第6話 今夜は無礼講

 え、バレた?……ってか、拾ったマントで絶対バレてる。だって、そもそもグレンさんが私にくれたものだもの。


「今夜は無礼講だ。来いよ、坊主。うまい飯食わせてやる」

「えっ」

 

 気さくそうな兄貴的騎士様が、犬を抱き上げながら言う。グレンさんの顔面が蒼白した。

 うん、確実にバレてますね……。

 私だってバカじゃない。たとえ庶民オブ庶民な男の子に見えるとしても、顔はそっくりそのままシエラさんだ。いくら死亡設定とはいえ、自分が王宮の敷地内に入っちゃダメなことぐらいわかってる。

 というか、そもそも入るつもりなんかなかったし入る予定でもなかったから、ここまで来てしまったわけでしてね……?


「い、いえいえ! わた……僕みたいな庶民が入れる場所じゃありませんので、失礼しまっす!」


 グレンさんが目を見張る。本当は、もうなんだってめちゃくちゃ食べたいですよ。だって、朝からいままでなんにも口にしてないんだもの。でも私がシエラさんだってバレたら、私を逃したグレンさんにも飛び火しそう。指輪も返せるチャンスだけど、ここは泣く泣く立ち去るしかない。

 すみません、グレンさん。指輪、隣国から送ります!

 くるんときびすを返した直後、一台の箱馬車が東門から向かってくるのが見えた。あれよという間に近づき、ピタリと停まる。すまし顔の御者がドアを開けると、ドレス姿のふくよかな女性がおりた。


「――ああ、よかった! ダメじゃないの、ララちゃん。わたくしを心配させないでちょうだいな!」


 飼い主らしき人物に続き、栗色の髪を結い上げた痩せた女性が姿を見せる。二人とも私のお母さんくらいの世代だ。

 飼い主がララちゃんなる犬を抱く。と、うしろを振り返って目を吊り上げた。


「まったく、ララちゃんから目を離すなんて! 満足にお世話もできないなんて、どうしようもない人ね。あなたを不憫に思ってそばに置いているだけなのだから、このままではいよいよいとまを告げるはめになりそうだわよ、マーゴット。ちゃんとしてちょうだいな」

「……申しわけございません、奥様」


 奥様の圧が強い……。そんな考えが浮かんでしまったとき、飼い主が兄貴的騎士様を見た。


「ララちゃんを捕まえてくださって感謝するわ、バート」

「いえ、俺じゃないんです。ビリンガム侯爵夫人」


 バートさんが私を見、つられてビリンガム侯爵夫人もこちらを向く。グレンさんの形相が鬼に変わり、私はとっさに帽子のつばを深く下げる。その瞬間、またもやお腹が鳴ってしまった。

 恥ずかしいことこのうえないけれど、止められないのですみません。


「あらまあ……みすぼらしい少年だこと。まあいいわ。見回りの騎士たちの残りものがあるはずだから、それを食べて帰りなさい。今夜は無礼講ですから、敷地内に入ることを許可しましょう。それをわたくしのお礼としますから、必ず食して帰ること。いいですね、これは命令ですよ」

 

 そう言うと、ララちゃんをマーゴットさんに渡した。


「さあ、戻りましょう、マーゴット。主人が首を長くして待ってるわ。国王陛下と王妃殿下、王太子殿下と未来の王太子妃殿下にご挨拶をしなくては!」


 ふたたび馬車に乗る。東門には戻らず、南の正門に向かっていった。

 さっきまでは食べ物で頭がいっぱいだったけれど、囲いの奥に広がっている光景をあらためて見ていまさらビビる。

 計算しつくされた豪華な庭園のずっと向こうに、ぴかぴかに輝いている巨大な王宮がそびえ立っている。しかも、ここから見える感じめっちゃ遠い。正門からあそこまで、いったい何メートルくらい離れてるんだろ。いや、キロか?

 たしかに馬か馬車に乗らないと、庭園を行き来しているだけで日が暮れそう……なんて考えていると、バートさんが笑顔を向けてきた。


「ってわけで、坊主。ビリンガム侯爵夫人にも命じられたことだし、そうしないとな」

「えっ!?」

「遠慮しないで来い。山盛り食わせてやる。いいよな、グレン?」


 暗い表情で私を見すえたグレンさんは、まばたきもせずに返答した。


「……そうだな。そうするしかなさそうだ」


 仲間には敬語じゃなくて新鮮! ってか、声、ものすごく低くて棒読みですね……。



 * * *


 

 東門からほど近くにあるご立派な厩舎のすみに、かわいらしい東屋がある。そのテーブルには、すでにたくさんの料理が並んでいた。


「今夜は俺たちも無礼講でな。見まわりついでにここで食ってたんだ。官舎の食堂にまだまだあるから、遠慮しないでいっぱい食ってけよ」

「……あ、ありがとうございます!」


 よし、急ごう。グレンさんにご迷惑だし、野宿ポイントも確保したい。さっさとお腹いっぱいにして立ち去らないとね。

 椅子に腰をかけるなり、チーズとポテトとお肉がサンドされたパンにかぶりつく。うおおお、ちょっとかたいパンだけれどバターがたっぷり塗られてあるし、お肉もきっちり香辛料がきいててものすごくおいしい! 野草を食べる予定だったから、めちゃくちゃ幸せです……!

