第3話 召喚したら美少女が出た件

「……朝か」


 目を覚まし、側に置いてあるスマホを見る。どうやらアラームをセットしていた時間より数秒早く起きたようだ。


「……」


───ピピピッ! ピピピッ!


「うるさっ」


 ボーッとスマホを眺めていると、設定した時間通りにアラームが鳴る。寝起きにアラームはキツいなと、少年は素早くアラームを止めた。


「ふぁ〜、……ああ、ねむ」


 少年は寝ぼけた頭を叩き起こす為、顔を洗いに洗面所へと移動する。その時、壁に掛けていたカレンダーが視界に入り、思わずそちらに視線を移す。


「……ちっ」


 小さく舌打ちをし、嫌な物を見たと機嫌を悪くする。そのまま逃げるように少年は部屋を後にした。


……彼が見たカレンダーには、とある日付に赤丸が付いており、そこには"入学式"と大きく書かれていた。


▽▽▽


 鬼道光希、それがこの少年の名である。


 鬼道家、それは今や知らない者は居ない程の、世界に名だたる魔術師の家系である。


 かつて魔術を数世代先まで発展させ、その最期には今の時代を作るキッカケを遺して死んでいった偉人、鬼道隆二。

 その息子であり、父親が遺した異世界に転生する魔術を異世界のモンスターを召喚させる魔術、召喚術へと昇華させた時の人、鬼道勇一。今の時代を作り上げた功労者でもある。


 二代揃って有名人。そんな家の子として生まれたのが彼、鬼道光希である。


 親子揃ってああなのだ、孫息子たる彼もさぞかし才能に恵まれているのだろう。……それが世間の共通認識だった。


「……みんなしてなんだよ、好き勝手に期待しやがって」


 彼は幼い頃から失望の目で見られ続けていた。

 知り合った者からは期待の目を寄せられ、そして実力を見ると失望する。それは何年経っても変わらなかった。


「俺が親父や爺さんみたいに天才じゃなきゃダメなのかよ? 俺もなんか凄い事しなきゃいけないのか? クソが」


 光希は誰に言うでもなく溜まった不満を吐露する。確かに彼からしてみれば堪った物では無いが、世間は彼の心情なんて関係ない。


 彼の祖父、その息子と、彼らは出来過ぎたのだ。その栄光の輝きを見た人々は賞賛し、彼らの孫息子がまた新たな輝きを見せてくれるのだと信じて疑わないのだ。


 大変身勝手な話だが、所詮世間などその程度だ。赤の他人だからこそ勝手に期待して失望しようと何も言われないし、何を言っても憚られない。


「……俺がモンスターを召喚しようとしたら、また期待されるんだろうなぁ」


 彼の父親、勇一が開発した召喚術は全世界に普及され、召喚したモンスターを操る召喚士と呼ばれる存在が大量に現れた。


 召喚士を育成する学校も設立され、召喚士時代と言われるほど、今の召喚士の価値は凄まじい事になっている。


 そしてそんな時代、彼は今年から召喚士を育成する学園、召喚士能力開発学園、通称召喚士学園に通う事となっている。


「はぁ〜、行きたくねー」


 彼は召喚士の道に進むのが嫌で嫌で仕方なかった。また期待を寄せられるのが苦痛だからだ。だけど、親の都合や世間の目もあって召喚士学園に通う事を強制されていた。


「……また、色んな奴に馬鹿にされるんだろうな」


 召喚術で召喚されるモンスターにはある程度の法則性がある。モンスターとの相性や適性、なによりも魔術師としての才能が色濃く出る。稀に才能が無くても強力なモンスターを召喚した者もいるが、それも本当に稀な話だ。


「……やりたくねぇなー」


 光希は以前から父親に前持ってモンスター召喚をしておけと言われていた。その為、家にはモンスター召喚を行う専用の場所が用意されている。これは別に彼に限った話では無い。

