第7話 悪霊の正体

「なんだって?」

「三名の悪霊祓いが助けを呼んでおります。悪霊は彼らをあざ笑って翻弄し、礼拝堂のある離れから回廊に出て姿を消したとのこと。回廊の先は、舞踏会がおこなわれている母屋です。賓客の目に入る前に、見つけるのを手伝っていただきたいのです」

「しかし、そいつは俺たちにも見えるのか?」

「悪霊は念が強ければ強いほど、誰の目にもあきらかとなります。ほかの方々に気取られぬうちに収束させなくては……」


 司祭さんがふるふると拳を震わせた。


「わたくしは枢機卿猊下げいかの査定により、辺境に飛ばされかねません……!」


 大変そうだ。


「そういうわけで、ぜひとも人手がいるのです。とはいえ、おおごとにしたくありませんので、あなたの隊だけでも集めていただけるとありがたいのですが」

「そうだな、わかった」


 ん? あなたの隊? もしかしてバートさんって。


「隊長さん?」


 バートさんがニヤッとした。


「紹介が遅れたな。そのとおりだ。ま、ここじゃ最下級の隊だがな」


 苦笑したバートさんは、部下を集めると告げて厩舎の馬を一頭だけ外に出し、手際よく馬具を装備してまたがった。

 それにしても、いったいどういう事態なんだろう。だって、シエラ・ウッド嬢の亡霊は存在しない。なぜなら、当の本人が私だから。

 けれど、それを知っているのは私とグレンさんのみ。そんなグレンさんも私と同じことを考えているらしく、けげんそうに眉をひそめていた。

 その亡霊が本当に亡霊なら、おそらく別のご令嬢のそれだろう。それに、生きてるご令嬢を亡霊と見間違えてる可能性もありそう……だけど、そんなことを言ったら突っ込まれて身バレしそうなので、黙っているよりほかはない。

 のんびり食べてる場合じゃなくなってしまった。ぶっちゃけかなり気になるけれど、いま私がすべきことは、グレンさんの心労を減らすためにもこの場から撤収するのみ!

 私は急いでマントを羽織り、大量のお菓子をバッグに詰める。最後に一番大きな骨付き肉を右手に握りつつ、馬上のバートさんに会釈した。


「じ、じゃあ、みなさんのお邪魔になりそうなので僕は去ります。ごちそうさまです。ありがとうございました!」

「いや。待て、マック」


 手綱を引くバートさんが、私を見下ろした。


「王宮内に入った庶民には、必ず見張りをつけなくちゃならない決まりなんだ。グレンと一緒に王宮を出てくれと言いたいが、部下を招集する緊急事態だ。いったんおまえもグレンと動いてくれないか」


 ――え……えええ!?


 呆然と固まる。グレンさんの顔色が、それこそ亡霊みたいに青くなった。


「バート、それはさすがにマズい」

「わかってるさ。だが、俺たちより上級の隊に庶民の見張りなんて頼めない。マックを野放しにするよりも、おまえにくっついていてもらったほうがマズくない。事態が収束するまでのことだ。俺は部下を呼んでくるから、おまえは先にマックを連れてテイラー司祭と悪霊祓いのもとに向かってくれ」


 そう言い残し、去ってしまった。

 残された私とグレンさんに、司祭さんが言う。


「こちらです」


 グレンさんが嘆息した。


「……わかりました。行きましょうか、マック」


 パンとお菓子をもらえるだけでよかったのに、おかしいな。どうしてこうなった?


「…………はい」



* * *



 華やかなりし王宮の東側に、礼拝堂のある三階建ての離れがある。そこと巨大な母屋をつなぐ回廊は、なぜか薄暗くて不気味だった。

 細長く続く広大な空間には、さまざまな彫像や彫刻が点在して飾られてある。中には布がかかっているものもあって、まるで博物館か美術館の休館日に紛れ込んだかのようだ。

 庭園側にはアーチ状の窓が連なっているのでそこそこ明るいものの、壁の燭台のろうそくがお化け屋敷感をほんのり醸し出している。この先にある母屋では、浮かれまくりな舞踏会が絶賛開催中だなんて信じられない……。


「さあ、姿を見せよ、ウッド嬢!」

「隠れるな、神が待っておられる!」

「我らを恐れるでない。いざ安寧の天に召されよ、ウッド嬢!」


 純白のローブを身にまとった悪霊祓いの方々が、ハーブの煙と分厚い本、大きな十字架を掲げながら、四方八方を向いて必死に声を荒らげていた。

 安寧の天に召されるどころか、あなたたちのうしろで息しててすみません……。


「――いたか?」


 三名の騎士を連れたバートさんが、離れ側から来る。司祭さんが返答した。


「いいえ。まだ姿を消したきりですが、彼らによれば回廊を出た気配はないそうです」

「手分けして探そう。マックはなにもしなくていいから、グレンにくっついてろ」

「わ、わかりました」


 悪霊祓いの方々が、母屋方向に進む。なにやら唱えはじめると、司祭さんとバートさんたちもそのあとに続き、ずんずんと奥に向かっていった。グレンさんも彫刻の布をめくったりと、すみずみにまで目を光らせている。

