傷モノ令嬢、国王の恋愛遍歴を聞く
社交シーズンは王家主催の夜会から始まる。
よほどのことがなければ全ての成人貴族が参加するこの夜会は毎年の恒例行事だが、今回の夜会には多くの者が複雑そうな表情をしている。
ちなみに義父ウィリアムにエスコートされながら先を歩く義母セラフィーナはご立腹だ。
その機嫌の悪い理由も理解できているから、苦笑しかできない。
「脳内お花畑のあの方が主催するなんて」
赤、白、ピンクで飾り付けられた、今までの王妃主催のものと比べると厳粛さが一切ない会場。
あの方こと、フレデリックの生母である第二側妃ソニアとその取り巻きのロマンス親衛隊らしい飾りつけだと思う。
「正妃様からすれば関わりたくないのだろう」
「殿下の新たな婚約者が決まる前にお披露目するなど」
妃が決まる前に愛妾を発表するようなものだ。
こんなことになって本当にフレデリックと結婚してもいいという有力貴族の令嬢が見つかると思っているのだろうか。
「仕方がないよ、令嬢の懐妊は学園の卒業パーティーという公の場で発表されたからね」
「まったく、父子そろって『男爵令嬢』のおしに弱いのだから」
「結婚前の避妊は男の嗜みなんだが」
「父上、下品です」
何とも言えない会話になりかかったところをロークが止めてくれた。
セラフィーナが言う通り、ソリアは男爵令嬢だった。
そんな身分の彼女が愛妾ではなく側妃という立場になれたのは、フレデリックを生んだこともあるが、側妃になることを正妃が認めたからに過ぎない。
「ヒールが折れて骨折でもしないかしら、そうすれば出席できないわよね」
「いや、無理だろう」
「そうよね、あのハデ好きが骨折なんかで自分主催の夜会を休むわけがないわ」
セラフィーナの手の中で扇がミシミシと音を立てる。
「ほらほら、笑って」
「さらに愛想笑いまで要求されるなんて……旦那様、
「わかっているよ、
国王を締め上げてくるらしい。
それでいいのかと思ったが、ロークとともに黙っていることにした。
「母上はソリア側妃様と本当にうまが合わないのですね」
「虫唾が走ると言わないだけ感謝なさい」
セラフィーナの気持ちに共感できる。
ティファニーのことを思うと虫唾が走る、これと同じだろう。
ソリアとティファニーはよく似ている。
男爵令嬢という身分だけでなく、王子妃になるための手段も。
ロマンス親衛隊の羨望の眼差しを浴びるソリアは国王が学院時代に恋をした相手。
当時はその寵愛も深く、ある日護衛の者を振り切って二人きりになった若者たちは一線を越え、その後当時の王妃が二人を引き離したのだがソリアのお腹の中にはフレデリックがいた。
男性の嗜みとやらを忘れた結果だろう。
切り札を得たとばかりに国王、当時の王太子は学院の卒業パーティーで婚約者に婚約破棄を突きつける。
どこかで聞いた話である。
ただフレデリックの場合と違い、当時の国王は冷静に息子に諭した。
「男爵令嬢に王妃は務まらない」と猛反対し、王太子は王命でいまの正妃である侯爵令嬢を娶り、その後にソリアを側妃として召し上げた。
「正妃様は元婚約者だったご令嬢と親しかったから、陛下を心底軽蔑していたわ。でも、王命だから仕方がないわよね」
セラフィーナはしんみりと語ったが、
「正妃様はね、結婚も受け入れるしソリアも側妃にすることを認めるから、自分に決して心を求めるなと言い放ったのよね」
セラフィーナの話に「これもどこかで聞いた話だな」と思い、隣を見るとロークがスイッと視線をそらした。
「陛下はそれを受け入れたのですか?」
「お花畑の住人だったからね、正妃様の皮肉に気づかず『許された』と解釈してソリア様を側妃に召し上げたの」
授かり婚だったフレデリックは、ソリアが側妃になって三ヶ月後に誕生。
出産前に側妃にできたことでフレデリックは嫡子と認められた。
「正妃様本人もご実家も権力を求めていないし、正妃様は側妃として弁えることを条件にフレデリック殿下を王太子として認めたのよ」
