傷モノ令嬢、茶番劇から退場したい

「ソニック公子、いつも私のフレデリックとティフィのためにありがとう」


 側妃ソリアの第一声はロークへの労いだった。

 宰相である義父ウィリアムでも、社交界を支える柱の一つであるセラフィーナでもなく。


(ソリア側妃様は感情で動かれるのよね)


「お心遣いありがとうございます」


 ソリアの言葉をロークは否定しなかった。

 ロークがフレデリックとティファニーのわがままと尻拭いのために奔走させられていることは聞いているから、礼くらい受けとっておこうというのだろうか。


「いつも夜遅くまで城にいると聞いているわ」


 主にあなたの息子さんとその恋人のせいで。

 ロークと同じく残業に追われている者たちの気持ちはいまこの瞬間ひとつになっただろう。


「あなたがた夫婦の生活を邪魔していなければいいのだけれど」


 ジャマしています、といえば改善してもらえるのだろうか。

 顔を動かさずに視線だけで隣を見れば、ロークの目に諦観が灯っていた。


 つまり何を言っても無駄なのだろう。


「公爵家の仕事もあるのでしょう?」

「私は城でも家でも父の手伝いしかできない若輩者ですが、家のことは妻のルシールも協力してくれているので」


 ソニック公爵家の仕事をするのは当主のウィリアムであるのに、「ロークに代替わりしたらどうか」とすすめているような言葉選びに息をのむ。

 またセラフィーナの手の中で扇子がミシミシと悲鳴をあげた。


「まあ、ルシールが?」


 挑戦的な目線になんて答えようかと悩んだが、悩む必要はなかった。


「そうなのですよ。うちロークの婚約が白紙になりまして、次の婚約者はどうなるかと危惧しておりましたが、大変優秀な嫁で助かっておりますわ。私も夫もまだまだ、それはもうかなり元気ですが、優秀な次代に任せて第二の人生を満喫するのもよいと思っていますの」


 ホホホと笑いながらセラフィーナが扇子を開く。

 どうやら骨は無事らしい、丈夫な扇子だ。


 それにしても、婚約を白紙にしたことを有耶無耶にさせようとしないセラフィーナの口撃こうげきは見事としかいいようがない。


 しかし、扇子のミシミシはまだ止まらない。


(お義母様、それ以上やったら扇子が折れ……あ、折れたわ)


 ルシールは折れた扇子の冥福を祈る。


 それにしても、ソフィアの皮肉耐性もすごい。

 さきほどのセラフィーナの皮肉も一瞬顔をゆがめただけで、あっという間に今まで通りキャピキャピと明るい声で話し続けている。


 耳に優しい言葉だけを受けいれ、それ以外は流してきたソリアならではの手法。

 そして強敵相手に根気比べをするより、ソリアは攻めやすい相手にターゲットを変える。


「ルシール、元気でしたか?」


(そして、その新たなターゲットは私なのでしょうね)


「ご無沙汰しております、ソリア側妃様」

「幸せそうでなによりだわ」


 射殺しそうな目をしてそんなことを言われても。

 感情を隠せないところは、ルシールは嫌いじゃない。


「ありがとうございます」


 表情の薄いことで感情がないように思われがちだが、売られた喧嘩はしっかり買う。

 そのくらいの気性と根性はフレデリックを支える妃教育で培われた。


 ある意味、王家に感謝である。


「お姫様にしてあげられなくてごめんなさいね」

「え?」


「あなたはお姫様になりたかったからフレデリックの恋のジャマをしたのでしょう?嫉妬に駆られ、か弱いティフィを虐めたことはダメだと思うけど、お姫様になりたい気持ちは分かるの」


 私もそうだったしと同意されても、『お姫様になりたい』なんて思ったことは欠片もない。


 全く身に覚えのないことを言われて戸惑っている間に、ソリアの隣にいたティファニーが涙を流す。


「まあ、ティフィ。しっかりなさい」

「はい、すみません……もう大丈夫だと思ったのですが、でもあのときは本当につらくて」


 まあ、とソニアはティファニーを抱きしめ「大丈夫」と励ますのだが。


(私たちは何を見させられているのでしょう)