 通常は学園でモンスター召喚は行われるのだが、召喚士として名のある家の人間なら事前にモンスター召喚をしている。


 だが、光希はそれを後回しにしていた。


 結果を見たくないから。弱いモンスターが召喚されて、馬鹿にされる未来が確定するのが嫌だから。


「それもこれも、全部爺さんのせいだ。爺さんが異世界転生なんて魔術を作ったせいで……!」


 やがて溜まりに溜まった負の感情の矛先は今亡き祖父に向けられた。祖父の事を父親に聞かされていた光希は、祖父が碌でもない人物だと知っている。


「……そういえば、モンスター召喚って触媒も影響して来るんだよな?」


 触媒とは、モンスター召喚を行う際に贄とする物の事だ。触媒によって召喚されるモンスターにも違いが出てくる。


「……仏壇に爺さんの遺骨、あったよな?」


 光希はとある事を思い付き、悪い笑みを浮かべながら行動に移した。


「どうせモンスター召喚するなら、異世界にいる爺さんを呼び出してやる」


 今の彼は少し自暴自棄だった。ヤケになった彼は祖父の貴重な体の一部を触媒にしてやろうと考えたのだ。


 やり始めたら止まらず、とうとう実行寸前にまで至った。


▽▽▽


 モンスター召喚の場として置かれた広大な庭、ここなら例えドラゴンが現れても安心だろう。


「さて、爺さんほ出てくるかな?」


 光希は魔法陣の中央に遺骨を置いてその場から離れ、魔法陣に向けて手をかざした。


 集中力を高め、魔法陣に魔力を流し込む。すると魔法陣に刻まれた幾何学模様の刻印が黄金色に輝き始める。


「……っ!」


 魔法陣から夥しい量の魔力が溢れ出て、吹き荒れる風がさっきまで支配していた静寂を掻き乱す。


(おいおい! モンスター召喚ってこんな大袈裟な物だったのか!?)


