカツラをつけて仮面をつけた。

 仮面のおかげで〝シエラさん度数〟は皆無となり、着替えた私を見たフィオナ様もとくに驚いた様子はなかった。けれど、これがはずれたらおそらく大変なことになる。

 

 ――だって、シエラさんそのものの姿に戻ってしまうから!


 シエラさんがいくら死亡している設定といえど、陽キャなパリピ貴族たちの驚きは計り知れない。そっくりさんの騎士見習いのマックですとか言ったところで、はたして納得していただけるんだろうか。

 シエラさんは死亡している設定だけれど、もしも誰かが「生きていたのだ!」とか叫びだしたら? それで、もしかしたらメンズだと証明するため、全員の前でドレスを脱ぐはめになってしまったら?

 まあ、この胸ならいけなくはないかもだけれども、そんなこと避けるに越したことはない。なによりも、シエラさんを逃したグレンさんにまで多大なるご迷惑をかけるはめになるわけで!

 いまさら思う。せめてカツラの髪色くらいは変えるべきだったんじゃなかろうか……。ほんと、ときすでに遅しでいまさらだけれども!

 と、とにかく、こうなったからにはいたしかたない。これから約二時間程度。蝋人形みたいにおとなしくフィオナ様のおそばにいて、彼女を見守ることだけに集中しよう。

 そうそう、そうしていればきっと大丈夫。だから、うっかり仮面がはずれそうな行動だけは、なにがなんでも絶対にとらないぞ――!


「――義姉上あねうえ、元気そうじゃないか」


 慇懃無礼で不穏な声がうしろから聞こえ、振り返る。

 声の主を目にした私は、フィオナ様と同じく絶句した。

 仮面をつけておられても、栗色の髪と瞳、狡猾そうな唇で誰かはわかる。

 ええええ……うそだうそだ、今夜じゃなくて明日来い! いや、むしろ永遠に来ないでいただきたかったのに!

 切実な心の訴えが相手に届くわけもなく、ひたすら棒立ちで耐える。すると、フィオナ様が声を震わせた。


「……戻られたのですね、ウェイン殿下」

「ああ、ついさっきな。やはり田舎も田舎娘も最初は新鮮だが、すぐに飽きる」


 最低な発言をかました暴れん坊の第二王子は、私を見ると不敵に笑った。


「おまえのその髪色、いつものおばさん侍女じゃないな。新しい侍女か?」


 ウェイン殿下が、ずいっと私に近づく。


「名を教えろ――」

「――マリアです、殿下」


 即座に、フィオナ様が返答した。


「わたくしの侍女が体調を崩したので、彼女の遠縁のマリアが一晩だけ代理をしてくれます。それでもわたくしの侍女であることに変わりはありませんから、どうか無作法なことはお避けくださいませ」


 ふうん、とウェイン殿下は、私をなめるように見つめた。


「あとで踊ってやる。ダンスは無作法ではないだろ? むしろ、王子の誘いを断るほうが無作法だ。そうだろ、義姉上?」

「ええ……まあ……」

「主の許可が出たぞ。俺と踊れるんだ、ありがたく思え」


 私の運命の大バカ野郎、もっとがんばれと訴えたい。とうとうこの危機的な状況下で、一生分の不運を引き当てちゃったよ、こんちくしょう。

 ありとあらゆる悪態を、心の中でつきはじめようとしたときだった。

 国王陛下と王妃殿下、そして、アシェラッド殿下が姿を見せた。そのとたん、サッカーのワールドカップ会場ばりに、パリピたちが歓声をあげた。


「我が国王陛下!」

「国王陛下!」


 たしかに、そうなるのもわかる。実際、私もちょっと意識が遠くなりかけたもの。

 だって、上流階級の頂点、国の頂点におわす方が、私の半径三メートル内にいらっしゃるんですからね……!