条件はただ一つだったのに、ソリアは『王太子の母』という立場に酔って、正妃たちに喧嘩を売るようになった。
庶子になってもおかしくないフレデリックを、条件付きとはいえ王太子と認めた王妃とその家門に対してである。
正妃は温厚な性格ではなかったが、最初は羽虫のざわめき程度で積極的に応戦しなかった。
ただ穏便になかったことに、飛んできた火の粉を軽く払う程度で収めていた。
そんな温情をソリアに計る能力がなかったことが正妃の不運だった。
ソリアはロマンス親衛隊と共に攻撃を過激化した。
どんなことにも限界がある。
限界を超えて本気で怒った正妃が本格的に応戦すると、正妃派の勢力が一気に側妃派をねじ伏せた。
正妃を輩出できる侯爵家出身の正妃と、運だけで妃になれた男爵家の側妃。
力の差は歴然だった。
「フレデリック殿下が生まれたころにはソリア様への国王陛下の寵愛は薄れ始めていたの。あの方は、そうね、いつまでもひとつのお花畑で満足できない性格なのよ」
つまりは浮気性ということである。
「同盟国の姫君、いまの第一側妃様も嫁いでこられたしね。彼女の生国を滅ぼした国からの引き渡し要求に応えないように側妃に召し上げたのだけれど、『妖精姫』と呼ばれる儚げな風貌をお持ちですからね。陛下は次の花畑へと移ってしまわれたのよ」
戦争によって故国を失った妖精姫は子どもが勢力争いの駒になることを厭い、妖精姫は自分が産んだ第二王子レイシェルの王位継承権は放棄している。
レイシェルは公爵位をもらい、母の故郷のあった場所を領地として封じられる予定となっている。
「フレデリック殿下の王太子の座はレイシェル殿下の辞退で守られたけれど、この直後に正妃様の懐妊が発表されたってわけ」
ルシールから見て、国王は正妃を一番大事にしている。
これについては結局は妻は恋人と違って、隣で支え合って歩いていける女性がいいのだろうというのが大部分の見立てだった。
こうなったら正妃の産んだセーブル王子が王太子になるべきだったが、当時は国王の体調が思わしくなく、国王に万一があったときに次の王が赤子という点を国としては避けなければならなかった。
結局、カールトン侯爵家の後ろ盾もあってフレデリックは運だけで王太子の座を維持。
しかし、卒業パーティーでやらかした。
「王太子妃候補としていくつか陛下は目星をつけているそうだけど、今日の夜会のあとでは辞退が続出……ねえ、何か騒がしくない」
「ああ、何かあったのだろうか」
爵位の低いものから会場に入っていくので、ソニック公爵家の入場は一番最後である。
そのため、一番後ろでのんびりと王家の批判をしていたわけなのだが、
「ソニック公爵と夫人、ならびにソニック公爵令息と夫人のご入場です」
あけ放たれた扉を潜り、檀上を見た瞬間に騒めきの理由を理解した。
「なんであそこにあの娘がいるのかしら」
一段高い場所に並んだ王族たちに入場してきた貴族は挨拶をするのだが、そこに立つルシールに思わず眉間に皴が寄る。
ロークの隣のセラフィーナのいるあたりからミシッという音がしたから、義母も同じ気持ちなのだろうとルシールは思う。
ティファニーはフレデリックの子を宿しているが、公的な立場は婚約者でもなければ妃でもない。
まだではあるが、男爵令嬢である。
男爵令嬢のティファニーに、全貴族を見下ろせるそこに立てる権利も資格もない。
「国王陛下」
宰相でもある義父ウィリアムの冷たい声にビクリと体が震えたが、ロークが宥めるように手を叩いてくれてホッと息を吐く。
(陛下のご様子から見るに、ソリア側妃様の独断だったようね)
憎しみを隠さない目で睥睨するソリアにルシールは内心ため息を吐く。
あの目はフレデリックの婚約者だった頃と変わらない。
(恋物語が大好きなロマンス親衛隊の筆頭、ソリア様にとって悪いのはいつも恋の邪魔をする『悪役』なのでしょうね)
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