 異常な魔力の流れに光希は戸惑いながらも、なんとか術式の制御を行えていた。


「うおっ!?」


 そうして荒ぶる魔力の流れと格闘する事数十秒、なんとか制御していた光希だったが、突然魔法陣の中央から眩い光が放たれ、それに驚き制御の手を止めてしまう。


 パリンという音と共に、魔法陣はガラスのように砕け散った。


「な、何が起きて……え?」


 光は収まり、光希は目を開く。訳が分からないと困惑する光希であったが、目の前の光景を見てとうとう脳の処理が追いつかなくなった。


「ど、どこじゃここは」


 そこには魔法陣の中心で佇む白いローブを身に纏う一人の少女が居た。

 少女は光希と同じく動揺しており、周囲をあちこちと見回していた。


「この景色、まさかここは、いや、だとしたらなぜ?」


「お、女の子?」


 ブツブツと独り言をする少女に、光希はあり得ないものを見たような目で彼女を見ていた。


「……む? お主は」


 対する少女は光希に気が付くと、光希に向かってトコトコ歩みを進めた。


「え、ちょっ」


「ワシを呼び出したのはお主か?」


「……へ?」


「お主か、と聞いておる」


 光希は呆気に取られた。少女が思ってたより冷静だった事や、それとなぜか老人のような喋り方をしている所なんかにも。


「えっと、はい」


「ならば転移現象の黒幕はお主か?」


「て、転移現象?」


 聞いた事もない単語に困惑すると、違うかと少女は言って再びブツブツと独り言をし始めた。


「あのー、あなたはモンスター、ですか?」


 少女から年寄り特有の威厳のような物を感じた光希は思わず敬語で話しかけた。


「モンスター? いや違うが? 確かに地方によっては化け物扱いされるが、至って普通の魔女じゃ」


「あ、やっぱモンスターじゃないんだ。というか、魔女?」


 頭いっぱいにハテナを浮かべる光希を見て少女は察する。


「ふーむ。お主の反応を見るに、やはり此処は別の世界、か」


「あの、どういう事ですか? ちょっと色々と理解が追いつかないんですけど」


「ワシも今の状況を把握しておらんのじゃが……まあ良いじゃろう。お主の方も知ってる事があれば言え、それとワシに敬語は不要じゃ」


「あ、はい」


 その語、少女と光希は知っている情報を話し合った。少女からは異世界で起きてる転移現象について、光希からは現代で行われているモンスター召喚について互いに話し合った。


▼▼▼

───アイリス視点


 ワシの名はアイリス、"探求の魔女"という異名を持った魔法使いじゃ。


 種族は異名でも呼ばれてるように魔女。見た目は幼いがこう見えて成人済みじゃ。よく男みたいだなと言われるがそれもその筈、前世のワシは男じゃからな。


 前世のワシは異世界を夢見ておってのう、前世魔術師だったワシは頑張って異世界転生の魔術を生み出したのじゃ。


 異世界に来てからは驚きの連続、すっかり異世界にのめり込んでしまったわい。これからも魔導を究める人生を送ると思っていたのじゃが……何故か再び現代に来てしまっていた。


「召喚術、それが転移現象の正体じゃったか」


 目の前にいる少年に色々と聞いてみたんじゃが……なにやらこの世界も随分と愉快な事になっとるらしい。


 召喚術、異世界のモンスターをこちらへ持ってきて使い魔にさせる魔術。誰が作ったのか知らんが、良く異世界の魔法に劣らない代物を作れた物じゃ。


 それにしても魔術が表舞台に姿を見せる時代が来るとは、感慨深いのう。


「じゃがやはり解せぬな。なぜモンスターでないワシが召喚されたんじゃ?」


「俺もよく分からないんだ。人が召喚されたなんて事例、聞いた事ないし」


「ワシもじゃ、こっちの世界でも人が転移現象の被害に遭ったなんて話など聞いた事ない。……お主、召喚時に何かしたか?」


 そうワシが尋ねてみれば、少年は急に慌て出す。


「心当たりがあるみたいじゃな」


「えっと、はい。実はある人の遺骨を触媒にしていて、多分それが原因だと」


「遺骨か、なぜ遺骨を触媒にしたかは気になるが、まあ人の骨を触媒にしたのなら人間が召喚されるのも納得出来る。しかし本当にそれだけなのか? 人間の骨という繋がりだけでワシが選ばれるものか?」


「そこは……やっぱり偶然とか?」


「いや、先も言ったがワシは魔女じゃ。厳密には人間では無い」


「あ、そっか」


 考えれば考えるほど分からん。もう少し情報が欲しいの。


「……えっと、そのー」


「どうかしたかの?」


「あ、いや、名前を聞いてなかったなって」


「おお、そうじゃったな、ひとまず自己紹介しとくかの。ワシはアイリス、魔法使いじゃ。よろしくの」


 ワシは少年に向けて手を差し出す。向こうもそれに応じて手を握る。


「俺は鬼道光希だ。よろしくな」


「鬼道光希か、よろしく……ん?」


 鬼道? 今こやつ鬼道と言ったか?


「……のう光希。触媒にした遺骨じゃが、持ち主は誰なんじゃ?」


「えっと、鬼道隆二って言う、俺の祖父に当たる奴だ」


「……」


「? どうかしたか?」


 あるぇえ!? お、おかしいな? 鬼道隆二って前世のワシの名なんじゃが!? え? 待て待て待て、今こいつ祖父って言ったよな? ま、まさか。


「……まご」


「え?」


「い、いやなんでもない。……ちなみに、お主の父親の名は?」


「え? えっと、鬼道勇一って名前だけど」


 オゥフ、確定じゃよコレ。こやつワシの孫じゃん。


「えっと、それが何か?」


「いやいやいや! なんでも無いぞ? 本当じゃ」


「はあ」


……不味い事になったぞ。もしこやつがワシの前世が鬼道隆二だって知ったら、必然的に父親である勇一……我が息子に話が行くだろう。そうなればきっと、


(絶対働かされる!)


 嫌じゃ嫌じゃ! ワシもう働きとうない! 静かな山奥で魔術の研究をして一生を終えたいんじゃい!


(絶対にバレたらいかん! バレる前にワシは帰ってみせるぞ! 帰ってまた長閑な研究生活を送るんじゃ!)


 まさかのまさか、こんな奇妙な状況に陥るとは夢にも思わんかった。


───この日、ワシは前世の孫に召喚されたのだった。

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