傷モノ令嬢、妃の心得その二

「王家に嫁ぐというならばこの程度のことは知っているかと思ったのですが」

「ひどい!!私に嫉妬しているのね、私を脅してフレディを諦めさせようとなさるなんて!」


 顔を覆って泣き始めたティファニーに、恋愛至上主義ロマンス親衛隊はこれだから、と内心ため息を吐きたくなる。


「当時も殿下が誰を側妃や愛妾として召し上げようと一切構いませんでしたし、こうして殿下の婚約者でなくなったいまとなって爪の先ほどあなたへの嫉妬は……」


(正直に言えばないことはないけれど、男性が違うから肯定するのも)


「お、お前は私を愛していなかったのか!」


(……こっちも恋愛至上主義だった)


「なぜ愛さなければいけないのです?」

「お、お前は私と結婚したがっていただろう!」


「いいえ、殿下と結婚しなければいけないとは思っていましたが、結婚しなくてすむならそっちがいいと思っていました」


 いつまでも恋心を勘違いされては話が進まない。

 少々不敬だが、ズバッと本音を言ってみた。


「へ?」


 フレデリックの答えはこんなマヌケなものだった。


「結婚しなければいけない、それが政略結婚ですよね。殿下ご自身も『愛のない結婚をする』と言っていたのでご理解なさっているかと」


「俺を、愛していない?」

「はい」


 行間を誤解されては困るからと間髪を容れずに返事をしたら、フレデリックはガチンッと固まって、周りの近衛が体を震わせ始めた。

 彼らは自身の鍛えた腹筋に全力を込め、笑うのを必死に堪えていたのだった。


 ちなみに、ここで大笑いしている人物がただひとり。

 『黙っている』と約束して、本当に後ろでずっと黙っていた義父で宰相のウィリアムだ。


 体を折って笑っている。


(ローク様の笑い上戸はお義父様似だったのですね)



