第6話あなたの声が-手直しした方

 私は香島勇希。


 山葵高校に通う一年生だ。


 私は今、自宅から程近い古本屋で、たまたま興味を持った本を手にし、身を固くしている。


 開いたページに、小汚ない手紙のようなものが挟まっているからだ。


“見てはいけないものを見た”という表情を浮かべるも、私は無性にその手紙が気になって仕様がない。


 思わず“差出人不明の手紙?”と呟いて見るものの……


“いやいや、名前がないからって、安易に決めつけるのは良くない”と、自分に言い聞かせた。


 兎に角不思議に思った私は、分厚い本を片手で支え、その手紙の端を恐る恐る持ち上げる。


 それは、手紙というよりもカードのように見えて、何だか不気味さまでも醸し出していた。


 おまけにあちらこちらが虫食い状態である。


 何か文字のようなものが書かれていることは分かる。


 でも、何を伝えたいのかがよく分からなかった。


 だけど、蛇文字と呼ぶに相応しいこの文字、何処かで見たことがある気がして……


「何処でだろう?」


 場所が思い出せない私が、訝しげにそう呟いた時だ。


 普段感じない“[[rb:目眩 > メマイ]]”が、困惑している私に、追い打ちをかけるように襲う。


 ふらっとした気持ちが悪い浮遊感があったが、幸い目の前に太い柱があり、そこに寄りかかろうとして、体を上手く反転させた。


 寄りかかった時の衝撃で、持っていた本を落としそうになったものの、それを何とか阻止した私の口から

「あっ、危なかった……」

という、安堵が混じった言葉が飛び出す。


 思わず額から冷や汗が流れたが、無事だったのを確認してほっとする私。


 更に気持ちを落ち着かせようと、私は暗い天井を見上げた刹那、体を硬直させた。


 私の耳に、聞き覚えのない謎の声が届いたからである。


 その他にも“ざざっ”というラジオのノイズのような音も、小さいがしっかり届いていた。


(これは……)


 よく聞くと、ラジオのノイズというよりも、波の音に近い感じがする。


「……ろ……ふう……ろ」

「ふう……ろ?」


 次に聞こえてきたのは、男性が誰かの名前をゆっくりと連呼する声。


 

 子供なのか大人なのか、[[rb:将又 > ハタマタ]]同性か異性か。


 頭が混乱している今の私には、到底分かるはずはずもなかった。


“誰の名前?”と弱々しく呟きながら、彼の呼び掛けに耳を傾け続ける私。


「これを聞いているのなら、わしはもうこの世にはいないのであろう」

「えっと?」

「伝えられる時間が短い故、詳しいことは話せぬ」

「……」


 こちらからの疑問には、一切答えられないように出来ているのだろうか?


 私が小さな驚きの反応を見せても、向こうはこれっぽっちも[[rb:応 > コタ]]えてくれない。


 気のせいか、頭痛も感じ始めたようだし。


(早めに決着をつけて、ここを出よう)


 そう決めた時だった。


「わしは自分の犯した罪により、生まれ変わることが出来ぬ」

「生まれ……変わる?」

「故にあの時お主が言った“生まれ変わっても、また会いたい”という願いは叶えられぬ」

「そんなお願い……したかな?」

「だが、わしは信じておる。

いつかきっと何処かで巡り会えることを」

「あっ、待って!」


“この人とそんな約束をいつ何処でしたのだろう?”


 自問しながら、私は壁に寄りかかる背中を、ずるずると引き摺り込むように滑らせていく。


 そのなかで、私は何故か自分ではないその名前を、とても懐かしく感じていた。


 私は今まで片手で支えていた本を遂に手放し、両手で頭を抱え、激しくなる痛みに耐えるように唸り出す。


 その異変に気付いたのか、近くにいた店員さんが私に近づき

「大丈夫ですか?」

と、声をかけてくれたが、答えようにも応えられず……



 辺りが騒然とし始めるなか、店員さんが介抱してくれている間に、ふわりと優しい香りが、私の鼻を擽った。


 それは汐の香りだが、日本のものとは違うと直感で分かる。


「ああ、この香り……

あの場所でいつも嗅いでいた匂いだ……」


私が辿々しい口調で呟くと、その香りが促すかのように、どんどん強くなっていき……


仕舞いには、私の体全体を包み込んだ。


「……呂尚様、会いたい」


 いつしか汐の香りが心地良く感じた頃、私の口からそんな言葉が紡ぎ出される。


「……へ行け!

行ってわしと同調……れている少年を探せ」

「嫌だ、折角繋がったのに……呂尚様!」


私はいつしか頬を伝う悔し涙、もう繋がることがないであろうその人物に想いを馳せ、名前を叫んだ。


「あの……お怪我は?」

「あ……多分、平気です」

「そうは見えませんし、一応救急車を」

「家が近くにあるので、大丈夫です」


 私は、側で心配そうに見つめる店員さんの申し出を断り、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、他人の目を気にすることもなく、早足でその場から離れた。


 あんなに酷かった頭痛は、いつの間にか治まっている。


 まるで大切な思い出と引き換えに。


“早く帰って休んで下さい”と店員さんに促された私は、コクリと頷いて見せる。


 足を少し引き摺る私が、出口に辿り着いたのを見計らい、新たな来店客がドアを開けてくれて待っていてくれた。


 礼を言って去る私の瞳に、例の不思議な本がどうなったかなど映ることはなく……


 この数日後、私は運命の出会いを果たす。


 その相手は、まだ自分の中にいる人物の知らない高校生少年だった。


お仕舞い。


令和5(2023)年8月11日11:53~8月15日23:28作成


Mのお題

平成30(2018)年6月9日

「差出人不明の手紙」

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