6.提案

「でもよかったー。イライラしてたけど、愚痴話せてすっきりした」


「それはよかった。あ、着いた」


 駅に着き、僕たちは電車を降りる。朝は下った階段を、今から二人で上る。


「もうここで寝なくていいの?」


「怒りますよ」


「……ごめんなさい」


 改札を通り、駅の外に出ようと右に曲がろうとするが、彼女は左を向いた。


「あ、ここまでだね」


 さみしそうに彼女は微笑む。


「そうみたい。じゃあまたね」


「また?」


「え……あ」


 僕は何を言っているのだろうか。別に最寄り駅が一緒で、定期券を忘れたから昨日偶然話しただけの相手なのに。


「ま、まあ、また会うかもしれないし」


「電話番号、教えてください」


「……え?」


 唐突な提案に言葉の意味をくみ取れず、思考が止まってしまう。


「ですから、電話番号。ありますよね」


「あ、あるけど」


「それで、いつでも話せます。長時間は無理ですよ?」


「だったら、メッセージアプリの電話使ったら無料じゃない?」


「あ、それもそうですね。メッセ、交換しましょう」


 急かされるようにアプリを開き、連絡先を登録する。


「ありがとうございます……なんですかこのアイコン」


「これ? 好きなゆるキャラの顔面ドアップ」


「へ、へぇ……」


「そういうそっちこそ、これは?」


 海辺で撮られた写真のようで、荒々しい波が岩盤に打ち付けているのが芸術的だ。


「この絵ですか? 描いたはいいけど、よくわかんないんですよね」


「え、描いたの?」


「はい。私絵を描くのが昔から好きで、いい風景とか見ると没頭して、何時間も描いちゃうんです」


「すげぇ……」


 たしかによく見ると、いくつもの船が重なっているのが見える。


「それより、よくわかんないって?」


「私、よく寝てるじゃないですか」


「うん」


「即答ですか。まあいいですけど。で、その時によく見るんですよね。一回ならわかるんですけど、何回も見るとさすがに覚えちゃって。気になって最近描いたんです」


「そりゃ不気味だ」


「でもどこなんですかね。見覚えあります?」


「うーん……寒そうってことしかわかんない」


「寒そう……なるほど」


「全体的に寒色が多い気がして。青とか、紫とか」


「確かにそうですね。ちょっと調べてみます」


「僕も調べてみるよ。もし行ってみたいんだったら、現実的な距離なら僕も行くし」


「……ありがとうございます」


 彼女はどこか悲しげな声で礼を伝える。


「じゃあ、また分かったら連絡するから」


「はい。じゃあまた」


 手を振って出口の階段を上る彼女の姿が見えなくなってから、僕も自分の家に続く階段を上がった。

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