第12話 エブリン伯爵の罪

 アシェラッド殿下と第三書庫で出会ってから、数日。

 お忙しい殿下に推し活めいたことをご提案してよかったのか、いまさら若干後悔しつつ、本日も朝から誰も来ない場所の見張りをしている。

 お茶会、晩餐会、舞踏会と華やかなイベントが連日おこなわれている王宮の片隅にいて、考えることといえば例の殿下のお言葉だ。


 本当にシエラさんのこと、なんとも思ってなかったんだろうか。

 恋愛感情はなくても、せめて友情めいたお気持ちくらいはあったと思いたい……。


 直接そんなふうに訊ねたわけじゃないから本心は謎だけれど、もしもその感情すらなかったとしたら残念だ。正直私本人としては、殿下のお気持ちがどうであろうとかまわないんですよ。でも、なんのご縁かこうなってしまったからには、やっぱりシエラさんの味方でいたいわけで。


 うーん……。殿下にお会いできないからこそ、もやもやが消えるどころか増幅していく!


 窓の光景を、気難しい顔で眺めていたときだ。


「おや」

 

 突然の声にびっくりし、とっさに視線を向ける。眼鏡をかけた高齢の男性が、杖をついて立っていた。短くととのえられた白髪、小柄だけれど背筋はすっきりと伸びていて、濃紺色の上品な上着で着飾っている。間違いなく貴族だ。


「見張りとは珍しい。それともサボりの騎士見習いかな?」

「い、いえ、サボってはいないです。近衛騎士バート隊所属、騎士見習いのマックと申します」

「なるほど。では、バートの隊の新米か」

「そうです」

「見ない顔だが、一族の家名は?」

「あっ……と、庶民です。これにはわけがありまして……。その、すみません」

「なぜ謝る? わけありとはいえ、きみのようなチャンスに恵まれる者はそういない。経緯は知らないが、堂々としているがよろしい。こちらこそ、日々の癖で失礼なことを訊いたね。いけすかない貴族社会のくだらん慣習だ、忘れてくれ」


 にこやかな表情で、上着のポケットから鍵を出す。このお方は、もしかして?


「書庫長さん……でしょうか?」

「いかにも。私はヘクター・サイアム。みんなは私をサイアム子爵ではなく、サイアム先生と呼ぶ。陛下しかり」


 書庫の扉を開けながら、私を見て微笑んだ。


「ときに、飴玉は好きかね、少年?」



* * *



 私に飴玉をくれたサイアム先生は、どこからどう見ても優しそうだ。目だってちゃんと笑っているし、全然怖そうには思えない。どうしてウェイン殿下が避けているのか謎すぎる。

 もしかして、ウェイン殿下に対してだけ怖かったりして。もしもそうなら、この先生に一生ついていける。


「なにかお探しの書物でもあるんですか?」

「いかにも。しかし、書物ではない。どこかに古いパズルを隠しておいたはずなのだが、はたしてどこだったかな……」


 杖をつきながら書棚を探していく。


「パズルですか?」

「さよう。そのパズルをここで見つけたとき、まっさきにアシェラッド殿下が思い浮かんでね。殿下は古いものを好まれるから、お誕生日に差し上げるつもりで隠したのが悪かった。あのようなことがあって、パズルどころではなくなってしまった。すぐに差し上げればよかったと後悔しているうちに、とうとう今日になってしまったというわけだ」


 心もとない足取りで、しゃがんだり背伸びをしたりして、息をつく。

 あのようなこと――って、きっとシエラさんやシエラさんのお父さんにまつわることだろうな。


「自分が隠したもののありかを忘れるとは、まったく老いたくはないものだ」

「お手伝いします。先生はどうぞ座って待っていてください」

「それはありがたい。助かるよ」

 

 私は書棚をすみずみまで探す。そうしていると、ふいに先生が言った。


「かつて、きみの顔によく似たご令嬢がいた」

「えっ」


 ぎょっとして振り返ると、先生は少し寂しそうに笑っていた。


「似ていたというだけで、きみとはまるきり別人のことだ。我がもの顔で王宮を闊歩し、気に入らないものはみな罵倒して貶め、己から遠ざけていた。友であった父親のエブリン伯爵は、ここに来ては頭を悩ませていたものだ」


 言葉をきり、嘆息する。


「娘を高貴ととらえるか、わがままととらえるか。はたしてどちらが正しいのか……と」


 ああ……と私は遠い目になる。

 本音としては高貴であってほしいけれど、グレンさんにも失礼な態度だったようだし、だんだんわがままお嬢さん説が優位になってきて、味方でもかばいきれなくなってきてる……!