 陛下をはじめとしてみなさま仮面をつけておられるものの、高貴なオーラがもれまくっている。陛下は背が高くすらりとしており、短く整えられた髪色はアシェラッド殿下のようなブロンド。鼻の下の威厳あるお髭も同色で、瞳は澄んだエメラルドグリーン。真紅の衣装をまとっておられ、気品ある立ち振舞いからイケオジっぷりがうかがえた。

 そんなイケオジ陛下に寄り添う王妃様は、小柄だけれど凛とした立ち姿で、これまた美魔女っぷりを発揮しておられる。神秘的で涼し気な灰色の瞳の持ち主で、きっちりと結い上げた髪は黒。そのせいでなぜか一瞬、グレンさんが女装をしたらこんな感じかもしれないなんて思ってしまった。

 そして、私的にいまもっとも避けたいお方、アシェラッド殿下は、私を一瞥すると興味なさそうに視線をスルーさせ、フィオナ様を見た。


「遅れてすまなかったね」


 機械的に薄く微笑む。そんな殿下に、フィオナ様は無言の会釈で応えた。

 なんだろ……お二人の仲が……とても冷えていらっしゃる……? っていうか、殿下が冷えていらっしゃるのか……?

 侍女になっている私への興味のなさ加減は心地よいけれど、殿下の笑顔も態度も私の知っているそれと違い、少し驚いた。

 なるほど。これが殿下の通常運転……。


「ウェイン、戻ったんだね」


 アシェラッド殿下が言うと、ウェイン殿下はふてくされたように苦笑した。


「戻って悪いか」


 呆れたように、アシェラッド殿下が息をつく。すると、陛下が口を開いた。


「ウェイン、本来であれば遠出などすべきではない時期だが、おまえは勝手にそうした。悪友の貴族らとつるむ年齢はとうに過ぎているというのに、面倒ごとしか起こさない。兄であるアシェラッドが不名誉な事態を乗り越えようとしている時期に、おまえはそれを支えもせず遊び呆けている始末……。いや、いい。今夜はよそう。みなの楽しみを奪いかねない」

 

 口をつぐむ。そうしてウェイン殿下の横を過ぎ、登壇すると手を叩いた。


「みなの者、今夜のはじまりである! さあ――音楽を奏でよ!」


 舞踏会がはじまった。

 舌打ちをしたウェイン殿下は、母親である王妃を見るなり、なぜかあざ笑う。


「公妾だったあんたの息子である俺は、陛下のお気に召さないらしい。なにせ、他界した正妃の息子である兄が優秀だからな。ってことは、俺の出来が悪いのは俺を産んだあんたのせいってことだ。せいぜい反省しろ」


 言い捨てると背中を向けて、仲間らしき集団と合流した……っていうか、いやいやいやいや、闇が深そうな事情がうっかりチラ見えしちゃったものの、それにしたって責任転嫁にもほどがあるんじゃないですかね!?

 やるせなさが込み上がってきた直後、うつむく王妃様にアシェラッド殿下が声をかけた。


「あなたのせいなんかじゃありません、エリーナ妃。あなたは僕にとって、いつも優しく聡明で温かい義母上ははうえでした。ウェインの責任は、すべてウェインのものです。もう成人しているのだから」


 王妃様が微笑んだ。


「ありがとう、アシェラッド殿下。我ながら情けないことですが、いつもあなたに救われています」

 

 そうは言ってもウェイン殿下の言葉が気になるのか、伏し目がちに陛下のもとへと向かっていった。


 軽やかな音楽が広間を包み、陛下と王妃様が踊る。貴族たちもそれにあわせて踊り、笑い、人生を謳歌する。そんなパリピたちを無表情で眺めていたアシェラッド殿下は、ため息交じりにフィオナ様を振り返った。

 そしてまた、ロボットのような無機質な笑みを浮かべる。


「じゃあ、僕らもそろそろ踊ろうか、フィオナ嬢。みんな、それを期待しているだろうからね」

「ええ……そうですわね」


 差し伸べられた彼の手に、フィオナ様はご自分の手を添えた。

 仮面越しのその横顔は、なぜかいまにも泣き出しそうに見えてしまった。

 まあ、私の勘違いかもしれないけれど……。



 * * *



 ……いや、私の勘違いじゃありませんでした。


 二曲踊り終えたフィオナ様とアシェラッド殿下は、貴族たちの祝福を受けつついったん退場した。


「わたくし、少し外の空気にあたってきますわ」

「わかった。僕は上座で休むよ。ああ……なんとバカバカしい。一刻も早く終わって欲しいな」


 疲れきったようなその言葉を耳にしたフィオナ様は、「そうですわね」と笑顔で同意しつつ、逃げるようにバルコニーに出た。

 そして満点の星の下、さめざめと泣きはじめてしまったのだった。


「ごめんなさい、マック。あなたにこんな姿を見せてしまって」

「い、いえ、どうかお気になさらず。誰にも言いませんから」

「……ありがとう。感謝します」


 フィオナ様はかすかに微笑み、ハンカチで涙をぬぐった。


「……わたくしがなにをしても、どんなに着飾っても、あの方は興味をしめさない。いつも微笑んでいらっしゃっても、それが本心ではないことくらい、わたくしだってわかっているの。けれど……もう耐えられないかもしれない」

