第17話 黒い男のキャラクター。

 翌朝、俺は御者台に乗っていた。手足を縛られながら、切れ目の黒男の股ぐらで大人しく座っている。

 荷台の中よりはマシだが、それでも剥き出しの肩に当たる日差しが暑さをもたらす。何故この男はコートなんて着ているのだろう。雨季でもないので、雨をしのぐ為のモノでもない。


「——馬とブルリザード、スピードもパワーも桁違いだが、基本的な扱い方は変わらない」


 道路と呼べないデコボコした草まみれの道が、絶えず俺達をバウンドさせる。荷台に居た時よりはだいぶマシだが、それでも尻に痛みを感じる。マシといえば縛られ方もそうだ。今は後ろ手ではなく、お袋と同じ様に手を前にする事を許されている。


「——ただ、真っ直ぐ走るのには少しだけコツが要る。舗装された道なら慣性のお陰で速ければ速いほど真っ直ぐ進みやすいが、こういった走り難い場所だとそうもいかない。スピードがある分、左右のズレが大きくなるんだ」


 何を思ってなのかは知らないが黒男は、馬車のぎょし方を俺にレクチャーしていた。


「——そういう場合、むやみに制御しない方が良い。元々ブルリザードは自分よりも大きな獲物を引き摺りながら運ぶ生き物だ。体に伝わる力を本能で理解している。手綱を引くのは曲がる時や停まる時だけにしておく。荷台があちこちに動いて不安かもしれないが、我慢して身を任せるんだ。つまり、信頼って事だな——」

「なあ」

「ん?」

「なんで今日はここに居るんだ? 昨日は荷台に乗ってたろ」


 昨日の日中、こいつらは荷台から降りていた。


「決まってるだろう? 暑いし臭いし乗り心地が悪すぎるからねぇ。それに、自分まで荷物になっているみたいで気分も悪い」

「なるほど」


 確かにあの乗り心地は最悪だ。

 というか、ならそのコートを脱げ。馬鹿なんじゃないのか?


「——でもなんで俺までここに乗せる? 俺や母さんは文字通り荷物だろ?」

「それも決まっているねぇ。馬車を燃やされたくないからだ。俺と一緒に居るなら安心だろう?」

「そんな事しない。そう思うから昨日、俺を殺さなかったんだろ?」

「んー、違うよ? 違うけど、そういう事にしておくか」


 本当にこいつの考える事はわからない。この黒男は許せないし、憎い。しかし、昨晩感じた威圧感や冷たさを、今の黒男からは感じられない。


「——ところでウォルフくん? キミは何故大人しくしているんだ?」

「は?」


 何言ってんだこいつ。


「——あんたも言ってただろう? 自分と一緒なら安心だって。俺はあんたに敵わない。だから、何もできない」

「そんな事はないと思うけどねぇ。現に昨晩あんな事があったのにキミは、俺に怯えていないじゃないか」

「当たり前だ。昨晩俺は生かされた。つまらない事で殺される事はないんだろ?」

「そうかな? 俺の気分は変わるぜ?」


 俺を悪寒が包み込んだ。昨晩、そしてその前の晩に感じた、こいつの威嚇だ。暑さとは別の汗が流れる。


「こ、これが、あんたに殺されない態度だと思うからだ。俺がただ媚びる様な奴なら、父さんと一緒にあの時、殺されていたんじゃないのか?」

「くく、その通りだねぇ。中々わかってるじゃないか。でも油断させて殺るって考えも、今のキミにはあるだろう?」


 それは、そうだ。こいつに屈服した後は、その事ばかりを考えていた。


「無理だ」

「何故?」

「『良い事や悪い事は自分より強い奴が決める』んだろ? だからあんたはこんな仕事をしている。昨日のあのオッさんもそうだ。力だけ見れば俺が殺ったあいつらよりも強いハズだ。なのに、あの痩せ男や小太りに逆らえなかった。あんたの仕事を台無しにしたなら、もっと強い奴にやられる。それくらいはわかるさ」


 俺を含めたあの村の連中もそうだ。何も知らされず地主から役割りと生活を与えられていた事を、勝手に

 だが、真実は違う。

 地主の不利益になる様な事があればアッサリと俺達は切られるし、実際そういう状況だった。そんな地主にも逆らえないモノがある。だから地主は自分の不利益を受け入れこいつらに俺達を売った。

 俺は村の外の事は本で読んだ事しか知らない。知らないが、人間とは何処へ行ってもそういうモノなのだろう。


「……ウォルフくん、キミは可哀想な子供だねぇ」

「え?」


 思わず。黒男の声が、本当に悲しそうだったからである。


「キミは賢すぎるし素直過ぎる。子供だけじゃなく大人でも、どんな理屈や仕組みがあったとしても、感情に任せて短絡的な行動をとる事が多い。それが良い方向に働く事もある。例えばキミがあのフォークで俺達の仲間を殺した時の様に。でも、今のキミはそれができないだろう? 後先考える事を知ってしまったから」

「そんなの……」


 そんなの。


「——そんなのあんたのせいじゃないか! 俺はあんたのせいで成長したんだ! あんたがそうなる様にしたんだろうが!?」


 声が荒くなるのを抑えられなかった。


「くくく、良いね。そういう事だよ」


 一瞬見せた悲しさは演技だったのか。本当にこの男の事が、わからない。

 

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