 夜空の下、無数の灯りを放って輝いている一番大きな建物は遠い。王族や宮廷貴族の方々が住まわれている母屋だそうで、舞踏会の開かれている大広間もそこにあるそうだ。

 東門から続く馬車の通り道を挟んだ真正面に、三階建ての建造物があった。バートさんに訊ねると、騎士様たちの官舎だと教えてくれた。

 官舎は西側にもあって、王族や廷臣などを直接護衛する騎士たちは、主にそちらで暮らしているらしい。


「そういや、坊主。おまえの名前は?」


 ――ゲホッ!

 突然訊かれて、思わずむせる。グレンさんの視線が、針を越えて剣並みに鋭くなった。

 バカ正直に名乗るわけにもいかないし、困ったな。欧米っぽい名前とか全然思いつかない……って、半分食べ終えたサンドイッチが視界に飛び込む。あ、そっか。パン屋……コーヒーチェーン店……いや、ファストフードの店名はどうだ!?


「マ……」

「マ?」


 短縮したほうが、この世界でも通用するかも?


「……ック?」


 おそるおそるバートさんとグレンさんを上目遣いに見る。どうだろ、ヘンじゃない? いけた?


「そうか、マックか」


 いけた! ほっとして胸を撫で下ろす。すると、グレンさんが口を開いた。


「バート。食堂にお菓子があったはずだから、持ってきてあげたらどうだろう」

「そうだな。待ってろ、マック」


 バートさんが立ち去ったのをみとめたとたん、グレンさんは速攻で私に近づいた。


「いったいどういうことですか。まさか記憶が戻ってなにか企みを――」

「――違います! お、お菓子とパンがもらえるって聞いたので、来ただけです。でも間に合わなくて、おとなしく帰るつもりだったんです。まさかこんなことになるとは……すみません。それと、記憶は全然戻ってないです」


 グレンさんが食い入るように私を見つめてくる。


「……なにがマックですか。信じないですよ、俺は」

「えっ!?」

「そのとぼけた演技もおやめください。あなたらしくなさすぎて、本気で騙されそうだ」


 グレンさんが顔を近づけた。おおお、毛穴の見えないイケメン顔が近くて感激……じゃない。眉も瞳もめちゃくちゃ険しい。確実に怒っておられる……。


「おそらく昨夜のうちに記憶が戻り、お菓子とパンにかこつけて来たのでしょう。きっと王宮の中に入るのも想定内。庶民になりすますために、わざわざ少年に見えるような格好までして……なんて人だ。ご自慢の髪を隠し入れた帽子が取れなくてよかった。そうとしか言いようがないほど、俺はいま憤っています。おわかりですか?」

「も、ものすごくおわかりですけど、髪は切って売ったので、帽子が取れても大丈夫ですよ。ほらね」


 帽子を脱いで見せた瞬間、グレンさんは息をのんだ。


「……まさか」

「本当です」

「カツラ?」

「違いますよ!」


 私が髪を引っ張って見せると、グレンさんはあ然としたように固まった。


「売った?」

「はい。売ったら金貨三枚になりました……って、そうだ!」


 よかった、いまなら指輪を返せる! 私はネックレスに指をかけて引っ張り出し、頭をくぐらせた。


「これ、返しますね」


 グレンさんが瞠目する。そんな彼の手のひらに、今度は私がそれをのせた。


「どうして……差し上げると言ったはずです」


 そう言ったとたん、はっとしたように瞠目した。


「まさか、これを使わないために髪を売ったのですか?」

「そうですよ。だって、これって絶対手放したらダメなやつじゃないですか。私なら本当に平気です。この服も働くために手に入れたので、お金を貯めたらちゃんとこの国を出ます。あなたにも高貴なみなさんにも迷惑をかけません。だから――」


 グレンさんが私を見つめる。そんな彼の手の中にある指輪を、私はぎゅっと握らせた。


「――これは、二度と手放さないでください」


 息をのんだグレンさんは、うんともすんとも言わない。けれど、私に押し返してはこなかった。どうやら受け取っていただけたらしい。


「じゃ、さっさと食べて立ち去りますね。野宿の場所も確保しないとですし!」

「野宿?」


 グレンさんが困惑する。と、お皿に山盛りのお菓子を抱えたバートさんも、戻りしなにぎょっとした。


「野宿がどうした? まさかマック、おまえ宿無しか?」


 私が返答に窮した直後、黒い帽子とローブ姿の中年男性が息をきらせてやってきた。


「――ここでしたか、バート! 騎士たちを集めてください。悪霊祓いが助けを呼んでおります」

「テイラー司祭、どうなされた?」

「離れの礼拝堂に、シエラ・ウッド嬢の悪霊が出たのです!」


 …………ん?

 本人ここで、骨付き肉にかぶりついてるんですが?

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