第5話 魔女の実力

 光希の前に現れた少女、獅子堂美風。彼女の辛辣な言葉に光希が屈しそうになった瞬間、手を差し伸べたのは彼の祖父、現使い魔のアイリスだった。


「……聞いてもいいかしら?」


 美風は射抜くような目でアイリスに問いかける。


「む? なんじゃ?」


「光希くんがモンスター召喚をして、それで召喚されたのがあなたって事?」


「うむ! ついさっき召喚されたの」


「本当に?」


「なぜ嘘を付く必要あるんじゃ?」


 常人なら気圧されるようなオーラを放つ美風だが、アイリスは全く物怖じする事なく答えた。


「……光希くん、本当なの?」


「あ、ああ。信じられないと思うが、本当なんだ」


 あっけらかんとしているアイリスを見て、美風は光希の方に質問してみるも同じ答えが返ってくる。


「本当、みたいね。まさかモンスター召喚で人間が召喚されるなんて」


「厳密には魔女なんじゃがな」


「そういう問題じゃないのだけれど」


 言葉を交わせるモンスターというのも一定数存在するが、人間が召喚されるなんていう記録は今まで存在しなかった。


「はぁ、確かに注目はされるでしょうけれど、これは流石に」


 もしこんな事が世間に知られれば……話題性は十分にあるだろうが、召喚されたアイリスを研究材料にしようと狙う者も現れるだろう。


 家が召喚士の家系である美風にはそんな未来が容易に想像出来てしまい、思わずため息をつく。


「で、どうするんじゃ? 決闘するのか、せんのか」


「……先に言っておくわ。私が召喚したモンスターはかなり強い部類に入っているの。モンスターがいる世界に住んでいるのだし、あなたも腕に自信はあるんでしょうけれど、あれは人が太刀打ち出来るモンスターじゃないわ」


 それは警告であり、彼女なりの優しさだった。彼女が召喚したモンスターは強いが凶暴であり、彼女自身も完璧に制御し切れていないのだ。


 そんな想いから言ったのだが、アイリスは好戦的な笑みを浮かべた。


「異世界に行った事もない小娘がよく語るわい。あそこにおる奴らはお主が想像するよりも遥かに強かで、目を見張るような強さを持っておるぞ?」


───あまり異世界人を辞めるな。


「っ!」


 その時、美風はアイリスから圧倒的な強者のオーラを感じ取った。

 有無を言わさない絶対的な強さ、美風は彼女がそれを持っているような気がした。


「……後悔しても知らないわよ」


 もう後には引き返せない。美風に残った選択肢は虚勢を張り、アイリスとの勝負を受けるのみだった。


▽▽▽


「ほ、本当に大丈夫なのか?」


「安心せい、何も問題ないわ。まあ主が相手だった場合、ちと不味いかもな。周囲一帯焼け野原になるのは免れん」


「その心配はして───え、待って? これ下手したら町がヤバい事になんの?」


 場所は変わって光希が住まう家の庭。実際の闘技場よりも狭いが、それでも一個人が所有する庭としてはかなり広い。これが光希が一人暮らしする為だけに父親の勇一が用意したと言うのだから驚きだ。


「ところで光希、見たところあやつのモンスターらしき奴が見当たらんのじゃが?」


「あ、ああ、それはだな───」


「こういう事よ」


 光希の言葉に続けるように美風が答える。


 美風が大地に手をかざす。するとそこから黄金色に輝く魔法陣が展開された。


でよ──ホウエン!」


 美風の言葉に応えるように、そいつは魔法陣から火の粉を散らして飛び出した。


「ヒュィィイイ!!!」


 天高く飛翔し、翼を大きく広げてそいつは雄叫びを上げる。


「な、なんだよあれ」


「おー、見た事あると思っとったら、ソル・アウィスか」


 ソル・アウィス、アイリスがそう呼んだモンスターは空中を旋回していた。


 不死鳥が如き真紅の羽毛、その姿はまるで中国神話に出てくる鳳凰のようで、体の節々から燃え盛る炎が溢れ出す光景はまさに獄炎の怪鳥だった。


「こんな風に、普段モンスターは専用の異空間へと移しているの。異空間では失った魔力や負傷の回復が早くるし、お腹が減らないみたいだから食費も浮くのよ。だから大抵の召喚士は必要な時以外は異空間に入れてあるの」


