7.不機嫌

「あ、おはようございます」


「おはよう。今日は起きてるんだね」


「なんか昨日の夜、よく眠れなくて」


 連絡先を交換した日から一週間ほど経過した休日。彼女の方から出かけないか、という誘いがあり、朝の八時にもかかわらず僕は駅に来ていた。

 彼女が先導する形で改札に入り、いつもとは異なるホームに降りる。


「電車の時間まで余裕ありそうでよかったー」


「……そうですけど、何かないんですか?」


「何かって、記念日とか教えてもらってないけど」


「プレゼントじゃなくて、ほら。ん!」


 彼女は胸を張ってこちらに一歩近づく。少しドキッとして二歩下がる。胸元に付いた黒いレースのリボンがワンポイントの黒いTシャツに、これまた白いレースのスカートといった出で立ちの彼女は、子どもが物をねだるような上目遣いでこちらを見る。


「……なんか新鮮?」


「新鮮で?」


「新鮮で…………に、似合ってる」


「似合ってて?」


「…………いい感じ」


「……ふーん」


 何度も言葉を選んだものの、なかなかお気に召さなかったようだ。


「もういいです」


 空気を呼んだように到着した電車に乗る。普段の電車とは異なるボックス席の形式で、二人掛けの席の窓側に彼女、通路側に僕といった感じで座る。


「……あの、なんでもたれかかってるの?」


「別にいいじゃないですか」


 座るや否や、彼女は僕の右の肩に頭を置いて動かなくなった。


「まあいいけど、駅に着く時には起きてね」


「別に、今日は寝ません」


「なんで?」


「普段寝る理由、行ってましたよね。疲れるからって」


「今日は疲れなかったの?」


「急いでなかったんで、ゆっくり休憩しながら歩いてきました。だから集合の三十分前に着くことになったんです」


「何時に家出たの……?」


「六時半です。言ったじゃないですか。寝られなかったって」


「だったらごめん。寝て」


「いいです。私、今日話すの楽しみにしてたんですよ? ちょっと期待してたのに、今週ずっと起こしてくれなかったんですから」


「僕も学校に行かないと色々言われるんですー」


 週末を挟んで、今週の五日間はこれまで通り、真面目に学校に行った。朝もあの日、定期券を忘れなければ乗っていたはずの電車に乗り続けた。そのため直接話すことはなく、全てスマホを介してのやり取りにとどまっていた。


「もう、話したいことがたくさんあるんですから」


「また愚痴?」


「愚痴もありましたけど、別にいいかなって」


「じゃあ、世間話?」


「世間、ですかね……私、あなたの話が聞きたいだけですから」


「僕の?」


「はい。私はとても、あなたに興味があります」


「……あんまり年頃の男子にそういうこと言わない方がいいよ? 勘違いするし」


「……それもそうですね」


 なぜかずっと不機嫌な彼女は、カバンの中からペットボトルを取り出し、喉を鳴らして中身を飲む。


「……なんですか」


「え、ああ、ごめん」


 上下する喉元に思わず目がいっていた。


「まあいいですよ。別に」


 そっぽを向いたのか、外の景色が見たくなったからなのか、彼女は窓の方に目を向けた。

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