その後
「ふう……とても美味しい蒸留酒ですね、伯父上」
「殿下の口にあってよかったです」
ラシャ―ルに『伯父』と呼ばれたカールトン侯爵は、にこりと笑うとラシャ―ルのグラスに蒸留酒を追加した。
まだ白い太陽の光がグラスの中で琥珀色に染まる。
「息子もあまり酒を嗜まないので、こうして一緒に楽しんでくださる方がいると嬉しいです」
「そうですか。それでしたら、どうです?私を
ラシャ―ルの言葉にカールトン侯爵は「ははは」とアルカイックスマイルを崩さずに笑うだけで、
「
ロークとしては一応クギを刺しておかなければと焦燥に駆られる。
記録にも記憶にも、カールトン侯爵に娘はルシールしかいないのだから。
「ソニック公子殿、婚約が白紙になった私にもう少し優しくしてくださいよ」
(よく言う、自ら進んで婚約を白紙化したくせに)
「皆様と一緒に帝国に帰らなくてよろしいのですか?ナディア嬢に責があるとはいえ、醜聞となれば殿下自身にも少なからず影響があるでしょう」
「騒ぎになるからこそ、こうして特使となることを願い出たのですよ」
「いつ帰るのです?人の噂も七十五日と言いますし、皇族である点を考慮しても一年くらい経ったら大丈夫なのでは?」
「もっと有効な策がありますよ、この国からお嫁さんになる女性を連れていけばよいのです」
ラシャ―ルよ、お前もか。
「この国の平均的な婚約期間は半年でしょう?離縁後に女性の再婚を禁止する期間も半年ですし、うん、ソニック公子殿の言う通り一年くらいで帰国の目処がつくかもしれませんね」
「殿下」
「ははは、冗談ですよ」
本当か?と疑う目でラシャ―ルを見たとき、「それにしても」とカールトン侯爵が二人の間に割り込む。
「二つの毒をぶつけ合って無効化するとは」
「若い二人ならどうにでもできましたが、丁度いいから母上の仇もとろうかと」
男遊びといえば夜間に忍んでというイメージがあり、それを逆手にとったソリアは男娼たちを商人や画家などと偽って堂々と部屋に招き入れていた。
それに協力していた侍女三人。
お目付け役と称して彼女たちも彼らたちとの淫行を楽しんでいたため、ソリアの罪は周囲に全く気付かれていなかった。
長年気づかれていなかったことで、ソリアたちは油断した上に増長した。
ソリアは隣国の随行員の中にいた、とびきり見目麗しい男に目をつけた。
エキゾチックな雰囲気漂う随行員は見栄えの良い者が多かったが、その男は群を抜いて美しく、しかも周囲に委縮して常におどおどしていたためソリアには格好の獲物のように思えた。
ソリアは側妃の立場を悪用し、彼を部屋に招き入れて侍女たちと襲った。
涙ながらに皇帝たちに言うという男に対し、ソリアたちは「そんなことは誰も信じない、あなたが私を襲ったと言ってやる」と嘲笑ったという。
「彼はうちの国一番の高級男娼なんですよ。彼には最初若い二人を両天秤にかけることで醜聞を作ってもらおうとしていたんですが、ソリアが並々ならぬ興味を見せたので計画を急遽変更しました」
こうしてラシャ―ル自身がナディアとティファニーを両天秤にかけることになったのだが、双方の話を聞いているうちに『隣国の王子』というものに二人が並々ならぬ熱意を燃やしていることに気づいたのだった。
「感謝いたします。整然と管理された城の庭をお花畑が侵食し、そこで暴れまわるメス猿たちにはほとほと参っていたので」
(メス猿たち。義父上、そうとう怒っていらっしゃるな)
カールトン侯爵の微笑みは崩れていないが、その声の硬さは怒りを含んでいた。
この国を蝕んだ、二代にわたる王太子たちの【真実の愛】。
大事な妹も娘も王太子に真実の愛に振り回された。
しかも娘の場合は王太子の真実の愛である男爵令嬢に盲目的な男のもとに嫁いだのだ。
今でこそ妹は隣国で無双しているし、娘も公爵家の皆に溺愛されているがそれは結果論。
カールトン侯爵は真実の愛に振り回され苦しんだ人だった。