「ほほう、そりゃ便利じゃ。にしても」


 説明を聞いたアイリスは空を舞うホウエンに目を向ける。


「こりゃあお主が啖呵を切る訳じゃ。まさかランクAのモンスターじゃったとは」


「ランクA?」


「ランクとはモンスターの危険度を表す物じゃ。ちなみにランクAは一部の例外を除いて最上位に位置する」


「一番ヤバい奴じゃねえか!? え? 大丈夫? ここ焼け野原になんない?」


 最もランクが高いモンスターと言われ、光希はこんな所で戦って良いのか心配になってきた。


「安心せい、こやつは主では無い。主は例外中の例外、ランクSのモンスターじゃからな。これぐらいならワシが配慮すれば周りに被害は及ばん」


「……随分と好き勝手言ってくれるわね」


 あの程度のモンスターなら余裕で勝てると、暗にそう言うアイリスに美風は苛立ちを隠せずにいた。


「おっとすまんの、勝負はいつでも初めて良いぞ?」


「なら早速初めましょう、早くしないとこの子が暴走するし。……行きなさい、ホウエン」


「ヒュィイイン!!」


 今か今かと待っていたホウエンは、美風が言うや否や即座にアイリス目掛けて攻撃を仕掛ける。


 体から漏れ出る灼熱の炎、それを放射しアイリスただ一人に向けて解き放った。


「あっつ!?」


 かなりの距離からでも伝わる熱波に光希はアイリスが不安気に見る。


 急接近する炎にアイリスは───何もしなかった。


「っ!? アイリス!」


「……うそ」


 炎に呑み込まれたアイリスを見て光希は悲鳴を上げ、攻撃の指示をした美風も呆然としていた。


 美風はアイリスの涼しげな表情を見て何かあるのだと思っていた。だから直前までホウエンに攻撃をやめさせなかった。


「アイリス!! だいじょう───」


「そう慌てるな光希」


「……へ?」


 今にも飛び出しそうな光希を静止させるように、炎の中からその声は聞こえた。


「っ!? ……うそでしょ」


 炎は突如発生した暴風にかき消され、その中から無傷のアイリスが現れた。


「うーむ、ソル・アフィスが放つ炎にしては火力が無いの。見た感じ幼体では無いようじゃが……成体になりたての若造と言ったところか?」


「い、いったい何をしたの?」


 炎に包まれたというのに平然とするアイリスに美風は何をしたのか聞いた。


「単純な事じゃ、ほれ」


 そう言うとアイリスは近場にある小石を拾い、自身の真上へと投げた。


ーーーキィィイン


 彼女の頭にぶつかる寸前の小石は、硬い壁のような物に弾かれて地へ落ちた。


「これは防御結界と言っての、結界魔法に属するこれは指定した攻撃を弾くんじゃ。で、ワシはこの防御結界を常時複数枚展開しており、あらゆる攻撃を阻むよう設定しておるんじゃ。ちなみにあの程度の炎でワシの防御結界を破りたいなら相当苦労するぞ」


「……」


「……」(え? なにそのチート?)


 二人はアイリスの説明を聞いて呆気に取られた。ランクAが放つ攻撃を完全に防ぎ、あまつさえその防御を突破するのも困難だと言うのだ。これだけで彼女の規格外さが感じ取れるだろう。


