本編①

(この場面から終盤まで、常に海の泡の音が流れ続ける)


あなたは今、意識だけの存在。

だから、海の中でも苦しくはない。

昨日も言ってた?そうだったっけ。


この声、聞こえる?


(遠くの方から、クジラの鳴き声が微かに聞こえる)


これは、クジラの歌。

クジラはね、仲間とコミュニケーションを取るために、歌を歌うの。

海の中は、陸よりも音が伝わりやすくて、遠くで歌った歌でも、はっきりと聞こえるんだって。


だから、この歌が何処から聞こえるのかわからない。

だから、ね。一緒にクジラを探しに行こう。


あなたの意識は海を漂う。

右に、左に。

ふわふわ。ふわふわ。漂っていく。


ふわふわ。ふわふわ。

ふわふわ。ふわふわ。


急がなくても、大丈夫。

時間はたっぷりあるんだから。


(断続的に、クジラの鳴き声が聞こえている。まだまだ遠い)


漂うあなたの目には、輝く水面が見える。


(泡の音が大きくなる)


あなたの息が泡になって、陽の光を照り返す。

キラキラ。キラキラ。

キラキラ。キラキラ。


このまま暫く、ぼんやりしていようか。


あなたの目の前にやってきたのは、不思議な生き物。

あれは、ウミシダ。

掃除用のハタキみたいで、面白い形。


鳥の羽みたいな腕を、何本もくねらせて。

ひらひら、ひらひら。泳いでいく。

不思議だよね。あんなに柔らかそうなのに、ウニの遠い親戚なんだって。


ウミシダはあなたに目もくれず、海面に向かって泳いでいく。

ひらひら、ひらひら。

ひらひら、ひらひら。


ふわりと浮かび上がってきた、小さな小さなクラゲ達。

ベニクラゲって知ってる?1cmセンチくらいの、小さなクラゲ。

今、あなたの目の前にいる、小さなクラゲ。


ベニクラゲは不老の生き物。

正しくは、若返りをする生き物。

子供の体に、戻ることができるの。


若返るなんて、羨ましい?

やり直したいこと、あったりする?

私は、今のあなたが好きだけどな。ありのままの、あなたが。


たくさんのベニクラゲが、あなたの周りをふよふよ浮かぶ。

大きい子も、小さい子も、いっぱい、いっぱい。

あなたの目の前に浮かんでいる。


(炭酸水を注いだような、シュワ~という音)


白い体に、赤い丸。

たくさんの細い触手が揺れる。

見つめていると、意識がぼ~んやりしてくる。


(バイノーラル録音で、ヒロインの声が頭の周りを回り始める)


ベニクラゲは、あなたの周りを浮かんでいる。

たくさん、たくさん浮かんでいる。

右に、左に。

前に、後ろに。

ふわふわ。ふわふわ。

クラゲが浮かぶ。


右に、左に。

前に、後ろに。

ふわふわ。ふわふわ。

ふわふわ。ふわふわ。


ぼ~んやりしてきて、意識がとろとろ溶けちゃうね。


(音の回転が止まる)


クラゲ達は波にさらわれ、見えなくなっていく。

あなたの体も、波に漂う。

ふわり、ふわふわ。

ふわり、ふわふわ。

気持ちいいね。


(クジラの鳴き声が、少しだけ近くなる)


クジラの歌が近付いてきた。

何処にいるんだろう。あなたも探してくれる?

あなたの意識は海を漂う。


(正面からヒロインの声が聞こえてくる)

前に意識を向けて。

クジラ、いるかなぁ?


(右からヒロインの声が聞こえてくる)

次は右。

クジラ、いないね。


(左からヒロインの声が聞こえてくる)

次は左。

もう少し探せば見つかるかも。


(正面からの声)

前に意識を向けて。


(右からの声)

次は右。


(左からの声)

次は左。


(正面からの声)

前……


(右からの声)

右……


(左からの声)

左……


(正面からの声)

前……


(右からの声)

右……


(左からの声)

左……


(正面からの声)

前……


(右からの声)

右……


(左からの声)

左……


(ヒロインの声が元に戻る)

うーん、見つからないねぇ。

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