「ソニック公子殿、真実の愛とはそれほどまでに芳しいものなのですか?」
ラシャ―ルの挑発的な微笑みにロークは顔が引きつるのを感じつつも、余裕なふりを必死に取り繕う。
ぎろりとこちらを睨むカールトン侯爵から必死で目を逸らしながら。
「子どもの戯言だったときには分かりませんが、ルシールに恋して分かりました。真実の愛はとても芳しいですが、同時に獰猛な牙も隠れています。気をつけてくださいね、ウッカリでも花園に踏み入れれば咬み殺されても文句は言えませんよ」
その言葉に、ラシャ―ルは両手をあげて『降参』してみせる。
「ルシールに『お疲れ様♡』と言ってもらえたので、それで満足することにします」
「そうして欲しいものです。しかし、殿下。私の妻は『お疲れ様です』と言っただけで、♡などついておりません。勝手に声音を装飾しないでください」
「細かい男だな」
「細かくないと、あなたみたいな優秀な方に全ての利権を持っていかれてしまいますからね」
フレデリックの廃太子に伴って、新たに立ったセーブル王太子はまだ子ども。
国王がまだ働けるから直近の問題にはならないが、この幼さはいずれこの問題は国の弱点になる。
今後の苦労を想像するだけでげんなりしてしまう。
同じことを考えてげんなりしていた父宰相、同席していたウィリアムは「引退しようかな」とぼやく。
「ソニック宰相閣下、まだ引退には早いでしょう。今回のおかげで王族の問題行動も激減しますし」
「解毒が少々強引でしたからね。今回の沙汰の事務処理、帝国への賠償、王族の評判の回復……まあ、これが終わればずいぶんと楽になりますがね」
父宰相の言葉にロークはホッとし、そんな宰相の肩をカールトン侯爵がポンッと叩く。
「ははは、宰相は大変ですな。私はルシールが子を産んだら家督を息子に継がせるつもりでいますよ。やはり一緒に暮らしてはいないので、どうしても孫との触れ合いも減ってしまうでしょうし」
「おお、それはいい。私もそのタイミングで家督を息子に継いでもらい隠居することを考えていましてね」
(え、聞いていない)
家督を継がされる息子に相談なしでそんな計画を立てていたのか?
「カールトン侯爵、せっかくなのですから孫を連れてお互いの領地に行き来しませんか?」
「おお、いいですなあ」
「無期限の通行証を侯爵夫妻の名で発行いたしますよ。あ、その頃は元侯爵夫妻ですな」
「それでは私も、無期限の通行証を元公爵夫妻の名で発行させていただきます」
「いいですな」と笑い合う父親たちのに待ったをかける。
我が子を連れて長期留守はやめて欲しい。
ルシール似の子ならば特に。
「ルシールに似た娘、か」
「ラシャール殿下、一体なにを?」
「私も婚活に力をいれよう、ローク殿、今度合コンとやらのセッティングをしてくれ」
「いや、俺は既婚者なのでそういうのは独身の者に」
「いや、合コンで出会う女性にそこまでの期待はしてはいけないな」
「いや、それはかなり女性に失礼」
「母上の義娘となるのだぞ、相応の胆力が必要だ。それに子どもへの教育としつけにも力を入れてもらいたい。ソニック公爵家とカールトン侯爵家のお眼鏡にかなう息子にせねば」
ルチアナとやり合える胆力のある娘などいるのか?
そしてうちの娘(仮)を嫁にもらう計画はやめて欲しい。
そう言おうとしたが、
「「ははは、第二皇子殿下」」
うちの子(仮)の祖父二人の声がユニゾンした。
「「うちの孫娘は王族の婚約者にだけは絶対にしませんよ。ヒロインとやらにたぶらかされて婚約破棄されては堪りませんからな」」
この騒ぎから約一年後、ルシールの妊娠がわかった。
この報告に両家と隣国の皇家が喜んだのは言うまでもないが、これはまた別の話で。
敗者たちの後日談 ~ 傷モノ令嬢とフラれ公子の政略結婚 酔夫人 @suifujin
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