第17話 お気に入りのターン

 ――シエラさんとの確執がなくなる=マズい。


 いつものように無人の第三書庫を見張りながら、今朝方の暗号みたいな謎の等式について考えている。グレンさんのこの等式を説明してくれる天才、急募したい……。

 そう思う一方、実はうっすらと解答めいた考えがぼんやりと浮かんできてはいた。


 そう。それはLではじまりEで終わる、私の人生にもっとも無関係だったジャンルイベント。

 つまり、ラブ的な方向――グレンさんが私を好きかも疑惑!


 いやいや、まさかそれだけはないない。自意識過剰にもほどがある。グレンさんに失礼というものですよ。

 だってさ、この私だよ?……って、いや待って。そうだった。

 いまの私、ワガママボディならぬワガママフェイスの大人女子じゃなく、美少女が男装しているというおいしすぎる見た目だから、もしかしてそれもなくはなかったりするかもなんだった!


 え、うそ……。そんなことある? ありえたりする!?


 ラブ的なことなんて、ハードモードだった私の人生に設定されていないイベントすぎて、いまさらふってこられてもどう対処したらいいのかわからない。だってそんなの、私にとっては皆無がデフォルト。むしろそれに慣れすぎて、あったら困るまであったりする。

 もちろん私の中のそれ系統の感情だって、中学生のトラウマ以来きれいさっぱり消し去った。だからこそ友情めいた関係性のみが、ギリ自分にもあるかもしれない奇跡の範囲だったのに。

 それなのに。そんな私なのに。

 ここへきて想定外のラブがふりそそぎそうになってるとか……ありえなさすぎて逆に震える!


「……れ、冷静になろう」


 違うかもしれない。そうそう、きっとなにか違う方向のことだ。たとえば、そうだな……って、なんだろう? 困った。こっちこそマズい事態におちいってる。

 いったんそうと思ってしまったら、もうそれ以外の考えがまったく浮かばないぃぃぃ!


「……ドアを向いて頭を抱えて、どうした?」


 聞き覚えのある美声に飛び上がり、振り返る。お会いするのは、ここでお見かけして以来だ。


「ア、アシェラッド殿下。し、失礼いたしました!」


 すぐに向きなおり、敬礼する。悩ましい思考にのまれすぎて、高貴な足音にも気配にもまったく気づけなかった……。


「やっとここへ来られる時間ができたんだ。堅苦しいのはやめてもらいたいな」


 そう言うと、抱えていた布包をお歳暮を差し出すかのごとく、見せてきた。


「仕事にいっさい関係のない、純粋に好きなものを思い出すのが難儀でね。諦めかけていたとき、サイアム先生ときみのおかげで思い出せたよ」


 布包を開ける。サイアム先生の贈ったパズルがあった。


「僕は、こういった古いものに愛着を感じる。地図や月球儀も好きだけれど、やはり仕事を思い出してしまう。だから、からくりで動く車の玩具や、くちばしを動かせる鳥の置物のような、古くて他愛のない玩具にほっとするんだ。子どもを喜ばせる以外、使いみちのないものだからね」


 そう言って、殿下が微笑む。


「昼寝をするとうそをついて逃げてきた。いつもよりも少し時間があるから、一緒にこれを完成させてくれないかな?」



* * *



 五百ピースほどの簡単そうなパズルだったのに、消えかかっているヘタウマ絵のせいで難易度が増していた。

 書庫内の天窓から日差しがふりそそぐ中、向かいあって円卓に座り、ああでもないこうでもないとお互いにピースを探る。


「……意外に難しいな」

「とりあえず角っぽいのを集めましょう、殿下。こういうのは角とか端っこから攻めていくのがいいんです」


 アシェラッド殿下が笑った。


「詳しいね」


 パズルの常識ですよ、殿下!