 気まずくなる私を尻目に、サイアム先生は言葉を続けた。


「奥方を病で亡くしたエブリン伯爵は、幼いご息女を一人で育てていた。甘やかしていたことは事実だけれど、彼が立派な方だったことに代わりはない。だからこそ、いまでも私は残念でならない」


 私ははっとする。いまなら気がかりだったことが、わかるかもしれない。


「あの……エブリン伯爵は断罪されたと聞いています。どうして罪に問われたのですか」

「庶民であれば詳しい事情を知らないかな。一人前の騎士を目指しているのであれば、知っているべきことだ。伯爵は自国の重要な情報を、他国に流していた。ようするに、密偵だったのだよ」

「――密偵!?」


 隣国のほとんどは友好国で、有事の際には助けあう連合関係にある。けれど、そうではない国ももちろんある。微妙な均衡が少しでも崩れれば、即攻められてしまう。その可能性に、常にさらされている状況なのだそうだ。

 エブリン伯爵は、自身の得た内密な情報を他国に流し、その代わり他国に土地を得ていたのだと先生は言った。


「どこからともなく噂が流れたものの、はじめは誰も信じなかった。しかし、決定的な証拠が屋敷で見つかり、あとは誰もが知っている結末となった」

「証拠ってなんですか」

「他国の内務大臣のサインが入った、土地の売買契約書。そして、懐中時計」

「懐中時計?」

「密偵は直接会うことが多い。相手に名を明かすことなく味方だと知らしめるため、お互いにその時計を見せあって、情報の受け渡しをおこなうのだ」


 他国製の懐中時計は仕組みに特徴があるうえ、裏面の小さな紋章はあきらかに他国の王家のもので、簡単には手に入れられないものだったらしい。これらが証拠となって、エブリン伯爵は捕らえられた。最後まで無実を訴えていたものの信じてもらえるわけもなく、哀しい終焉を迎えてしまったのだった。

 現在、エブリン伯爵のお屋敷や領地、そのほかもろもろの資産は王家が管理しているとのことで、いずれほかの誰かに渡るだろうと先生は語った。

 ぼんやりしていた事実をはっきりと突きつけられ、私は言葉を失う。証拠があるなら、たしかに逃れられない。きっと本当に密偵だったんだ。


 信じたくないけれど、受け止めるしかないのかな……。ないんだよね、きっと。

 

 がっかりと肩を落としつつ、パズルを探す。書棚にかかるはしごに手をかけようとした矢先、ちょうどその奥の書物の上に、色のあせた平らな木箱を見つけた。


「あっ! もしかしてこれですか?」


 まるで木工道具でもおさまっていそうな頑丈な木箱で、銅製の留め金がついている。それを取り出して先生に見せると、笑顔になった。


「おお! それだ、それだ。ありがとう、マック」


 『楽しいあそび』と記された箱には、完成図としていろんな動物たちが描かれてあった。中にはクマとライオンが合体したみたいな謎の生物もいて、ヘタウマタッチが妙に味わい深くてかわいい。


「面白い絵柄ですね」

「無名の職人が、実際に見たことのない動物をイメージして描いたのだろう。ピースはすべて細やかな木製で精巧。かつての王家のご子息やご息女らの玩具だったのだろうと思う」


 そう言ったサイアム先生は、上着のポケットから封書を出した。


「ちょうどいい。この手紙と一緒に、パズルをアシェラッド殿下に届けてくれないかな、マック」

「えっ?」

「びっくりしてどうした。こういった伝書鳩めいたことも、騎士見習いのおつとめであろう?」


 そうなんですけど、王宮をうろうろしてウェイン殿下に出くわしたら……と考えて、そういえばしばらく王宮には戻らないんだったと思い出す。だけど?


「せっかくの品物なので先生が直接お渡ししたほうが、殿下は喜ばれるのではないですか? それにお忙しい方なので、もしかするとご不在かもしれないですし……?」

「たしかに。しかしこれは、この老いぼれに親切にしてくれたきみへのお礼なのだよ、マック」


 私が戸惑うと、先生は笑った。


「殿下がご不在であれば、側近のものが受け取ってくれる。もちろん私も殿下にお会いしたい。しかし、誰も来ない王宮の片隅で見張りをしている哀れな騎士見習いに、王族の方々とお近づきになる機会を与えてあげようという私なりの謝礼のつもりだったのだが。いやかね?」

「い、いえ! お気遣いありがとうございます。いやではないです!」


 ウェイン殿下がいないなら、ぶっちゃけ王宮の中をちゃんと見てみたい。なにしろいまのいままで、満足に観光できていないんだもの。ただし!


「すみません……。殿下のいらっしゃるお部屋までの地図を、ざっくりでもいいので書いて教えてください……!」

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