第18話 侍女代理、爆誕?

「え」


 自意識過剰とかではなく私の判断が正しければ、もしやアシェラッド殿下は恋心めいた告白を、あろうことかこの私に対してなさっている……?

 頭の中が真っ白になっていく私とは対称的に、殿下の眼差しは真剣そのものだ。これは……どういう感じになるんだろう。三角関係? いや、殿下にはすでに婚約者がおられるわけなので、もはや結婚していると同義。ということは、ドロドロの大人向けドラマ的ないわゆる不適切な関係を意味したりして?

 つまり、その名もふ・り――。


「――殿下、落ち着きましょう」


 私は殿下を眼光強めに見返した。

 恋愛経験ゼロからの〝不倫〟とか、お味噌汁も満足に作れないのにフランス料理のフルコースを作るみたいな無謀さだ。っていうか、そもそも畏れ多すぎて、殿下(※遠い世界のレベチな住人)に対してそんな気持ちを抱いたこともない。

 とはいえ、シエラさん的にはこれって嬉しい展開なのかな。だって、元婚約者が好ましいと思ってくれているわけなのだから、たとえ不適切な関係だとしてもウェルカム?


 い、いや――たとえそうだとしても私は無理です、すみません!


 しかも、殿下は私を男性と信じて疑っていないから、ご自分を同性を好むタイプなのだと激しく勘違いなさってしまっている。そのせいで現婚約者であるフィオナ様にまで、殿下の勘違いが飛び火しかねない危機的状況だ。

 まったく、どうしてこうなった? 私、殿下の前でうっかり頬を赤らめるようなこととかしたかな。いや、してない。それだけは断言できる。

 理由は謎だけれど、こうなってしまったからにはしかたがない。

 殿下自身の勘違いを、なんとしてでもいますぐに訂正していただこう!


「で、殿下。僭越ながらその感情は、勘違いと思われます」

 

 圧強めで断言する私を、殿下はまばたきもせずに見つめる。それにもかまわず、私は言葉を続けた。


「殿下はきっと、お仕事で疲れていらっしゃるんです。なので、お仕事に関係のないこの場所と、ここを見張っている僕に対して、現実逃避的なお気持ちを抱いておられて、おそらくそれを心地よいと感じていらっしゃるだけなのだと思われます!」


 熱弁する私に、殿下は晴れやかな笑みを向けてくる。


「わかっているよ。はじめは僕もそう考えた。けれど、ここへ来られない間、きみに言われたことを思い返したり、きみのことを考えたりすることが本当に楽しかった。早くここへ来て、きみに会って話したくてたまらなかった。こんな気持ちを抱いたことは一度もないんだ。それで、きみへの気持ちに気づいてしまったんだよ」

「し、しかし……お会いするのは本日で二度目ですよ?」

「きみの印象が僕にとって、それほど強かったということだ」


 なるほどですね……じゃない! ダメだ、言いくるめられる。もっとがんばれ、私!

 意を決し、反論できるネタを脳内に集結させようとした矢先、殿下が言った。


「一方的な感情をぶつけてしまったけれど、後悔はしていない。僕には婚約者がいるし、三ヶ月後には王太子夫婦となる。どうにもならないことだとわかっているから、きみとの関係はこのままでありたいと思っている。つまり……いい友人だ。けれど――」


 握っていた私の手に、ご自分の指をからめてくる。これはいわゆる……恋人つなぎ的な感じのやつ!?


「――もしかしたら、きみを僕付きの世話係に指名するかもしれない」

「え」

 

 それはマズい。関係性が近くなりすぎたら、おそらく除隊だって難しくなる。結果、ずっとこのブラックな王宮にとどまるはめになってしまう! もちろん、そのほかにだって問題は山積みだ。ただでさえややこしい状態なのに、もっとからまりまくった事態に発展しかねない。

 それに、もしもうっかり裸を見られでもしたら? ヤバいマズいどうにもならない。

 そうなったらもう、逃げ場なんてなくなる!


「ぼ、ぼぼ、僕は庶民ですので、殿下のおそばはあまりにも身に余りすぎですし、周りの方々もよくは思われないでしょう」

「かまわないさ」


 そう言って、私の手の甲にそっと口づけした。

 ああ、なんという甘い系イケメン……殿下のまつげ長い……けれどいかん。これはいかんですよ! トキメキ度数が急上昇するどころか、いっきに血の気が引いていく。

 青ざめる私を尻目に、殿下がささやいた。


「きみが女性なら、僕の公妾にしていたのにな」

「え」


 でも、と殿下が私を上目遣いに見た。


「男性でよかったのかもしれない。きみが化粧をしてドレスで着飾っていたら、誰もが知っている令嬢に似すぎていて、驚いて卒倒する者が多かっただろうから」


 名残惜しそうに、私の手を離す。


「本当に……まったく興味を抱けなかった令嬢にきみはそっくりだ。けれど、似ているのは姿だけで全然違う。きみは、僕のことが嫌い?」


 さらっと痛いことを言われた気がするけれど、気にする余裕すらない。


「い、いえ……そんな、めっそうもないです」

 

 というか、そこまでの感情がわくほど知らないので、正直戸惑いまくりです。

 若干引き気味で返答すると、殿下が爽やかに微笑んだ。


「それはよかった。じゃあ、これからも心置きなくきみに会い来るとしよう」


 

* * *



「うう……どうしてこうなった……?」

 

 暗くなりはじめた空の下、よろめきながら第三書庫を離れて官舎に向かう。

 殿下がお帰りになられてからいままで、生きた心地がまったくしない。そんな精神的疲労のせいか、かつてないほど長い一日に感じてしまう……。

 今宵も王宮の母屋では舞踏会が開かれるらしく、豪奢な箱馬車から続々と姿を見せる貴族たちが遠くに見えた。こういった催しものは、三ヶ月後のアシェラッド殿下とフィオナ様の結婚式がおこなわれるまで定期的に続くらしい。

 

 しかし、困った。

 なにしろその未来の新郎が、一人の騎士見習いをお気に入りだと申してしまったからだ。

 そう――その人物とは、あろうことかこの私でした!