「よし、せっかくだ。この左側が僕、右側がきみとして、どちらが早く仕上げられるか競争しよう」

「いいですね。承知いたしました!」


 しばらく無言でパズルに熱中する。パズルなんて、たぶん幼稚園でやったとき以来だ。まさか大人になってからでも、こんなに楽しめるなんて思いもしなかった。


「……どうにもここのピースが見当たらないな」

「殿下が思案なさっている間に、僕のほうは埋まってまいりましたよ」

「本当だ、まいったな。きみのほうが簡単だったのかな?」


 そうかもですねと私が笑うと、殿下はわざとらしく悔しそうな顔をした。


「うーん。僕がきみの側を担当すべきだったな」

「決めたのは殿下ですよ」


 今度は殿下が笑う。


「たしかに」


 私の担当ゾーンが、どんどん埋まっていく。それにしても、湖畔に横たわってるっぽいこの毛に覆われた動物ってなんだろ……まさかワニ? だとしたらヘタウマがすぎる……。

 対するアシェラッド殿下のゾーンも、着々と埋まりはじめた。と、そのとき。


「ピースが足りない気がする」


 殿下がふと手を止めた。空いている箇所と残りのピースを数えてみる。


「ひとつ足りないみたいです」

「パズルを広げたときに落としたかな」


 椅子を引いた殿下がしゃがみ、テーブルの下を探し出す。私もテーブルの下に潜り込み、床板の溝を視線でなぞりはじめた、その直後。

 テーブルの脚に隠れて落ちているのを、発見した!


「あ! ありまし――」


 ピースをつまんだ私の手に、


「――見つけた」


 殿下の手がとっさに重なった。同時に発見したらしく、行動がかぶってしまったらしい。

 殿下と目が合う。お顔が近い……っていうか、なぜか手を離していただけない。え、どうしたんだろ。このピースで勝負が決まるわけじゃないですよ?

 私がびっくりして目を丸くすると、はっとしたように殿下が手を離した。


「す……すまない」

「い、いえ……?」


 いまの、なんだろ? あ、そっか。私の顔を間近で見てしまい、あまりにシエラさんにそっくりだから動けなくなったのかもしれない。きっとそうだ、それだ。

 ピースを拾ってからなんとなく気まずくなって、静寂のままパズルは仕上がった。ちなみに私と殿下、同時に終わった。


「で、できましたね!」


 妙に重苦しい空気を変えたくて、元気いっぱいに言ってみる。けれど、殿下の表情はどことなく悩ましいままだ。


「……うん。そうだね」

「こ、このパズル……箱にしまいますか?」

「いや。しばらくこのテーブルに飾っておきたい。きっと誰も来ないだろうしね」


 私はうなずいた。だけど、待って。それだとフィオナ様とは遊べないのでは? いや、すでに楽しんだあとだったのかな。


「あ、あの……このパズル、フィオナ様ともなされましたか?」

「いいや。なぜ?」


 即答された。さようでございましたか……。私が妄想していた仲睦まじいお二人のシーンが砕け散って、残念無念です。


「こ、このパズルをフィオナ様にお渡ししたのは僕なので、てっきりお二人でお楽しみいただけたあとだったのかなと、ふと思いましたので……」

「僕は彼女とあまり一緒に過ごさないし、ほかの誰とも過ごしたりしない。……きみを除いて」

「え」


 殿下が突然、衝動にかられたようにふたたび私の手を握った。驚きのあまり固まる私を、殿下はまばたきもせずに見つめてくる。


「……ここできみと話したときから、ずっと考えていたことがある。それで、どうして僕が誰にも興味を抱けないのか、わかった気がした。今日、それが確信に変わったよ」


 私の手を強く握り、瞳をきらめかせた。


「――たぶん僕は、一緒にいて楽しい男性のきみを好んでいる。それはつまり、女性を愛せないということだ。だから、僕はいままでどんなご令嬢にも惹かれなかったんだ」


 ……………………うん?

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