 そんな必死なみなさんの姿を目に焼き付けながら、私は真顔で迷っていた。


 うっかり握ってきてしまった、骨付き肉の所在に。


 緊迫する空気の中、食す無礼は働けない。でも、油がのりまくりのこれをバッグに入れる勇気もない。さてどうしよう……と悩みはじめた、そのときだった。


 ――ひたひた。


 ささやかな素足の気配をうしろに感じ、立ち止まって振り返る。と、絹のような金色の髪が暗がりの影に消えたのが見えた。え、錯覚――? 


「――こっちの奥になにかがいるぞ!」


 前方にいるバートさんの声がして、はっとする。

 みんながいっせいに走り出す。悪霊祓いの方々の呪文の声が大きくなった。

 あれ? じゃあ、いま私が後方で見たのってなんだろ。え、待って。一瞬のうちにあちこちで姿を見せるなんて、本気でお化け的なやつなんでは……。

 ぶっちゃけ、本人がここにいるから全然信じてなかった。だから怖くなかったのに、そうとなれば話は別だ。

 ゾッとして思わず固まったものの、あらぬ考えが浮かんでしまった。

 

 お化けの正体、シエラさんじゃ――私じゃないって、証明したい!


 ただでさえホームレスで不名誉な事態におちいっているのに、悪霊扱いされるなんて最悪すぎる。お化けはめちゃくちゃ怖いけど、せめてほかの誰かのだって知ってほしい!

 ぎゅっ、と骨付き肉を握る。その直後、暗がりに金色の髪があらわれた。と、白いドレスをひるがえしながら、別の彫刻のうしろに移る。それはほんの一瞬のことだったけれど、うっすらとした影が床に落ちているのを見た。


 ――あ。お化けじゃない、人間だ!


 そうとわかれば怖くない。きっとバートさんが見つけたのがお化けで、私が見たのはただの人……だとしたら、なんのためにこんなことしてるんだろう。

 かくれんぼ? いや、そんなわけないか――。


「――チッ」


 彫刻のうしろから舌打ちが聞こえ、私は息を殺して近づいた。


「あいつら捕まったな、アホどもめ」


 女子じゃない、男子の声だ。


「……しかたない、逃げるか――」


 そうつぶやくなり、彫刻のうしろから姿を見せた。瞬間、私と目があった。

 年齢はグレンさんと同じくらい。吊り上がった栗色の目に、にやけた軽薄そうな唇。背が高いから、白いドレスが窮屈そうだ。頭から少しずれているブロンドの長い髪はカツラで、栗色の髪がチラ見えしていた。

 シエラさんとは似ても似つかない背格好だけれど、こんな暗がりなら悪霊と見間違えてもしかたがない――っていうか!


「――うそつき発見!」

「あ? なんだおまえ」

「シエ――マック!?」


 グレンさんの声がした瞬間、男子は舌打ちをして離れの方向に駆け出した。

 シエラさんのふりをしたあげく、私の貴重なディナーも台無しにした罪は重いんですよ。全力で逃がすものか!

 私は走りながら、骨付き肉を左手に持ち直す。斜めがけしているサンドバックみたいなパンパンのバッグを右手でおろし、


「しゃあっ!」


 ボールを転がすいきおいで、つるつるの床に思いきり滑り投げた。


「うあっ!」


 狙いどおり、男子のくるぶしにヒット。磨かれまくりの床で滑ってバランスを崩し、尻もちをついて横倒しに転んだ。同時にカツラがずり落ちる。やっぱり、短い地毛は栗色だった。

 私は態勢を戻そうとする男子に駆け寄って正面に回り込み、思わず骨付き肉を突きつけた。


「悪霊のふりをするなんて、趣味悪すぎですよ!」


 怒り心頭で本音をぶちまけた瞬間、私を追いかけてきたらしいグレンさんが、呆然としたような声で言った。


「……ウェイン殿下?」

「え、殿下?」


 それって、偉い人だけに許された敬称のはず。うそだ、そんなバカな。

 戸惑ってグレンさんを見ると、彼の眉がこれ以上ないほど狭まった。


「……我が国の第二王子殿下です」


 私が転ばせたこの方、王子様……!?

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