「フレディを愛していないなら、なんで私とフレディの邪魔をするのですか!」

「邪魔をするつもりはありませんよ、まだ」


「“まだ”?」

「まあ、それは別の話です」


 フレデリックはまだ・・新しい婚約者を決めていない。

 ソニック公爵家の今後は、フレデリックの新しい婚約者がどう動くか次第だ。


 ルシールから見てティファニーの今後は名誉の死か幽閉かのふたつ。


「ご安心くださいませ。一応、私はあなたがたお二人の敵ではございません、まだ」


「一応、とか、まだとか、不安要素が多すぎなのですけれど」

「仕方がありませんわ。お友だちの都合もありますし」


「え、ルシール様ってお友だちいるんですか?」

「いますよ」


「嘘、いつもボッチだったのに」

「ぼっち?」


 意味の分からない言葉に首を傾げていると、傍にいた騎士が「友だちがおらず、一人で行動せざるをえない寂しい者を指す言葉、蔑称ですね」と丁寧に説明してくれた。


「ある意味ぼっちで合ってますね。いつ刺客が来るか分からない身で友だちと行動するなど迷惑でしょう?」


 友だちとお喋りしながら和気あいあいと歩くなど王太子の婚約者には夢のまた夢。


「いまはそういうことも減っているので、ぼっちでいることも減りましたわ。それに『庶民令嬢による被害者の会』の会員なのでお友だちも増えましたし」


 ルシールの言葉に、先ほどまで唖然としていたフレデリックが我に返り、「庶民令嬢による被害者の会?」と首を傾げた。


「貴族にはありえない天真爛漫さに元婚約者や現夫を籠絡された女性たちの集まりです。名前が長いということで通称『ルシア会』、最近人気の小説からいただいた名です」


 ご都合主義の耳は健在か。

 前半部分は完全に聞かなかったことにしたフレデリックは『人気』という言葉に目を輝かせる。


 そうだろうなと思っていたが、小説はフレデリックたちの仕込みだったと確信した。


「ああ、あの小説か。確かにソニック公子夫人はあの悪役令嬢によく似て」

「殿下、あれはフィクションです、架空の設定でございます」


 フレデリックの夢心地な言葉を現実を見るように諭しながらぶった切り、


「でも流石人気小説。どこの社交場でも話題でして、おかげで私のところに相談に来る方が増えてしまって」


 なぜ?と首を傾げるフレデリックに思わず『私は有名なルシアですもの』と皮肉が出そうになって扇子を広げて口元を隠す。


「庶民令嬢によって婚約を白紙にされたことを蒸し返されて再び笑い者にされている、例の小説のせいでそう嘆く方の多いこと。全く、どこの誰があんな小説を出したのやら。架空だからよかったものの、そうでなければ名誉毀損の訴状がそれはもう山となるほど届けられましたわ」


「は?ルシアはそなた……」

「私たちの世代には小説のように婚約者の真実の愛で婚約が白紙化されたルシアがたくさんいますわ。まあ、それだけそのご令嬢が魅力的だったのでしょうね。殿下、その数をご存知ですか?」


 機械的に首をヨコに振るフレデリックに、にっこりと微笑み、


「正会員は三十四名、こちらは全て被害者である女性ご本人。そして補助会員は千名を超えます。こちらは女性のご家族、ご親戚、ご友人、贔屓にしている商人など。正会員はみな高位貴族のご出身ですから、その影響力は国を超えて周辺各国にも及んでいます」


「……三十四」

「殿下を含めて三十四名、男爵令嬢は彼らの『恋人』として、その深度は様々ですが、その婚約者たちがイヤな顔をする程度の関係を築いていました」


「多いな……三十四股」

「嘘よ!!確かに好意を持ってくれた人は多かったけれど、私の恋人はフレディだけよ。ルシール様も他の人たちも、私が嫌いだから意地悪を言うのよ」


「そ、そうか……そうか?」


 首を傾げていたフレデリックだったが、


「フレディ」


 ティファニーがフレデリックの顔を両手で包んで自分のほうを向けさせると、猜疑心が灯っていた瞳が一気に甘く蕩けた。


(……これは?)


 異様に見えるほどの変化。


 フレデリックは甘く蕩けた目でティファニーに語りかける。


「こんなに可愛いのだから多くの男に想いを寄せられるのも仕方がないだろう」

「……フレディ」


 ティファニーがニコリと笑ってフレデリックにすり寄る。


「フレディ、私はいつ結婚できるの?」

「王太子妃教育が終われば直ぐだ。すまない、私が王子であるせいで、ティフィには辛い思いをさせている」


「ううん、王子だと分かっていて好きになったのだもの。でも王子妃教育は難しすぎるわ。教育係たちも意地悪で、みんなしてルシール様みたいになれって。だから考えたの、ルシール様が形だけ側妃様になってフレディを支えればいいのよ」


 いい案を思い浮かんだとばかりに言い放ったティファニーの言葉に唖然とする。

 その場にいる全員も唖然としていて、ティファニーを腕に抱いているフレデリックだけが「それでいい」と納得する。


「父上に頼んでソニック公子との結婚を白紙にしよう。婚約だって白紙にできたのだから、結婚だって白紙に」

「殿下、そんなことが本当にできるとお思いですか?」


 横暴を諌めるような口調になり、物心ついたときから身につけられた教育の真髄を知る。


 王妃たるもの、国のため生命を賭して国王を諫めよ。


「ああ、国のため仕方がない。ソニック公子との離縁後、半年間カールトン侯爵家で過ごしたそなたを側妃として娶ろう」

「……殿下」


 ただ残念に思う。

 恋慕の情があるわけではないが、幼い頃から共に過ごしてきたひと。


「万が一、ソニック公子の子を宿していては厄介だからな。それを王族の子だと主張されては堪らない」


(殿下は本気で……本気でそんなことができると思っていらっしゃる)


「そうと決まれば妃の一人となるルシールが公爵邸に居座るのもよくない。ルシールを私の宮の客間に」



「そんなことは俺が許しません。ルシールの夫は俺です、誰にも渡す気はありません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る