第5話あなたの声が-手直ししていない方

私は香島勇気。

山葵高校に通う一年生だ。


私は今、自宅に近い古本屋で本を手にして固まっている。


そこには、手紙のようなものが隙間に挟まっているからだ。


「差出人の手紙?」


いやいや、名前がないからって、安易に決めつけるのは良くない。


不思議に思った私は、分厚い本を片手で支え、その手紙の端を恐る恐る持ち上げた。


手紙というよりは、カードのようなもので、あちらこちらが虫食い状態である。


何か文字のようなものも書いてあるのは分かるけど、何を伝えたいのかが蛇文字すぎて分からなかった。


だけど……この文字……


「何処かで見たような?」


私が訝しげにそう呟いた時だった。


普段は感じない“目眩メマイ”が私を襲う。


ふらっとするも、幸い目の前に柱があり、上手く体を反転させて、寄り掛かることができた。


「あ、危なかった……」


脂汗をかきながら呟く私。


ほっとして暗い天井を見上げる私の耳に、今度は謎の声が届いた。


ざざっというラジオのノイズのような……


いや、波の音にも聞こえるそのノイズに混じって、男性の声が入っている。


頭が混乱するが、しかし聞かずにはいられなかった。


「……ろ……ふう……ろ」

「ふう……ろ?」


“誰の名前?”と弱々しく呟きながら、彼の呼び掛けに耳を傾ける私。


「これを聞いているなら、わしはこの世にはいないのであろう」

「えっと?」

「伝えられる時間が短い故、詳しいことは話せぬ」


こちらからの疑問には答えられないように出来ているのだろうか?


私が小さな驚きの反応を見せても、向こうはこれっぽっちも応えてくれない。


気のせいか、頭痛も感じ始めているし、早めに決着を着けてここを出よう。


そう決めた時だった。


「わしは自分の犯した罪により、生まれ変わることが出来ぬ。

お主が“生まれ変わっても、また会いたい”という願いは叶えられなくなった。

だが、わしは信じておる。

いつかきっと何処かで巡り合えることを」

「生まれ変わる?」


“こんな人とそんな約束をしたっけ?”と、自問しながら、私は壁についていた背中を、ずるずると引きずり込むように滑らせていく。


「“ふうろ”っていう名前、知らないのに懐かしく感じるの?」


私は片手で支えていた本を遂に手放し、両手で激しい頭痛がする頭を抱え、唸り始めた。


異変に気付いた店員さんが近づき、介抱してくてれている間に、汐の香りが漂ってくる。


「ああ、この香り……あの場所でいつも嗅いでいた匂いだ……」


私が辿々しい口調で呟くと、その香りが私を促すかのように、どんどん強くなっていき……


仕舞いには、私の体全体を包んでいった。


「……呂尚様、会いたい」


いつしか汐の香りが心地よく感じた時、私の口からそんな言葉が紡ぎ出される。


「……へ行け、行ってわしと同調……れている少年を……せ」

「嫌だ、折角繋がったのに……呂尚様!」

私は悔し涙を流しながら、もう繋がることもないであろうその人物の名前を叫んでいた。


「大丈夫ですか?」

「あ……多分、平気です」

「そうは見えないけど、救急車でも」

「大丈夫です、家が近くにありますので」


私は、心配そうに見つめる店員さんの申し出を断り、ゆっくりとその場に立ち上がる。


頭痛は大切な何かを思い出した代わりに治まってしまったようだ。


“早く帰って休むように”と促された私は、声を出す代わりにコクりと頷いて見せる。


足を引き摺るかのように歩く私が出口に辿り着いたのを見計らい、落とした不思議な本は店員さんが拾ってくれたようだった。


この数日後、私は運命の出会いをする。


その相手は、あの人が告げた通りの少年だった。


お仕舞い。


令和5(2023)年8月11日11:53~23:38作成

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