「ヒュィィィイイン!!!」


 しかしアイリスとの圧倒的な力量差を見てもホウエンは止まらなかった。寧ろ平然とするアイリスに怒りを覚えてヒートアップする。

 絶えず炎を浴びせ、それがダメならと捨て身覚悟のタックルを繰り出してきた。


「───時に光希よ、お主が知る中で最も強かった魔術はなんじゃ?」


「へ? ……えっと、石を飛ばす魔術かな? テレビか動画か忘れたけど、石を銃弾みたいに飛ばしてた」


 言った後で、銃とか動画とか伝わるのかな? と思った光希だったが、アイリスは特に聞き返す事なく話を進めた。


「ふむ、そうか、その程度か。ならばそれと比較してみると良い、度肝を抜くぞ?」


 アイリスは向かって来るホウエンに向けて手のひらを向ける。


「刮目せよ!! これが魔術の先にある物、魔法である!」


 すると、彼女の周囲に無数の小石が出現した。


「言葉はいらんが、主らにも分かるよう叫んでおこう───【ストーン・バレット】!!」


 空中で静止していた小石は、アイリスの叫びを皮切りにホウエン目掛けて一斉に射出される。


「ヒュィィ!!?」


 弾丸と化した無数の小石がホウエンに直撃していき、ホウエンの肉体をズタボロにさせた。


「す、凄え」


 それを見た光希は驚愕し、アイリスの凛とした佇まいに見惚れていた。


「ヒュィィイ……」


 ボロボロとなるホウエンだったが、その傷を身に纏う炎で包むとみるみる再生していった。


「ふむ、やはりソル・アウィスの再生能力は凄まじいの。どれ、もう少しやり合うかの?」


「ヒュィィイ!」


「いえ、もう勝敗はついたでしょう」


 まだまだやる気を見せるホウエンに対し、美風は異空間へと強制的に転送させた。


「……私の完敗よ、あなたの実力を完全に見誤っていたわ」


「うむ、分かればよろしい。それでどうじゃ? ワシの実力なら光希の学園生活も一安心じゃろう」


「ん? それってどういう……ああ、なるほど、それで私と戦ったのね」


「え? え? どういう事だ?」


 美風は意図を察したが、当の本人である光希は気付いていないようだった。


「つまりじゃ、こやつは光希が学校でやっていけるか不安じゃった。で、少しでもお主の立場を良くする為に事前にモンスター召喚をして欲しかった。そうじゃろ?」


「ええ、最初は召喚されたのが人間の女の子だなんてどうしたらと思っていたけれど、彼女の強さを見て杞憂だと分かったわ」


「という事じゃ、じゃからお主は安心して学校に通うが良い。使い魔たるワシがなんとかしてやる」


「あ、はい。えっと、ありがとうございます」


 アイリスが自分の為に美風に戦いを挑んだという事実に、どうして自分の為に戦ってくれたんだろうかと不思議に思いながらも、とりあえず感謝の言葉を述べる事にした。


「けれど、その見た目はどうにかしないといけないわ」


「む?」


 美風はアイリスの姿をマジマジと見ながら言う。


「アイリスさん、あなたはどこからどう見ても普通の女の子にしか見えないわ。そんなあなたが召喚されたモンスターと言われてもみんなは納得しない筈よ。きっと、変な勘繰りをされるわ」


「なるほどのー、……だったらこれならどうじゃ?」


 見た目について言及されたアイリスは、その姿を一瞬で別人へと変化させた。


「こ、これは」


「【シェイプ・シフト】、幻覚魔法の一種じゃ。今のワシはスライ・テイルズというモンスターが人間に化けた時の姿じゃ。これなら只人と思われんじゃろう?」


 そう言うアイリスの姿は、頭から狐の耳を、腰からは三本の狐の尾を生やした紛れもない化け狐だった。


「確かにこれならモンスターだと思われるでしょうけれど、アイリスさん、あなた何者なの?」


「最初の時も言ったじゃろう」


 アイリスは妖しげな笑みを浮かべて言う。


「ワシはアイリス、魔導を究めし魔法使い───魔女じゃ」


▼▼▼

───美風視点


 召喚士学園の入学式も間近になった頃、私は勇一さんに頼まれて光希くんの様子を見に彼の家を訪ねた。


 卒業式ぶりに見た彼の姿は、以前見た時と変わらず不貞腐れたままだった。


 一人で考える時間があれば彼も立ち直るかも知れないと、卒業式以降会わないようにしていたけれど……やっぱり外からの刺激が無いと人はそう簡単に変われないようね。


 そこからしばらくして、彼の家から一人の少女がやって来た。


 彼女の名前はアイリス。俄には信じ難いけれど、光希くんがモンスター召喚で召喚された人間らしい。


 アイリスさんは何故か私に勝負を仕掛け、私も彼女の気迫に呑まれて勝負を受け入れてしまった。


 そこからは怒涛の展開だった。まだ育成はしてないけれど、私が召喚したモンスターは強力だった。なのに、彼女は歯牙にも掛けずあっさりと倒してしまった。


 あっけなく倒されるホウエンを見た私はショックを受け、同時に期待してしまった。


 彼女、アイリスさんなら、光希くんの失った輝きを取り戻してくれるかも知れない。


 私では彼の心に寄り添えれなかった。だからどうか、私の代わりに、


「……期待してるわ、アイリスさん」


 去り際に、私は彼が居るであろう自室の方へと振り返る。


 光希くん、もしあなたがあの頃の輝きを取り戻せたら。


(また、あなたと───)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る