第16話 物事の善し悪しは、強い奴が決める。

「だってキミ、笑ってるぜ」


 黒男がただでさえ細い眼を細めて、そう言った。


「そうか。嬉しいのかもな」


 昨晩の俺はこいつに怯えて足がすくんだ。親父が殺されたという事実よりも、こいつ自身の強さににのだ。

 それをこんなに早く克服できる。

 それが嬉しいのかもしれない。


「——あんたは何故笑ってる? 俺にやられるのが嬉しいのか?」

「くくく、嬉しい事は間違いないねぇ。理由は的外れだが」


 俺は炎を更にたぎらせる。

 こいつとお喋りをする事に意味はない——死ね。

 炎が風のように男へと吹いた。


「激しいな。でも魔力が勿体無いぜ?」


 速い。

 こいつは難なく俺の炎を避ける。

 向かって左へ倒れたかと思うと、すぐにそちらへ移動していた。


「そんな事言って、怖いんだろ?」


 こいつは俺にこれ以上の炎を出させたくないから、そう言っているに決まっている。


「怖くはない。キミの威嚇は怖くないんだ」

「威嚇だと? 違う、これは殺意だ!」


 俺の頭上へ昇った炎が波の様に黒男へと降りる。黒男は右腕を上げてそれを——。


 消した。


「——!?」


 どういう事だ? 今こいつは何も言っていなかった。何故魔法を消せるんだ!?


「キミは勘違いしているねぇ。呪文なんてなくても俺くらいになれば、魔素を操作する事は簡単なんだよ。今のは炎と同じくらいの魔素を出して相殺したんだ」


 勘違い? 魔素? 操作? 


「——ちなみに俺は、カコの実なんて食ってない。昨日もねぇ? 。魔力自慢なんて意味のない事、俺がするワケないだろう? アレは満たされない奴ら、それ以外に自分を強く見せる事ができない奴らがやるんだ。俺には必要ないねぇ」

「……!」


 炎を四方へ分散させ、黒男へと集める。


「初めて魔法を使えた気分はどうだ? なんでもできそうな気がしてるんだろう? だがねぇ、その力はこの世界では大して役に立たないモノなんだ。俺の様な相手でなくとも、戦闘魔道具を使えばその辺の奴らでも同じくらいの事はできる。でも皆んな、やらない。やったらやり返される。そういう当たり前のリスクがあるからねぇ」


 赤い炎に包まれる黒男は尚も涼しげな口調で語る。

 俺は炎を——。

 あれ? 炎が弱まっていく。


「言ったじゃないか、勿体無いって。全身から魔素を出すのはさ、相手をビビらせる為にやる事なんだ。キミの場合は『俺の炎は凄いぞー』ってな感じだねぇ。でもその意味を知る俺には、効かない」

「そ、そんなつもりで——」

「そんなつもりがあっても無くても、だ。どんな意図や理由があっても、キミのその炎に威嚇以上の効果はないねぇ。行動というモノにはシンプルに事実があるだけなのさ」

「黙れ!」


 くそ。炎がもう、出ない。

 炎の代わりに冷や汗が溢れる。


「初めての魔法をここまで扱えるなんて、キミは将来有望だよ。でも結局まだ、使い方を覚えたばかりの段階。使い道までには想像が及ばないだろう? 俺が嬉しかったのはねぇ——」


 黒男を包んでいた炎が、完全に消えた。


「覚えたての力が与える万能感にはしゃを、教育する事ができるからだ。こう見えて俺は、子供が大好きなんだよ」


 黒男が近づく。

 俺は、動けない。

 顔の表面を雫達が、くすぐる。


「——怖いだろう? 威嚇ってのはこうやるんだ。相手の力量を見定めて、そいつが絶対に敵わない力を見せつける。もう、何もする気が起きないんじゃあないのかい?」


 更に歩み寄って来る。


「——こういう時、どうすれば良いかわかるかな? お手本を見せよう。昨晩キミの家を襲って悪かった。キミのお父さんを殺して済まなかったよ。でも仕事だから、仕方がなかったんだ。わかるだろう?」


 お手本? 俺に謝れって言うのか?


「——悪い事をした時は素直に認めて謝る、それが常識だ。キミにもできるよねぇ?」

 

 俺は、悪くない。

 謝りたくなんて、ない。

 息がしづらい。

 吸っても吸っても空気が足りない。

 腹の奥で何かが、キュンと締まった。


「——できない子には罰だ。良い事悪い事なんてのはキミが決める事じゃない。キミよりも力の強い奴が決める事なんだよ。これは人間、というよりも、生き物としてのマナーだねぇ。さあ、もう一度だけチャンスをあげようか————


 黒男が目の前にいる。

 殴りたい。

 殺したい。

 が、それができない。体が、動かない。

 悔しい。恐い。


 黒男が、手をかざす。


「……すい、ません、でした」


 気がつくと、そう言っていた。

 汗とは違う雫が両眼から溢れてくる。

 両眼を閉じても鼻の中を詰まらせる。

 空気を吸っては吐いてを繰り返す口に、しおからい味が流れ込んでくる。


よろしい。今キミは成長した。挫折を知った分、大人になれたんだ。俺に感謝するべきだねぇ」

「ありがとう……ございます……」


 死んだほうがマシだ。

 こんな下衆野郎に謝罪して感謝までするなんて、死んだ方が良いくらいの屈辱だ。

 しかし俺は、わかってしまった。


 俺は、————。


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