第15話 全身を包む炎の様に。

「あちぃっ!! あちいぞクソ!」


 背後から小太りの声がする。

 。少し、焦げついている。


「ぜ、全身が燃えている!?」


 振り向くと小太りが尻もちをついていた。

 膨らんでいても尚小さなソレも、それが乗っかる玉袋も、その下の尻の穴も、それを覆うケツ毛も、全部、丸見えだ。

 俺の炎が照らしている。

 


「全身じゃねーよ」


 簡単な事だった。

 必要なのは全部だった。

 燃やすという目的。

 燃やす場所。

 言葉と意識のタイミング。

 炎のイメージ。色、形、硬さ、温度、全てのイメージ。

 それが合致した時こそ炎が出せる。


「——今は、俺の周りが燃えているだけ。燃える方向は俺の外。だから俺は燃えていない」

「はぁ!? それよりお前、いつの間に実を食ったんだ?」


 小太りの焦る顔がよく見える。


「食ってねーよ。お前らのお仲間が言ってたじゃねーか。『相当な魔力だ』って。そういう事だろ」

「な——!?」


 燃やし、尽くしてやる。


「おいおーい、ウォルフくん? こっちにはお母さんが居るんだよ? 良いのかなー?」

「う、ウォル、フ……?」

 

 確かに痩せ男の側にはお袋が居る。

 俺の言葉遣いを咎める気はない様だ。

 もうあの日々は戻って来ない。


「オッさん」


 俺はオッさんに向いた。


「あんたも言ってたよな?『納得できないほどの地獄が待ってるからガキが諦めるなんて言うな』って。その通りだったよ。納得なんて、できねえよ。ましてや諦める、なんて」

「ぼ、ボウズ……」


 俺は再び小太りに向いた。


「まず、こいつを燃やす。次はてめえだ、痩せ男。その間、母さんに何かできるならやれば良い。だが何をしようがてめえが燃える運命は変わらねえ。納得して、諦めろ」

「へ? へー? お母さんがどうなっても良いん——」


 次の瞬間、小太りの全身を炎が覆った。


「うわぁああ! 熱い! 辞め、やめぇてええええッッ!!」

「情けねえ声出すんじゃねえよ、男だろ? それよりどうだ? これが、全身が燃えるって事だ。てめえが死ぬまでな」


 小太りは終わったので、痩せ男へ向く。お袋には何もしていない。


「じょ、冗談だって。勘弁してよ? ほら、そいつも熱がってるじゃん? 早く消してやって?」

「勘弁してやったら父さんは生き返るのか?」

「いや、殺したのは俺達じゃな——」

「母さんは、てめえにやられる前の母さんに戻るのか? 無理だろ?」


 尚も背後から「ああああああああ!」などと声が聞こえる。もう


「母さん、ちょっと熱いよ」


 そう言って母さんに向けて手をかざす。


「……!?」


 お袋の手と足のロープが燃えてすぐになくなった。お袋は俺から後退りし、気絶する。それにより痩せ男の位置から、少しだけ


「狙いやすいな。覚悟しろ」


 今度は痩せ男に右手を向ける。その時——。


「ほお? ウォルフくん。まさか俺のマネして魔法を使うとは、中々やるねぇ?」


 親父を殺した奴だ。

 あの暗がりで見たこいつの姿と声はハッキリと覚えている。黒い肌に切れ長の冷たい目。がっしりとした体を覆う煤けた色のコート。バラバラと無数の束になった長い髪——だが、こいつは後だ。


「黙って見ていろ。次はお前だ」

「ああ、そうさせてもらうねぇ」


 男の声に焦った様子はない。

 焦るのは痩せ男である。


「な、何言ってんだよ!? あんた、魔法、使えるんだろ!? 早くやっちゃってくれよぉ!?」

「んー、なんであの時、俺があんまりうるさい事言わなかったか、わかるかな? あの時は人手が必要だったからねぇ。だが、ブツさえ運び出せればキミらの一人や二人、居なくなっても別に良い」


 楽しみが出来た。

 こいつの余裕そうな声を、後で黙らせてやる。その為にはまず、痩せ男を惨たらしい方法で焼かなくては。


「あんたのショボイソレ、縮んでんじゃねーか? また熱くしてやるよ」


 次の瞬間、痩せ男の股間から火がのぼる。


「げ、ゲェッ!? 熱い! 熱いって!」

「アレ? そこは『股間から火なんてウケるー』とか言うトコロだろ?」

「そんなの言えるワケ——」


 言葉の途中で両脚を焼いた。


「ぎゃッ!?」

「便利だな? 一度火を出してしまえば、後は自由自在、そういう事か?」

「うーん、そうだねぇ。それは魔力が強い奴の場合だ。ウォルフくん、そんな事できるのはキミくらいだねぇ」


 背後の黒男が口を挟む。耳障りな声。

 しかしこいつは後だ。


「そうだ。やっぱりケツアナだよな? あんたの相棒もそう言ってたし」

「そ、そいつは相棒なんかじゃ——ぎゃいいっ!?」


 俺は足を地面に放ってバタバタさせていた痩せ男の尻に、ちょうど小太りのアレサイズの炎をねじ込む。


「飽きたな。そのまま、死ね」


 どんどんと尻に、炎を送り込む。


「おおう!? うあああ! ぎひひひいいいいいいッッ!?」

「良い声で鳴くってのは、こういう事か? キモすぎて聴いてられねえよ」


 ようやく俺は、親父を殺ったこの黒男へ向いた。


「——大人しく見てたみたいだけど、だからって、容赦はしねえ。てめえは一番苦しませてやる」


 自分の番が来たというのに、黒男は笑っている。


「それは楽しみだねぇ。キミも楽しんでるだろう?」

「あ?」


 楽しんでいる? 俺が? そんな事はない。全身を包むこの炎の様に、俺のはらわたは煮えたぎっているハズだ。


「だってキミ、笑ってるぜ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る