「あなたが怖がるのも仕方がないわ、あの反省の全くない太々しい態度が悪いのよ」

「ソリア様、私のことを聖女だなんて恐縮ですわ」


 聖女なんて一言も言ってないでしょうが。

 セラフィーナの小声に心底同意するし、流石にこの図々しさにはソリアも引いていた。


「ティファニーはこういう女性ひとだったのか」


 そう呟くロークを横目で見たあと、再びティファニーに目を向ける。

 そして目の前のティファニーに違和感を感じる。


 ティファニーの印象が以前と違う。

 臨月に近い大きなお腹と少しふくよかになった輪郭のせいかと思ったが、それにしても雰囲気が違う。


 強いて言うなら、学院時代のキラキラした感じがなくなった。


 元庶民を免罪符のように掲げて、貴族の礼節を無視して好き勝手する姿を好きにはなれなかったが憎らしいわけではなく、自由に声をあげて笑うティファニーをまぶしく思ったことは何度もある。


 だからこそ行動や発言は奇想天外でも、ティファニーに惹かれたロークたちの気持ちが分からないでもない。


 しかしいまのティファニーは悪い意味で普通の女性。


 いままでフレデリックにすり寄る者が一人もいなかったことはない。

 幼い頃は唯一の王子、生まれたときから婚約者がいても構わず令嬢やその親はフレデリックに「どうぞ側妃に」と誘いかけた。


 彼女たちといまのティファニーは何の違いもない。


 王子様に選ばれたお姫様になるんだ。

 キラキラしたお姫様ライフ、羨望の眼差しを一身に浴びる権力者になるという欲にまみれた姿。


(これが男爵令嬢の夢みたことなのかもしれないけれど)


 王族としての礼節を学ぶのを嫌い、すでに城の担当者に匙を投げられたソリア。

 妃教育が全く進まず、『第二のソリア妃』と陰で嘲笑されつつあるティファニー。


 実際に似た者同士の二人は仲がいいのだろう。

 ソリアの庇護対象であることを示す揃いのドレスがそれを物語っている。


(目の毒だわ)


 ドレスは豪華絢爛ではあるが、ソリア好みに仕立てられたドレスは毒々しく品がない。

 しかも臨月の妊婦であることを一切考慮していない、丈が短い襟ぐりの深いドレスはけばけばしく、ギャハギャハと騒ぐ姿は下品でしかない。


「周囲が白けているのにも気づかないなんてね」


 扇で隠しきれていないセラフィーナの皮肉気な声にルシールは深く同意し、ひたすら黙って幕が引かれることを待った。




「お花畑が二つに増えたな」


 御前を辞した直後、ウィリアムの言葉は実に的を得ていた。


「想像はついていたけれど、まさかあそこまで『似た者同士』とは」

「二人とも王子の若気の至りであそこに立つシンデレラだからな……ルチアナが見たらなんというか」


 ため息交じりで漏れた女性の名前にルシールは苦笑する。

 一方でロークは「なぜ彼女が?」と首を傾げている。


「あの、結婚式で俺を射殺さんばかりに睨んでいたカールトン侯爵の妹でルシールの叔母というご夫人ですよね」

「そう。私たちの幼馴染で、いまの国王陛下が若気の至りで婚約破棄した元婚約者」


「すごいですね、特に最後のが」


 ルシールとルチアナは叔母と姪という関係だけでなく、どちらも元王太子妃候補だった過去がある。


「陛下に愛想を尽かした彼女は今までの教育と努力をムダにしてたまるかと言って隣国に留学してね、そこで当時皇太子だった現皇帝に見初められていまはそこの皇后様」


「すごいですね。やっぱり、特に最後のが」


 隣国との国交はあるが、王族同士の交流が最低限なのはこういう理由がある。

 特に皇妃であるルシールの叔母は絶対に公の立場でこの国にくることはなく、ルシールの家族や友人に会いにくるときはコッソリとお忍びでやってくる。


「カールトン侯爵家が他国の王族と縁があると聞いたことがあったが、あまりそれが公になっていないのはそういう過去があったからなのか」

「はい、我が家ではあくまでも他国に嫁いだ叔母という扱いです」


「あのご夫人はルシールに雰囲気が似ていたね」

「叔母には息子しかいないので、皇子様たちですけれど、娘が欲しかったとうちに来るたびに可愛がってくださいました」


「ルシールが自分を裏切った元婚約者の息子と婚約しただけでも気に食わなかったろうに、自分と同じ理由で姪も婚約破棄。そして嫁にいった先が同じ女に逆上せあがった公子じゃなあ……過去を思い出してそりゃあ憎々しかっただろうさ」


 遠くを見てしみじみと語る義父の姿にルシールはピンときた。

 どこの貴族男性にも若気の至りはあり、ウィリアムの若気の至りはソリアだったらしい。


「庶民上がりの貴族女性の新鮮さに惹かれる男たち。こういうのが定期的に流行するのよ、どこの国でも」


 ソリアとセラフィーナの仲が悪い理由も納得した。



(早く帰ったほうがいい気がするけれど、今夜は何か起きる気がするわ)

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