第4話 期待は裏切ってもお約束は裏切るな

 召喚術で人間もとい魔女を召喚してしまった光希と、召喚者が自身の前世の孫だと知って慌てるアイリス、二人はひとまず家の中へ入る事にした。


「おー」


 光希にリビングへと案内される道中、アイリスは物珍しそうに家の隅々を見渡していた。


「……やっぱり異世界とは結構違ったりするのか?」


「そうじゃの〜、あっちもあっちでワシは好きじゃが、やはり文明レベルはこちらの世界の方が進んでおるの」


「へー」(やっぱり落ち着いてるなぁ、俺が異世界に行ったらこんな冷静じゃいられないだろうな)


 光希はアイリスが元いた世界との違いに驚いてるのだと思っているが、少し違った。


(にしても随分な発展具合じゃな〜、ワシが居た時代とは大違いじゃ。おっ、あれはもしやお掃除ロボットとか言う奴か?)


「あっ、これはロボットと言って……えーと、異世界にゴーレムっている? 多分それと同じような感じの奴。このロボットにはうちの家事全部をやらせてるんだ」


「ほお! そんなに便利なのかこやつ! お前さん凄いの〜」


『……』ぺこり


「おっ! 挨拶も出来るのか。高性能じゃの〜」(科学は魔術と違って十年あれば目覚ましい進歩を遂げると聞いた事はあるが、確かにその通りじゃな)


 アイリスが驚いているのは、主に前世で暮らしていた時代との技術力の差であった。

 近未来感溢れる現代はアイリスにとって異世界と代わりなく、まるでタイムスリップしたような感覚に陥っていた。


 アイリスが何かを見つける度に疑問を示し、それを光希が答えるという応答を数回ほど行われた後、ようやくリビングへ辿り着いた。


▽▽▽


『……』


「おお、わざわざすまんの」


 ロボットが茶菓子を机に出す。それを見てアイリスはお礼を言い、ロボットはお辞儀をして去って行く。


「……アイリス、今回は本当にすまん」


 アイリスの向かい側に座った光希は、深刻そうな表情をして深々と頭を下げた。


「ど、どうしたんじゃ急に?」


 前世の孫に頭を下げられたアイリスは、どう対応すれば良いか分からずたじたじとなる。


「俺のちょっとしたイタズラのせいであんたを召喚してしまった。調べてみたけど召喚したモンスターを異世界に帰す方法は見つからなくて……現状、俺じゃあんたを元の世界に帰す事が出来ない」


「あ、あー、そういう事かの? まあ確かに元の世界には帰らにゃならんが、別に今すぐって訳じゃなくても良い。ワシもこの世界を観光してみたいしの」


「で、でも元の世界に戻す方法なんて俺にはさっぱりで」


 このまま一生帰す事が出来なければどうしようと、不安そうにする光希にアイリスは案ずるなと自信満々に言う。


「ワシを誰だと思っとる? 魔道を究めし最上の魔法使い、魔女であるぞ?」


「……」


 そもそも貴女が何者なのか良く知らないです。と言いたかった光希だが、なんだか向こうがノリノリだったので心の中に留めた。


「む? 信じておらんな?」


「い、いやいや! そんな事は……あ、そういえば気になってたんだが、異世界では魔術の事を魔法って言うのか?」


 怪訝な目で見られた光希は、話題を逸らそうとして異世界についての話を尋ねた。


「まあそうじゃな、ワシらの世界じゃ何千年も前に魔術は魔法へと名を変えておる」


「へーそうなんだ。でもなんでわざわざ名前を変える必要が?」


「魔術という名が相応しくなくなったんじゃ」


「相応しくなくなった?」


 独特な言い回しをするアイリスに光希は復唱する。


「うむ、元々は人知を越えた"魔を扱う術"という意味で魔術と呼ばれとったが、研鑽を積んだ人々はいつしか"魔"を人知の範疇にまで落とし込んでいった。無秩序だと思われていた"魔"にも秩序があると理解し、そのルール……法を掌握して見せた。"魔の法則"、それを略して魔法と呼ばれるようになったんじゃ」


「な、なるほど?」


 説明されても分からなかった光希は、曖昧な返事しか出来なかった。


「あー、つまりじゃ。魔法は魔術の進化系のような物じゃ」


「あ、なるほど」


「そういう訳じゃから光希よ、安心せい。魔術なんて原始的な技術しか持たないこの世界が生み出した召喚術なんぞ、魔法を知るワシが本気で解読すればすぐにでも帰還魔法を発明してやるわい」