「え。た、耐えられない……とは?」

「そのままの意味です。もちろん、自分の立場も期待されている役割もわかっています。だからこそ、シエラが――前の婚約者があのようなことになり、わたくしに白羽の矢がたったとき、身も心も殿下に捧げる決意をしました。けれど……」


 仮面越しに私を横目で見て、苦く笑った。


「……きっとわたくしも、愛のない結婚を強いられた数多の令嬢たちのように……いずれ愛人をつくって適当に遊ぶ王太子妃になるのでしょう――」

「――い、いやいや! それはダメですよ!」

 

 思わず言ってしまい、フィオナ様が目を丸くする。


「……え?」


 こんなにきれいで聡明な方が、パリピの頂点みたいな女子に豹変するなんてことがあったら、私は一生神様を恨みますよ。まあ、神様なんてもともと信じてないけれども!

 そもそもアシェラッド殿下がどうかしてる。なにもかもが仕事になってしまってるとかなんとか言っていたから、きっとフィオナ様のこともちゃんと見ていないんだろう。

 あげく、見習いの騎士をお気に召しちゃっているんだから、さっさと目を覚ませと訴えたい……とまで考えて、はっとした。

 待てよ。たとえばその騎士がフィオナ様を褒めちぎったら、殿下もだんだんフィオナ様が気になりだして、お気持ちも向かいはじめたりしない?

 それでうまくいけば、見習い騎士(※自分)のことだって眼中になくなるかも?


 ……私、天才かもしれない。これぞ、一石二鳥じゃないですか!?


「フィオナ様、大丈夫です……ってなんの根拠もないですが、僕も協力いたしますのでまだあきらめないでください!」

「え?」


 興奮した私は、フィオナ様の両手をとって強く握った。


「それに、もしもなにかお困りのことや、誰かとおしゃべりしたいけれど適切な相手がいない……なんてときには、どうぞ遠慮なく僕にお申しつけください! いつでも飛んでまいります。僕はフィオナ様の味方です!」


 推しなので!

 目を見張ったフィオナ様が、私を食い入るように見つめてきた。と、じわりと頬を赤らめると、焦ったように手を放した。


「……ま、まあ! あ、ありがとう、マック。嬉しいわ。け、けれど……あなたをわたくしのおしゃべり相手にするだなんて、そんなこと、あまりいいこととは言えません。もちろん、お気持ちは嬉しいけれど」


 あれよという間に顔が赤くなっていく。


「ふ、二人きりはよくありませんわね。そろそろ広間に戻りましょう」


 恥じらったように私から視線をそらし、背中を向けた……っていうか。

 あれ? なんだろう、この、ちょっと意識されてるみたいな感じ……?


「え」


 いま気づいた。私、殿方――メンズ設定だったんだった!

 そんな人間が、王太子の婚約者の両手を握って「困ったらいつでも呼びつけちゃってください☆」とか言ってしまったわけで、それこそまるで言い寄ってるみたいな絵面疑惑。

 や、疑惑じゃない。まんまだし!


「ちょっ!――ち、違いますよ、そうではなくてですね!?」


 顔面を蒼白させた私は、誤解を解かねばという一心でフィオナ様を追いかける。彼女に遅れて広間に入ったときだ。

 突然、うしろからぐいと右腕をつかまれた。


「ひっ!」

 

 飛び上がって振り返る。そのとたんに私の顔面は、蒼白を通り越してもはや純白。いや、いっそ透明になっていますぐに消えてしまいたい。


「見つけたぞ。さあ、ダンスの時間だ。マリア」


 ウェイン殿下がにやりと笑んだ。

 やだもう、私ってばモテモテ♡……なんて思える余裕、たったいまバルコニーに落としてきたところなんですよ、ちくしょうめ!

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