 うおおおおおと両手で頭をわしづかみそうになった矢先、ドスドスという足音が通路の奥から聞こえ、顔を向ける。目の周りを華やかな仮面で隠し、窮屈そうにドレスを着こなした筋肉隆々なご令嬢が、ブロンドの髪をなびかせつつ近づいてくるお姿が視界に飛び込んだ。

 ドレスの裾を持ち上げてはいるものの、白タイツの脛が丸見えの丈なので意味がない。それにしても、ものすごく強そう。

 なんだか女装したバートさんに見えなくもないような――。


「――おお、マックじゃないか!」


 まさかのバートさんだった……っていうか!


「バ、バートさん!? その格好どうしたんですか?」


 駆け寄ってきたバートさんが、私の目の前でピタリと止まった。


「フィオナ様の侍女が体調を崩されたので、その代わりだ」

「え?」


 バートさんによれば、フィオナ様はよほど信頼している者しかそばに置かないそうだ。なので、現在侍女は一人だけ。

 この国では、地位の高いご令嬢は社交の場に侍女を伴うのが習わしらしい。その侍女がいないとなると、欠席するのが礼儀だそうだ。けれど、フィオナ様としては今夜の仮面舞踏会を主催した国王陛下の面目を潰すわけにいかず、侍女の代理をたてることにしたらしい……のだけれども。


「フィオナ様がそばに置いてもよいと思えるご令嬢が皆無でな。そうであれば男女問わずに信頼している者は誰かと考えたところ、ありがたいことに俺やグレンだったそうだ」


 今夜は仮面舞踏会なので顔は隠れる。嫌でなければドレスやカツラを用意するので、侍女の代理をしてほしいというフィオナ様直々のお手紙を内密に賜わった結果、たくましいご令嬢が爆誕したのだった。


「本当はグレンに頼みたかったし、フィオナ様もそのつもりだったんだろうが、残念ながら午後の合同訓練で腕を怪我してしまってな」

「えっ!?」


 月に数回、西側と東側の官舎の騎士たちは一緒に訓練をする。今日がその日だったらしい。


「怪我はたいしたことじゃないが、あいつが勝つと面倒なことになるから、常に負けて弱く見せているんだ。本当は誰より腕が立つというのに」

「面倒なこと?」

「西官舎の騎士たちは、俺たちよりも上流貴族のご子息だ。訓練とはいえ、そんな彼らを相手にして勝てば、東官舎の俺たちどころか両親までもが社交界からつまはじきにされかねない。現に過去、グレンはそれを一度経験している。以来、あいつは勝つことをやめてしまったんだ」

「えええ……? そんなの理不尽すぎですよ!」

 

 バートさんは息をつき、苦く笑った。


「くだらんよな。けど、それが王宮ここだ。おかげで西官舎の騎士たちは、あいつの本当の剣の腕を知らず、甘く見て乱暴な攻撃を仕掛ける。結果、あいつは怪我をするはめになる。悔しいがどうしようもない悪循環だ」


 医務院での侍医さんの言葉を思い出した。


 ――誰よりも手練れであるのに、立場上負けることを暗黙で強要されるので、訓練では人一倍怪我が多い。


 ままならないのが社会の常識かもだけど、この王宮はままならないことが多すぎじゃないですかね……。うーん、もやもやがすぎる!


「そういうわけでな、包帯姿の侍女というのも物騒だろ? だから、ドレスなんか似合いもしない俺が代理になったというわけだ」


 がしがしとカツラの髪をかき、仮面の奥の目を細めて苦笑した。


「……しかし、本音を言えばフィオナ様のためにも、もっとこう……ちゃんとご令嬢に見える者のほうがいいんだがな……」


 自信がなさそうだ。


「今夜だけのことでしたら仮面をしてますし、ちょっと腰を低めな感じにしてじっとしていたら大丈夫ですよ、バートさん」

「そうなんだが、俺じゃあまりにたくましいかと思ってな」

「そういうご令嬢がいてもいいじゃないですか。そのほうがフィオナ様を頑強にお守りできますし!」


 力づけると、バートさんは「ははは!」と笑った。


「そうだな」

「はい!」

「よし、なんとか今夜をのりきろう」

「はい、がんばってください。それでその、ちなみにグレンさんは?」

「今夜は人の出入りがとくに激しくなりそうだから、舞踏会が終わるまでは庭園の見張りだ。怪我は心配するな。本人はいたって元気だから」


 元気と聞いて、ちょっとホッとする。もちろん、もやもやはおさまらないけれども。


「わかりました。じゃあ、僕は官舎に戻ります。みなさんの剣、磨いておきますね」

「ああ、そうだな。よろしく頼む――」


 バートさんとすれ違う。そうして、意気揚々と官舎に向かおうとした、直後。


「――って。いや待て、マック」

「はい?」


 振り返ったバートさんが、まじまじと私を見つめてくる。


「……そうだった。フィオナ様はお前のことも、好意的な文面で綴っておられた。思い返せばあの文面だって、信頼しているのと同義。いまのいままで思い浮かばなかったが、俺よりもグレンよりも、侍女の代理に最適な相手がいるじゃないか!」

「えっ? それ、誰ですか?」


 バートさんの真っ赤な唇が、にっこりと弓形になった。


「おまえだよ。マック」

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