本編②

ぼんやりと、小さな明かりが見えてきた。

真っ暗な中の、小さな光。誰だろう。

チョウチンアンコウが、ゆっくりと泳いでくるね。

光ってるあの突起は、イリシウムっていうんだって。ぼんやり光るイリシウムが、名前の由来。


チョウチンアンコウは、あなたに気づかず泳いでいく。

ゆっくり、ゆ~っくりと、泳いでいく。


あ、見える?

ほら、正面の、ちょっと向こうの方。

虹色の淡い光が、ひらひらしてるの。

楕円の体に、虹色の縁。あれはね、ウリクラゲ。

チョウチンアンコウの光を反射して、淡く光ってる。

キレイだね。まるで、月にかかる虹みたい。


クラゲって、海の月って書くでしょ?

暗い中でぼんやり光っていたら、なんだか、夜空に浮かぶ月みたいだと思わない?


(炭酸水を注いだような、シュワ~っという音)


マリンスノーが、舞い降りてる。

黒い夜空に、虹色をした月と、降り注ぐ白い星。

とてもロマンチック。


(海の底に到着。砂が擦れる音が微かに聞こえる)


あなたの体は深く沈んで、海底までやってきた。そこにあるのは、熱水噴出孔。

地底で温められた水が、海底のヒビから吹き出しているの。


(お湯が沸騰する音が聞こえる)


ここが、命が始まった場所。

あなたの、うんと、うんと昔のご先祖さまが生まれた場所。

全ての命に繋がる命が、生まれた場所。

たまたま偶然生まれた命が、数億年かけて、あなたまで繋がっているの。


だから、この場所はとっても懐かしくて、癒される……でしょ?


あたたかい水が、あなたの体を包む。

大丈夫。ここは私の夢だから、全然熱くなんてないよ。

あなたを包む水は、ポカポカと気持ちいい。

ポカポカ。ポカポカ。

 

あったかいね。

安心するね。

ポカポカ、ポカポカ。

ポカポカ、ポカポカ。


水の音に耳を傾けて……

水の音に癒されて……


(五分間、ヒロインの声が途切れる)


(水中を漂う泡の音が大きくなる。水面を叩くような音が聞こえる)


(五分後、ヒロインが再び語り始める)


そろそろ、海の外に戻ろうか。

熱水噴出孔から、あたたかい水が噴き上げられる。あなたの体は舞い上がり、水面に向かって浮上し始める。


ふわり、ふわふわ。

ふわり、ふわふわ。


浮かんでいく途中で見えたのは、青白い光。ウミホタル。

ウミホタルは、あなたが浮かんでくるのにびっくりしちゃったみたい。青い光が、ぽわって広がっていく。

ウミホタルはね、光の素を出して、それを光らせてるんだって。

だから、ウミホタルそのものじゃなくて、光の素が光ってるんだよ。


(グラスハープの高音が微かに聞こえる)


光の素が、あなたの体を包み込む。

あなたは、淡い光に包まれる。

指を通る、青い光……とってもキレイ……


ウミホタル達は逃げてしまったけど、青白い光の素は残ってる。

ぽわぽわ。ぽわぽわ。

柔らかい光、キレイだね。落ち着くね。


(炭酸水を注いだようなシュワ~っという音)


あなたの体は、泡に押し上げられて昇っていく。

ふわり、ふわり、昇っていく。


段々と、水面が見えてくる。太陽の光が、微かに降り注いでくる。

まだまだ遠いけど、光が遠くに見えてくる。


視界の端を、キラキラと、何かが横切っていく。

銀色の長い体、赤色の長い髪。リュウグウノツカイだよ。

とっても長くて、とっても不思議な姿。


リュウグウノツカイは、人魚のモデルになってるらしいよ。

えっとね、でもね、諸説あるってやつ。えへへ。

でも、リュウグウノツカイを見ていると、それって本当かもって、思えてこない?

あの赤くて長い髪、まるで手入れされた女の人の髪みたい。


長い髪が、あなたの耳を、頬を、撫でていく。

さらさらと、撫でていく。


(衣擦れのような音がする)


リュウグウノツカイは、深いところでしか生きていけない。

浮かぶあなたとは反対に、暗い深海へと泳いでいく。

差し込む陽の光を跳ね返す、銀色の鱗。

キラキラ、キラキラ、煌めいている。


キラキラ。キラキラ。

キラキラ。キラキラ。


あなたの体は浮かんでいく。ゆっくりと、ゆ~っくりと、浮かんでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る