ROUND8

 ひとまず、スバルには風呂と食事を済まさせ、一旦落ち着いてから俺の置かれている状況を説明する事にした。今はパジャマ姿のスバルがベッドに腰掛けながら、俺の入っているスマホを覗き込んでいる。

 俺はスバルが引っ越してからの10年を掻い摘まんで話した。中学に上がってから格闘技を始めた事、高校生でプロ修斗の舞台にデビューし、そのまま総合格闘家になった事。最強、無敵と持て囃されていい気になっていたら、元旦のあの事故に遭い、変な神様によってゲーセンの筐体の中でボイジャーになっていた事までを……


「泣くなよ」


 俺は涙で顔を濡らしたスバルに言う。


「だって、だってぇ……」


 10年ぶりに再会した友達が、自分のせいで死にそうになったのだ。俺が彼女の立場でも、罪悪感で泣きたくもなるだろう。だが、俺はお前が泣く顔なんて見たくないんだよ。俺とゲー ムをして遊んでた時のお前は、いつも楽しそうに笑っていたじゃないか。

 ……そういやあの時、俺は男の子だと認識していたスバルに対して、その笑顔を「可愛い」と思ってしまった事が何度かあった。今思えば当然だったんだな。この子は今やすっかり可愛らしい女の子に成長してるんだから。


「なぁスバル、俺はこうしてボイジャーになってなかったら、 お前とは再会出来なかったかもしれないだろ」


 もし、俺がスバルの身代わりにならなかったら、この子は死んでたかもしれないし、そもそも事故が起きなかったら、お互いに知らぬまま家に帰ってゲームをしてただけかもしれないのだから。


「お前は悲しいかもしれんが、俺はお前に会えて嬉しいぞ!」


 と、言うとスバルは俺の方を見た。


「変わらないね、タケちゃんは……昔から優しいお兄さんのままだよ」


 スバルの顔に笑顔が戻る。


「そうか?お前は…その…何というか、綺麗になったな」


 俺の言葉を聞くや否や、スバルの顔が赤くなる。 言ってる俺だって恥ずかしいけど、本心だぜ、これは。


「な、何言ってんのよ!?」


「そりゃあ10年前のお前は髪も短いわズボン履いてたわ一人称がボクだったわで、俺はずっとお前を男だと思ってたんだからさ」


「こ、子供の時は誰だってそういう時期もあるもんなんだよ。だから忘れてよぉ……」


 スバルは昔の自分が子供とはいえ、自らをボクと称していたのを少々痛々しく思ったらしい。


「……そういえばタケちゃんって、今何やってんの?」


 と、聞くスバルに俺は『茄子原武』の名でググってみろと伝える。 スマホは俺との会話に使っているため、ノートパソコンのブラウザで俺の名を検索するスバル。

 ネット上には早速、俺に関するニュース記事がヒットする。


「格闘家・茄子原武、交通事故で意識不明の重体!!再起不能か!?」


 などの見出しが並んでいる。人が黙ってるからと好き勝手書きやがって。


「これが今のタケちゃん?金髪、似合ってないね」  

 

 俺の写真を見てハッキリと言うスバル。俺だってキャラ付けの為に仕方なくやってるんだよ。


「……タケちゃんの元の体、今どこにあるの?」


 と、言われて初めて気付く。俺の魂は筐体やスマホの中でボイジャーに憑依しているが、肝心の元の体もどこかにあるはずなのだ。


「………わからん。だが、少なくとも体はどこかにあるはずだ」


 病院に搬送されたのは、俺の魂が体を離れた後の事だろう。しかもスバル曰く、俺の搬送先を警察に聞いても個人情報保護とかで当事者以外には教えてくれないらしい。


「俺をボイジャーにした神様みたいな奴は、こう言ってたな……」


 今からオマエが生まれ変わる世界でもオマエは“最強”になれ。なれればオマエには人生の続きを。なれなければ現世の肉体が滅びない限り、無限の闘いが続く


 と。


「じゃあ、 その「最強」とやらにならないと、タケちゃんはずっとボイジャーのままなの?」


 額面通りに受け止めれば、そういうことなのだろう。


「……決めた。私、タケちゃんが元の体に戻れるように協力する!!」


 右拳を胸の前で握るスバル。


「タケちゃんがこうなっちゃったのも私のせいだし、それに一人で「最強」になんて、なれないでしょ?」


 スバルの言う通り、今の俺は格ゲーのキャラクターだ。プレイヤーである人間が操作しなきゃ前に進む事すら出来ないのだから。


「……ありがとう、スバル」


「私以上に、 ボイジャーあなたを上手く操れる格ゲーマーなんていないはずだよっ!」


 それは10年前にも、つい数時間前にも実感している。スバル、お前は誰よりもギャラバリが上手く、ボイジャーを使いこなせるプレイヤーだ。お前となら、俺はボイジャーとしても最強になれるだろう。


「でもさー、一体何を以て「最強」を証明すればいいのかな?」


 そういやそうだ。あのヤンセ・ライマンとかいう男は具体的な説明もせずに俺の魂を飛ばしやがった。


「とりあえず、プレステのギャラバリ3でネット対戦でもしてみようか?」


 と、スバルは開封したソフトをゲーム機に入れる。俺とスバルの協力プレイで世界中のギャラバリスト達を片っ端からぶちのめしてやろう。

 ……ホントは違う形で、お前とギャラバリを遊びたかったんだけどな。

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