 それは安心させる言葉でもあり、本気で可能なのだと信じさせられる言葉でもあった。それがありありと伝わった光希は杞憂だなとホッとする。


「あーなんか、安心したら腹減ってきたな」


「お、何か食うのか? ならワシの分も持ってきてくれ。久しぶり……この世界の飯がどんな物か気になるんじゃ」


「了解、じゃあ今から作って───」


───ピンポーン


 と、光希の言葉を遮るように、玄関のインターホンが鳴った。


「……」


「? 出ないのか?」


 急に顰めっ面になる光希を見て、アイリスはどうしたのだろうかと不思議に思う。


「あー、ちょっと相手に心当たりがあって」


「嫌いな奴なのか?」


「嫌い、では無いんだけど……いや、何でもない。ちょっと行ってくる」


「?」


 本当にどうしたのだろうかと、アイリスは気になりつつもその場で待つ事にした。


▽▽▽


 玄関へと向かい、少々荒っぽく扉を開ける。するとそこには光希が想像していた通りの人物が立っていた。


 そこに居たのは腰まで届く長い黒髪をした少女だった。凛とした立ち姿に吊り上がった目つきは少女の芯の強さを示しているようである。

 和風美人な顔立ちの見惚れるような美少女に、光希は不機嫌そうに尋ねる。


「何しに来たんだよ、獅子堂」


 獅子堂美風、それが彼女の名前だった。美風は鋭い目つきで光希に言う。


「勇一さんから頼まれたの、あなたの様子を見てきて欲しいってね」


「……ちっ、余計な事を」


 悪態を付く光希に美風は目つきを更に鋭くさせ、睨むような視線を送る。


「どうやら卒業後も性根は腐ったままみたいね。心配してくれてるのになんなのその言い方は」


「るせぇ、心配なら自分で来れば良いだろうがよ」


「勇一さんは多忙なのよ、あなたならそれぐらい分かるでしょ? 私もあなたが心配だったから代わりとしてやって来たのよ」


「余計なお世話だ」


「あなたねえ……はぁ、まあいいわ。それで? モンスターの召喚は済ませたの?」


 光希の頑なな姿勢に美風はこれ以上言うのはやめ、別の話をして切り替える事にした。


「っ! い、いや、それは」


「……まさか、まだやってないの!? 入学式まで一週間も無いのに、なんで後回しにしてるのよ!」


 モンスター召喚を事前に行う主な理由は箔付けだ。


 召喚士学園に通う者の大半は家柄の良い人間であり、必然、常日頃から多くの人間が学園に注目している。


 普段の授業は非公開となっているが、入学式やその他諸々の学校行事は別で、外部からも大勢学園内に訪れる。その際、特に入学式の時にモンスターを通して衆目を集め、将来有望だとアピールし、自身を箔付けさせるのだ。

 無論、弱いモンスターでも良いのかと言われればそうでも無く、下手をすれば自身の価値を下げてしまう結果となる。


「いや、してない訳じゃなくてだな」


「じゃあ何? もしかして弱いモンスターでも召喚したの? それで馬鹿にされると思って不貞腐れてたの? 情けない。例えスライムでも鍛えれば強くなるという事は既に証明されてるわ。私もサポートするから少しは馬鹿にしてくる奴を見返そうとか思いなさいよ」


「……っ!」


 美風の刺々しい言葉に光希は歯噛みするしか無かった。実際、その通りだったからだ。

 周りの人間は光希を期待外れだったと失望するが、中にはモンスター召喚ならもしかすると、という人間も案外いるのだ。


 誰からも期待されていなかった方が光希は良かった。半ば期待している者もいるからこそ、今回の件で期待を裏切ってしまえば完全に失望され、世間からは嘲笑の的にされるだろう。


 何度も失望の目を向けられ続けた光希にとってそれは想像に難くないことで、だからこそ恐怖した。


「……なんとか言いなさいよ。こんなに言われてるのにまだ黙ってるつもり?」


「……」


 何か言い返すだろうと期待・・していた美風の目は、徐々に光希がよく知る失望・・へと変えていき───


「話は聞かせて貰った!」


「へ?」


 光希の心がより深い闇へと沈もうとした時、その者は現れた。


⚫︎★⚫︎★⚫︎★⚫︎

ーーーアイリス視点


 客人が来たのでリビングで待っとこうと思ってたのじゃが、おなごの声が聞こえたので盗み聞きする事にした。


 我が息子は転生する直前まで女っ気が皆無じゃったからのう、恋バナ一つ満足に出来んくて残念じゃったわい。ワシ、魔法一筋じゃけど他人の色恋沙汰を聞くのは三時のおやつぐらいには好きじゃ。


 息子と違って孫は青春しとるかの〜っと思っておったのじゃが、なにやら雰囲気がピリピリしとるではないか。


 話を聞いて思ったのじゃが……どうやら間接的な原因はワシにありそうじゃった。


(期待と失望、のう)


 正直、ワシにはよく分からん悩みじゃ。研究にしか興味のないワシにとって他人にどう思われようとも知った事では無い。じゃが、ワシのせいで親しい者が困ってるというのは放っておけん。


 ワシが前世と異世界と誰に何と言われても研究を続けていたのは、それが誰かに迷惑をかけても誰かを困らせる物じゃないと分かっておったから、人の助けにさえなれる物だと知っておったからじゃ。


 ワシが転生する時に色んな物を勇一に丸投げしたのは面倒だから……というのも多少あったが、あやつなら出来るじゃろうと信頼しての事じゃ。

 他の誰でもなく、自分の子どもというのも抜きにして、その技量と器を一番近くで見てきたからこそ、ワシは勇一に丸投げしたのじゃ。


 まあつまり何が言いたいのかというと、ワシは自分のせいで誰かが苦悩して欲しくないんじゃ。まあ、ある程度人柄を知って大丈夫そうだと思った奴には遠慮なく苦労させるが。


 そして我が孫は今、ワシのせいで人生がめちゃくちゃになってしまっておる。


「話は聞かせて貰った!」


 ならばどうするか?


「へ?」


「……誰ですか? あなた」


「ワシの名はアイリス、そやつに召喚された魔女じゃ」


「魔女? いえ、というか召喚されたって」


「そこのおなご! お主も光希と同じく、召喚士とやらだと見た!」


「え? ええ、それがなにか?」


 決まっておろう。


「お主に決闘を申し込む!」


「……へ?」


「……」


 ワシが、光希を救い出す!

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